110 もてない者
「アンタ達は持たざる人間の気持ちなんて解らないんだ!」
なんでだろう。少し、心に響いた。
空虚な晴天の元、ケルマの営業スマイルの内側に溜め込まれていた想いが暴走していた。ボクは片眉を上げると、周りの皆を見る。
確かにボクはそんな認識で良いかも知れない。たまたま生まれが良かっただけっていう自覚はしてるよ。心に響いたのだってそんな理由があるのかも知れない。
でも、シャルにしたってアセナにしたって、ケルマに比べたらずっと大変だったんだよ?
特にエミリー先生に至っては『悪魔に魂を売ってでも』どころじゃ済まされない程の死線と絶望を乗り越えているんだ。
こんなヤツに話す価値もない。でも、そんな『どうでもいい』理由で、アセナ達を馬鹿にされたのはムカつくから鼻っ面に蹴りでも入れておこうか。
そう思って一歩踏み出したところ、ボクの歩みを止める者が一人居た。
外ならぬアセナである。
彼女は進行方向を腕で遮ったまま、此方へ横顔を見せると苦笑いを浮かべた。理由は分からないが彼女を信じる事にして、ボクは歩みを止めた。
再びアセナとケルマの視線が合う。
「ん~っとね。
アタシもさ、吟遊詩人とかして色々な所回っていたからお前の物差しでは『ソレ』が物凄い大切な事だっていうのも分かるつもりだよ」
すると、先程までクシャクシャの顔だったケルマが、泣き止んだ子供の様にスウと落ち着いた表情になっていく。だが、納得はしていないのが手に取るように分かるし、隠そうともしていない。
そこも理解しているのだろう。アセナは話を続けた。
「逆に、お前から見たら馬鹿馬鹿しい理由で喚く人間もいっぱい見てきた。
なあ。アルゴスはお前の『持って産まれた者達』の代表みたいなやつだが、本当に『あんなの』になりたかったのかい?」
すると彼は少し俯き、今度こそ少し冷静に考え出し、それでも顔を上げて頷いた。
そのまま弱々しく口を開く。勢いは、段々と強くなっていった。
「……そうですよ。
私は兄さんに成り代わりたくて此処までしたんです。
ミアズマの力を使い今の産業を拡大させて、最強の不死の身体も得る事が出来る。好きなように生きる事の出来る兄さんが羨ましかった!」
なるほどな。
確かに、子供の頃から自分でどうにかしなきゃいけない事が決まっているケルマにとっては、アルゴスは好き勝手に生きてるように見えた『力』の象徴だったのかも知れない。
こういう幼い記憶は、大人になってからでも頭では理解しつつ結局は焼き付いたままで、乗り越えるのが難しいのが厄介なところだ。
高々十二歳のボクが思うのもアレな話だけどさ。
ぶっちゃけ個人的には、『ソレ』が本人の中では兄を乗り越えるのに最も適切な方法だったんじゃないかなとは思う。
しかし、だ。次に思った事をアセナが代弁してくれる。
「ふーん。まあ、それで後悔が無いなら良い。お前独りが、アルゴス同様に地獄へ落ちるだけだ」
「やはり兄は……」
「ああ。周りから軽蔑されながら死体も残せず消滅していったよ。改造人間の最期なんてそんなもんだ。
まあ、それこそ『どうでもいい事』だけどな。
……重要なのは、そんなお前がアタシを求めてきたって事だよ」
突然の言葉にキョトンとするケルマを見たアセナは、不機嫌そうに眉をひそめて口を尖らせた。
腕を伸ばしてケルマの頭を掴むと、そのままガシガシと、酔いそうな程に横へシェイクする。
「アタシはな、アルゴスの野郎が大嫌いなんだよ。
それなのに『結婚して共の道を歩みましょう』だ?そんでダメだったら逆切れして武器とクスリ持ち出しましただ?
ちょっとは相手の気持ちで考えてみろよ。わかってねー奴だな」
「で、でもアダマスだって金と権力を渡して……」
言った途端、今度は頭を前後へシェイクさせた。
船の貿易で揺れには慣れている筈なのにケルマの顔色が悪くなってきた。
「だ~か~らぁ~っ!そういう上辺だけでしか人を見れないのが駄目だっつってんの!
アタシが本当に欲しかったのはそんなんじゃない。上の立場に成り代わりたかった訳でもない!
ちゃんと平等な視点に立ってアタシという個人の幸せを心から願い、そして愛し導いてくれる旦那だっての!言わせんな恥ずかしい!
それが出来るなら嫁にでも寵姫にでも奴隷にでも飼い犬にでもなってやるよ。結局は只の凡庸な『言葉』に過ぎないからな」
ヒートアップしてきたのか、頭のシェイクが激しくなる。
こう言われると、ちょっと気恥ずかしいものがあるな。
尚、彼女個人を幸せにするという事は、その家族であるルパ族の皆も幸せにするという意味でもある。
しかも民族としての自尊心をある程度保った状態で、だ。
彼女は族長なのだから、集団の幸せが個の幸せである価値観を持っているのだ。
確かに彼等を養うには莫大なお金と権力が必要になるが、決して彼等は、お金そのものを欲している訳ではない。
だから無責任に金貨を渡して「退去してね」なんて、アセナの幸せを全く解っていない愚行なのだ。
特に一度アルゴスに騙されてからは、安全なこの土地に対する拘りは凄い。
「それともアタシが寵姫や秘密警察の権力を振りかざして、アルゴスみたく好き勝手をした事でもあったと言うのかい?
ええっ、言えねえよなぁ!
だってお前、そこまでアタシの事知らねえもん。告られる側の事情も知らねえのに告ってるんだもん。
『持ってる』だとか『持ってない』だとか、そんな自惚れでしか人の幸せを計れない。
だからお前はモテないんだよ!」
あくまでアセナの権力は、彼女達が人間らしく生きていく為の物だ。
彼女は、本当ならもっと我儘に振る舞えるけどそうはしないし、ボクも彼女の嫌がる領域にはなるべく踏み込まない様にしている。
ボクが嫌なら父上に訴え出る事も出来るけど、それを傘に取った事もない。
だからボクは大丈夫……と、思いたい。
でも、何時、このケルマの様になっているかも分からないから気を付けなきゃなあ。
思い、取り敢えずと頭シェイクを続ける彼女へ口を開く。
「アセナ、ちょっと良いかな」
「ああっ⁉んだよ?」
「もう失神してる……」
「あ、ホントだ」
頭を掴まれていたケルマは、脳を揺さぶり過ぎた事により、白目を剥いて失神していた。アセナはどうでもいい事のように手を離すのだった。
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