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114 揚げパンは母の味

 麺棒で平たくした生地は、端から食べやすい大きさに切り分けていく。

 具体的には4×5cm程の四角形。その中心にナイフで穴を開けて、生地の端を差し込み、捻じった。

 すると親指サイズのロールパンだかドリルだとかそんな感じのやつが出来上がる。

 これでひとつの『タネ』の完成だ。


 ボク達はそれを物凄い大量に作る為、黙々と作業していた。

 こういった作業をする時は、自然と無言になるのが不思議なところ。集中力を使っているからだろうか。

 微妙に関係ないけど、殻に入れられたカニを食べる時の、あの沈黙に似ている。

 そんな事を考えていると、先端が裂けて本当にカニの鋏にのようになってしまった。


 どうしよう。

 困っていると、アセナが直ぐに対処してくれた。


「ありゃ、やっちゃったな。まあ、気を張らずにこれ位で良いと思うぞ。

そもそもこの料理って部族ごとに形が違うものだしな」

「そうなの?」

「ああ。麺棒で厚めに伸ばしたものを、四角く切ったものもあれば、小さなドーナッツみたく丸くしたものもある。

いっそ、クッキーみたく動物型に型でくり抜くってのもあるしな」

「色々あるんだね。この形はやっぱ、アセナがルパ族だからかな?」


 改めて手元に生地を持っていき、タネを作る。

 今度は上手く出来たかなと、アセナの手元を見た。一日の長なのだろうか、そこは彼女の方が綺麗で、少し残念なような安心のような不思議な気持ちになる。


「ルパ族……と、言うよりアタシが一番見慣れてきた形だからだろうねえ。

この料理は作り方がドーナッツに似ている事からお菓子として使われる事もあるんだが、主食としてよく使われるんだ。チーズやらバターやら乗っけてなあ」


 そうしてまた彼女は一切れの生地を取り出すと、慣れた様子で素早く、そして繊細にタネを仕上げていく。

 言葉には憂いの気持ちが大いに籠っていた。


「さっき『家庭の味』って言った通り、アタシの小さい頃、母様がいつも作ってくれたのがコレでね。

当時子供だったアタシには、他部族の動きは分からなかったけど、母様が無理をしているのは何となく解っていた。

でも、母様は毎日の乳絞りとこの料理を作る事だけは忘れなかった。お姫様なんだから、他の人に任せて良いのにだよ?」


 アセナの両親は亡命の途中で亡くなっている。


 アセナ本人もまさか部族ごと国を追い出されるなんて思っていなかった事はよく分かる。

 そして彼女はそのまま、何でもない田舎の『ちょっと良い家に産まれただけの少女』としての日常がどんなだったかの話をポロポロと零していった。

 男の子のように腕白なアセナが居て、セリンが女友達をしていて、ジャムシドがブレーキ役をしていたらしい。

 草原を走り回って、トラブルを起こしてはジャムシドが頭を抱え親に叱られ、そして「無事で良かった」と、言われるのがのが日常だったとの事。


 話し込む時間が経つ毎に、彼女の内側の何かが熱くなっている気がする。耳が少し垂れていて、瞳が潤んでいた気もする。

 いや、矛盾するようだがその真偽はどうでも良い。

 ボクはボクの為にやりたい事をやっているに過ぎないのだから。


 故に直感的に抱き付いていた。その流れで思った事をそのまま口にする。


「……そうか。そんな『大切なもの』をボク達の為に、ありがとうね。

じゃあ、そろそろ完成させちゃおうか。『家族』皆でワイワイと囲んで一緒に食べれるようにさ」


 突然抱き付かれた、眼前の彼女は目を丸くしていた。

 彼女はボクの手を取ると、優雅に甲へ軽く唇を落とす。

 やっている事は煽情的なのに情欲の付け入る隙の無い雅なものだった。


「ふふっ、そうだな。読心術でも使ったかい?」

「いや。処世術だね」

「随分女(たら)しな処世術もあったもんだ。ハーレム主人公かよ」

「まあ、婚約者二人、愛人二人だし否定はしない」


 当たり前の事なので軽く返すと、アセナはジットリした眼でボクを見てきた。

 何か変な事言ったかな。周りも目を見開いてボクを見る。

 なんぞ。ボクは確かにハーレムを作っているが、全員互いに認知させているし、責任も取るし、法律にも反していないから浮気なんてしていない筈なんだが。


「愛人二人?アタシともう一人は誰よ」

「ああ、そういう事ね。ハンナさんだよ。ボクのはじめてもあの人だし」

「成る程」


 自然過ぎて気付かないってよくある事だ。

 すると、周り二人もホッとしたように作業に戻ったのだった。


 それからはあっという間の時間だった。

 一仕事終えたシャルが、でこっぱちの額を拭う。


「ふう、いっぱい出来たのじゃ」


 沢山のタネが板の上に綺麗に並べられていた。

 崩すのが勿体ない程秩序だっていて、視覚的にとても気持ちがいい。

 ともあれ綺麗に飾って眺めているだけでは、本当に伝えたい物は伝えられないので、惜しくも煮えたオリーブオイルに入れられた。

 板を傾けボロボロ落ちる光景は、中々料理をしないボクに新鮮味を与えてくれる。

 ああ、こうやって料理は出来るんだなあ。




 こうして話は、はじめの光景に繋がる訳だが、小麦が良い感じのきつね色に揚がってきたのでお玉で皿に適当に盛られていく。


「と、いう訳でこれがアタシの家庭の味。遊牧民の揚げパン、『バウルサク』だ。

まあ、食べてみてくれ」


 これは皿を食堂に持って行ってから食べるといった意味なのだろうが、シャルはそのままの意味で受け取ってしまう。

 彼女はその場でひとつのバウルサクを摘まんでパクリと食べてしまったのだ。

 しかしアセナは特に嫌な顔もせず、寧ろその様子を懐かしむような声で、優しく聞いた。


「そうか。美味かったかい?」

「美味しいのじゃ!」

「そりゃ良かった。それじゃ、シャルも皿を運ぶのを手伝ってくれ。

皆で食べれるようにな。そうするともっと美味しいから」

「分かったのじゃ!」


 これもまた、無邪気で素朴な笑顔だった。

読んで頂きありがとう御座います。


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