表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/567

117 宴の終わり

「これが最後の一個、か」


 蒸し餃子『ボーズ』。

 ボクはそれを木の箸で掴み、口に入れた。

 色々な文化圏と接するしね。実は箸も使えたりするのだ。

 それで、肝心の味は羊の肉なので独特の獣臭さがありがちかと思いきや、クミンシードが香辛料として効いていて、中に入れられた玉ねぎが口の中で弾ける。

 それらが塩コショウと合わさる事で甘みを引き出していてジューシーに仕上がっているのである。


「満腹になったか?」

「うん……ありがと。ちょっと惜しい気もするね」


 ウトウトする中でアセナが聞いてきたので、つい彼女に膝枕されながら言う。


「あっはっは、そりゃ食い過ぎだろ」


 応えて、手元の楽器をかき鳴らした。まるで子守歌の様に。

 そんな小さい宴。されど大きな転機を促した宴は終わったのだった。




 そして、その日の夜の事だ。


 ボクは領都へ戻っていた。正確には父上の部屋だ。

 相変わらず父上は領主の席に座り、肩の力を抜いては指を組んで此方を真っすぐ見ている。

 口元には確かに笑みを浮かべているが、プレッシャーはかなりのものだった。


「父上、お話があります」

「ん。宜しい。まあ、ゆるりと席に座り給えよ」


 ボクは席に座ると、『後ろに待機させていたハンナさん』にレポートを渡して、父上の元まで持って行かせた。

 血の繋がった親子とはいえ、半公式の場で直接物を……しかも目下のボクが渡すのはNGだからだ。


 前回、ミュール伯について父上に言及した時は、メイドが居なかった事に違和感を覚え『此処は一人でどうにかしろ』という意図だったのかと思ったが、今になって思えば違うかもと感じられる。

 単に準備していない方が悪いのだ。

 とはいえ、あの時のボクにシャルを一人にしておく事も、婚約の話を我慢する事も出来なかったので後悔はしていない。


 父上は鼻唄交じりに、まるで子供の宿題の出来を見る親のように、複雑なレポートを軽く読む。彼は笑みを深くした。


「へえ、よく調べている。部屋に籠ってちゃ見つからない事も載っているね」

「ええ。誰かさんがどっかの『物凄い優秀な諜報員』に、今回の事件の物流を調べさせてくれたお陰で、ボクみたいな子供でも作れました。

ええ、ありがとう御座います」


 ハンナさんに一瞬視線をやって再び父上を見ると、それはとても面の皮の厚い、良い笑顔を浮かべていた。

 うっわ、むかつくわ。

 父上はそんな笑顔のままレポートをヒラヒラと仰がせて遊ぶと、ボクの言いたかった事を言って本題に入る。


「さて。このレポートが正しければっ……だ!

ルパの町へ麻薬を持って来た商人は、俺の自作自演って事になるね」

「ええ、その通りです」

「そんな事をして俺に何のメリットが?

