106 危ない物の受け渡しは大体町外れの倉庫
ケルマは昔から、コンプレックスの強い男だった。
本家の兄は女を侍らせて羽振りも良い。修行先では生まれ持ったというだけで特別扱いされる子供が沢山居る。
世の中は不公平だと感じる様になるのにそう時間はかからなかった。
そんな心の隙間に付け込んだのがミアズマである。
彼らはアルゴスを追っている事を告げ、生死を問わず捕まえてくるよう告げる。
条件は、かつてアルゴスが座っていた席を与える事。
「なんで声をかけたのが最近なのじゃ?六年前に依頼しておけばよかったのでは」
シャルにそんな事を聞かれたが、ボクも推理しながらだから詳しい事は分からない。
ただ、ボクがミアズマ側としても放っておくとは思う。
逃亡先で似たような商売をしようにも、仕事をするに必要なルパ族と人造人間の技術。更に言ってしまえば場所がないから、大した動きが出来ないからだ。
寧ろ、新興の商人として実力を伸ばし始めているケルマに近付く為の理由付けって言った方がしっくりくるな。
「……って感じでしょうか。エミリー先生」
「大体そんな感じだね。私が『聞いた』話はさ。優秀な生徒を持てて嬉しいよ」
エミリー先生はペンを持っている。
ディス・イズ・ア・ペン。隠し部屋を見つけるマイクがペン尻に付いている多機能ペンである。
彼女は元々「ケルマを利用しよう」と考えるアルゴスに協力するつもりなんてなかったが、裏側でとっくの昔にミアズマと繋がっていたケルマの方にも前々から注意を向けていた。
ペンは、遠目ではよく見えなかったが目を凝らして見ると針金のようなパーツが六本、折り畳まれている。
更にそれぞれの先端に鉤爪のようなパーツが付いていた。
まるで、昆虫のように。
ペンのグリップが『変形』した。
大きな赤いマイクを持つペン尻を頭。グリップを胴体。そしてフレキシブル構造によってペン先を尻尾とするサソリ型の小型ロボットである。
聞いた時は驚いたけど、実際に見ると更に凄いな。燃料とかエンジンとかどうなっているんだろ。
ロボットは彼女の手の甲を歩き、肩で洗濯バサミのようなハサミを広げてボクとシャルに挨拶の動作をする。
シャルは眼をパチクリさせると、取り敢えずコクリと頭を動かし挨拶を返してみせる。
その後は好奇心で目を輝かせていた。虫とか苦手だと思ったんだけど、意外だ。
ドヤとエミリー先生は得意顔で言う。
「んっふっふ。これぞエミリー五つ道具【ペンシル君】だ。凄いだろう!」
「はあ、凄いですね。こんなのが後、四つもあるので?」
「その内二つはこの軽量液体金属ドレス【月夜の羽衣】、右眼の義眼【プロペータ】だ」
「結局残り二つあるんじゃないですか」
「いやいや、もしかしたら既に見てるけど気付いていないだけかも知れないぞ。探して見るのも良いだろう」
「むう。まあ、それは今度ですかね」
きっと、必要になったら「こんな事もあろうかと」とか出て来るんだろう。もしくは気合入れて作ったのは良いけど使いどころに困っているとか。
例えば、理論はあるけど移動中に鳥は勿論の事ワイバーンやドラゴンなんかがぶつかる等の理由で作る事を法律で禁止された飛行機とか、あるいは太平の世では使う機会の少ない純粋な兵器だったりするかも知れない。
あくまで予想だけど。
「取り敢えず話を戻しますと、そのマイクには盗聴器の機能もあって、ケルマとアルゴスが言っている事をある程度録音出来た訳ですね。
だから、アルゴスとしか話してなかった筈の貴女が、ケルマしか知り得ない情報も知っていた」
「ああ。それによると、だ。
兄には『今、自分は仮の当主だけどアセナを妻に迎えたら貴族席を譲るつもりでした。自分は商人の方が向いているので』という理由で捜索届を出していた事を納得させたらしいね」
アルゴスが絶縁の話で取り乱していたのを知っているだけに、ここで「めでたしめでたし」で終わらないのは確かだ。
「この後なんだけど。アルゴスがアセナに捕まったよね。
実はその直後に見慣れない下級貴族が来てたんだ。まあ、ミアズマの債権者なんだけどさ。
で、彼にはこう言った。
『兄に当主の席?返す筈無いでしょう。
知らぬは本人ばかりで、数年前に絶縁してますよ。まあ、使い道はあるのでラッキーダストの屋敷に忍ばせた者に脱出の手引きを頼む予定です』ってね」
え、そうなの?
スパイに対しては読心術で調べている筈だしそういった者に対しては暗部が暗躍しているなんだけど、そこまで隠れるのが上手い人がまだ居たのかあ。
ちょっとショックだなあ。
ところがエミリー先生は自分を指差す。
「あ。そのスパイってのが私ね。
アルゴスに『もし俺がアセナに捕まったら、屋敷の高価な研究機器を使うって目的で滞在して、脱出させてくれ』って言われてたのさ」
「そうなんですか。じゃあ、今回の件も……」
「いや、それが妙なもので、こればっかりは私じゃないね。
脱出したのも私が滞在していなかったどころか、家庭教師の日でもない。
なんせその時、私はパノプテス商会に泊まり込みでウルゾンJの最終チェックをしていたんだ。
こんな私にアリバイを作る為のような脱走劇を誰がやったのか。いや、大体想像は付くんだけどね?ありがとう」
先生はニヤニヤしてアセナに視線を向ける。
彼女は気恥ずかしそうに、ぷいと視線を脇にやる。年上だけどギャップがあってかわいいなあ。
ほっこりしていると、エミリー先生が声に出した。
「ま、そんな訳でだ。
アルゴスは、ウルゾンJで捕まえたアセナをケルマに『渡す』為に、集合場所を定めていた。これが丁度いい事にパノプテス商会の所有する町外れの倉庫でね~。
まあ、ヤバいものの受け渡しっていったらお約束のシチュエーションだけど」
目の前には確かに、古びた様子の大きな倉庫が見える。
ウルゾンJは倉庫に向かって真っすぐ進む。
「だったら当然、後の事も……」
「お約束さっ!」