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116 極めて近く、限りなく遠い文化

「……」


 ボク達二人は視線を合わせたまま動かないでいた。


 ツッコミの勢いで言ってみたものの、これ以上の言及は難しい。今回の事件だって介入が可能であるかも知れないが、実際は何の関係も無かった。

 でも、こんなコメディ系の主人公みたいなとんでも能力を持っているなら、気付いていないだけでやはり関係しているのかも知れない。

 考えれば考える程疑心暗鬼になりそうだ。それだけボクが考えなしに口走ったからかも知れない。


 そんな時、ハンナさんの顔をジイと見てふと思う。

 ボク個人としてひとつ言えることは、彼女から害された事は一度もないという事に。


 ところで蛇足かも知れないが、ハンナさんの年齢は不明であるものの、自称だが出身地は分かっている。

 彼女はアイウ山の更に向こうへ行った港町『オリオン』の生まれだ。

 その近傍の土地であるが、実は学園都市にあるような古代の地図だと存在しないらしい。

 「昔の測量技術だから」という説があるが、最近の学問の発展によって別の考えが生まれて来た。

 それが「海底から火山によって土地が隆起してきた」という、とんでもない考えである。

 まだ仮定に過ぎないが、もし正しいなら海底由来の強大な魔力を持った『何か』が、地上にやって来てもおかしくないとの事らしい。


 まあ、今はそんな事はどうでも良いとしてだ。


「ひとつ教えて欲しい。貴女は『何』なのかな?」


 痴情の縺れなどによく使われる便利な言葉。自分で主導しているように見えて、捉え方を相手に委ねられる、ズルい言葉だ。

 返す言葉は立場でも良いし、どのような気持ちを抱いているかでも良い。そして、生物学的なものでも良かった。

 只、『人間でない』なんてありふれた答えはよして欲しいと思った。

 それを言ったら、実はボクだって長命種(エルフ)の血が少しだけ入っている。本当に少し過ぎて人間と殆ど変わらないけど。


 ハンナさんは表情を変えずに軽く返してみせた。


「坊ちゃまの乳母。そして、ラッキーダスト家の味方ですわ」

「……そうかい」


 ありふれた答えにあらず。

 さりとて『人類の味方』とは言わない事に、少しホッとした。

 ハンナさんはこれからもハンナさんなんだなあと、安心できたから。


 じゃ、この話はおしまい。


 ボクはパンと手を叩く。

 そして視線を隣に移すとハンナさんは何も言わず、優雅にそこへ座った。

 彼女は一つ揚げパンを摘まんで、ウルムを掬って口に入れると美味しそうな反応を示す。


 すると、ボクにもひとつ、ウルム付きのを差し出して来たのでも頂く事にする。


「あ。バターやチーズっぽい味かな~って思ったけど、バニラアイスっぽいね。

これといった癖も無いし、普通に美味しい」


 そんな事を呟きパクパク食べていると、何時の間にやらボクの膝に乗っかっていたシャルが、ボクに対して口を開けていた。

 まるで小鳥の雛がえ餌をねだる様な態度に、微笑ましくなりウルム付きの揚げパンを口に入れさせると幸せそうな顔を浮かべる。

 ついつい撫でている時に、また、一声掛かる。


「おや、始まっていらっしゃる」


 今度は誰だと出入り口を見ると、そこに立っていたのはヴァン氏だった。

 彼は片手に楽器を持っている。それはアセナのミニギターとは似ても似つかない、大きく、そして琵琶型をしたものだった。

 特に違うのは絃の数。こちらはなんと、二本しかない。

 座ると同時、楽器を自然な動作でアセナへ渡す。渡された彼女は、どこか苦手そうな顔をしていた。


「うっ、それは母様の『ドゥタール』」

「ほっほっほ。そうですの。折角、前姫君のバウルサクを再現した宴会なんじゃ。

折角じゃし前姫君の愛したこの楽器で、何か弾いてくれると、この爺としても嬉しいですのう」

「むう~、しゃあねえなあ」


 アセナは軽く、その楽器ことドゥタールをチューイングすると、組んだ足の上に固定して右手の手首を柔らかく掻き鳴らして弾いてみせた。

 先程の軽い口調とは裏腹に、すっかり真剣な目付きになっている。


 綺麗だ。

 とても弦の数が二本だとは思えない程の繊細な音程が紡がれる。

 何の曲だか分からないし、最近流行の歌の様に人が曲に合わせて歌うでも無し。

 しかし、その旋風を思わせる激しい音楽そのものに人の心を揺さぶる何かがあるのは間違いなく、ボク達もただ聞き惚れるしかなかった。


 何も付けない揚げパンを摘まむヴァン氏が呟く。


「これはまさしく、前姫君の旋律……」


 そしてハンナさんが口を開く。相槌なのだろう。


「でしょう?

確かに土地が変わり、風習が変わり、習慣が変わる事もあるでしょう。

だが、思想が受け続けられる限り根源は変わらないものなのですわ」

「……ああ、そうだの」


 ヴァン氏は遠くを見る様な表情で演奏を聞いていた。

 彼はひとつ息を落とすと、ボク等に溶け込んでるジャムシドを少し見て、また一言呟いた。


 ボク等が料理をしている間、ハンナさんとヴァン氏の間でどんな話し合いが行われていたかは分からない。

 しかし、今から更に一歩進んだ融和に関するものだと予想は付く。

 だって、父上から多大な権限を与えられているハンナさんが此処へ『偶然を装って』やってきたのだから。

 多分、朝にアセナへ里帰りしろと言った時からこの終着点を描いていたのだと思う。


「そろそろワシ等も変わる時期なんじゃのう」


 音楽に合わせて風が吹くと、隻腕の袖が軽く揺れた。

読んで頂きありがとう御座います。


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