まさか、俺がミアズマの一員とでも言っちゃうのかな?」


 自分が責められているというのに手をワキワキと動かし、寧ろとても楽しそうだ。真面目な話だというのに、片手間で済むような遊びを行っているかのようである。

 解ってて言っているんだろうなあ。口の減らないオヤジだ。


「そうは言いませんよ。寧ろ目的は逆。領内でミアズマに組している商人や貴族の炙り出しにあると思っています。

その為に今回は、恐らく父上がハンナさんに指示を出し、捕らえたアルゴスを態々逃がした」

「ふ~ん。そんな証拠なんてあるものかね」

「ボクには読心術がありますから。

今朝、アセナがハンナさんを見て苦手そうにしていた理由を考え、それを使い結論へ至りました」


 実はボクにそんな事実は分からない。所謂ハッタリである。

 ただ、ハンナさんは憲兵隊を指揮出来る立場にある。ならば今のアセナの直接の上司である可能性はかなり高い。

 だからといってハンナさんがわざとアルゴスを逃がすように手引きしたと言うのは苦しいものがあった。そこで読心術(ギミック)に頼らせて貰う。


 父上はニマニマとした笑いを崩さずに頬杖をつく。


「うんうん。それでいいや。続けてよ」

「はい。

父上は、ケルマがミアズマの幹部になろうとしていたのは知っていた。

それくらいなら、ケルマの人間性とルパの反乱の経緯を知っていれば解りますからね。

すると幹部になる為必要な手土産は、アルゴスの首ですよ。文字通り。

なのでアルゴスの処分に動く訳ですが、此処で困るのはその為の人足の調達です。

なんせ兄の暗殺という外部に漏らしてはいけない問題。口の重い人間を用意するのはかなり困難な筈です」


 そこで父上が頬杖を辞めて手を広げた。

 改めてボクを真っすぐ見る。何時も会っている筈なのに初めて会った気がする、不思議な気配を読み取った。


「別に人足なら自分の商会の人間で良いじゃないか。その方が安上がりだし、内々の問題で済ませた方が、都合がいい」

「いいえ、出来ません。ウルゾンJの建造でかなりの人数が一点に集中していましたから。秘密保持の面でも。

だとすると考えられるのは、領内に隠れ潜んでいるミアズマの一員から雇うか、ミアズマと懇意にしている商人や貴族等から雇うか、です。

ケルマは新興ながらも勢いのある商人でしたからミアズマとしても『投資』の価値は十分にあった。

だからミアズマは大量の麻薬と人足を取り敢えず渡しておいて、後は『暗殺と、麻薬取引等といったミアズマとしての雑用を達成したら改造人間に昇格させてやる』とでも言えば良い」


 一息。


「そして今回、ケルマに協力したミアズマ勢は、倉庫での逮捕者や現地調達の物資の流れを辿る内に芋づる式に捕らえられる訳です。

……どうでしょうか?」


 何時の間にやらハンナさんが紅茶を淹れてくれたので一口飲む。長い事喋った気がするので、喉に潤いが戻った。

 同様に父上も紅茶を一口飲むと、ソーサーに乗せて一言。


「そうさなあ。それで、俺はアダマスに思考誘導のヒントとして麻薬を積んだ『商人』を送り込んだって訳かな」

「はい。その情報を得る為に、向こう側へ『潜り込ませておいた』エミリー先生を介していたのだと思います」


 父上は頭をボリボリと掻いて上のシャンデリアを少し眺めて少し思考。

 そして再びボクを見て、口を開く。


「……ちと惜しいけど、まあ良いだろ。

此方としてはミアズマから渡された麻薬を含めた物資が、パノプテス商会を介して取引されてるって情報を暗部から掴んだのがはじまりだ。

どうにか出来ないかな~って思ってた時に、エミリーが『玩具』を使って情報を得たから、領内の掃除に丁度いいと感じて『商人』をルパの町へ派遣したって感じだな。

どの辺でおかしいと思ったよ?」

「承認書の文体。そして、揚げパンを捏ねている最中にハンナさんから商人の現状を聞いた時ですかね。

幾ら無実と解り切っているとは言っても、商人があの牢屋から出るのに一日足らず。しかもそれがハンナさんの耳にまで届いているって完全におかしいですもの。

あの商人は父上の手の者としか考えられませんって。

彼への対応とか、絶対ボクに対するテストあったでしょう」

「あっはっは、それもそうだ。父さん、息子の成長が見れて嬉しいよ。

因みに今回は相手が相手だから、想定外の事が起きたら商人に偽装していた暗部が戦う予定もあったりしたな」


 笑いながら軽く手を叩く父上。それに合わせて手を叩くハンナさん。

 ところで言及しなかったんだが、彼女を見て思い出す。

 あの商人の正体ってまさか……。


 何かが閃きそうだったが、父上の言葉が考える事の邪魔をした。


「まあ、及第点だ。ご褒美をあげよう。

あのケルマの使っていた商会の建物の今後の使い道なんだけどね……」

読んで頂きありがとう御座います。


宜しければ下の評価欄をポチリとお願いします。励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