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104 終わりのはじまり

「終わったの……かの?」


 ボクの背中の陰から、恐るおそるといった様子でシャルがひょこりと顔を出した。

 視線の先にはポッカリと四角く開いた空間。先程までアルゴスが在った、ウルゾンJの胸元だ。

 炎が収まり、今も尚黒い煙を上げるそこへ、ルパ族が身体能力を活かして登り、『中身』の検分をしていた。


 検分が終わったのか、一人が中身を抱えて地面まで降りてくる。


 抱えられているソレに、美形の面影は無かった。寧ろ、人間だった面影すらない。

 元を知らなければ、焼けた何らかの肉塊だとしか見えないだろう。

 髪も無く、目も無く。真っ赤な皮膚は少し黒く焦げていた。


 気味の悪そうなものを見るシャルの質問に答えたのは一人。

 エミリー先生である。


 彼女は右眼を光らせて、アルゴスだった物をマジマジと観察していた。


「いや、半分って所かな。

解析したところ、確かに脳も焼けて機能は停止しているんだけれどもね。

研究した結果、此処から復活するのかも知れないのが改造人間の怖い所さ」

「えっ、こんなになっても……ですか?」

「ああ。魔力三要素における『強化』『操作』『記憶』の内、『記憶』の部分を多く使うんだ。

詳しくは省いて今度の講義にでも教えるけど、ザックリ言えば魔力は個人毎に違うから、それを保存しておけば個人の記憶を復元出来るって理論だね」


 今、サラッと死者蘇生の理屈を唱えた気がする。


「ま、それをさせないのが私の仕事さ」


 彼女は何処に持っていたのやら、両手に抱える樽ほどの大きさの物を取り出した。

 聞いてみるとはじめに代官屋敷に預けた荷物に入っていて、それを検分中に持って来たらしい。

 一目見たらこれといった細工のない硝子の筒だった。大きめの薬瓶にも似ていて、上部には蓋。下部には箱のような機械が付いている。

 開くと中には円状に刃物が並べられていた。

 あ、これって見た事ある。果物からジュースを作るミキサーって機械じゃなかったっけ。

 ちょっと刃物が物騒な程厚いけど。


 と、いう事は……。

 これにはシャルだけではなく、ボクも少し顔を青くした。

 しかしエミリー先生は俯きながらもアルゴスだったものを受け取って言う。


「ホントはこんな使い方したくないんだけどねぇ。

改造人間は粉々に砕いて専用の溶液で溶かしておかなければ、何時復活するか分かったものじゃない。

……ホント、馬鹿な人間が居たものさ」


 溜息と同時にミキサーの中へ放り込み、蓋を閉じた。

 ボク達に見せない為の配慮なのか赤い布を掛ける。


───ガリガリガリ。


 強力な蒸気エンジンと魔石を積んでいるのか、岩の削れるような音がした。

 首に仕込んだ機械諸共、頭蓋と肉を砕いて言った通り塵ひとつ残さないのだ。

 そして音がしなくなった時、先生はミキサー下部のスイッチを押す。

 すると、何か液体のようなものが注入され、空気と粒諸共混ぜ合わせる音がした。


 エミリー先生がゆっくり布を取ると、そこにはピンク色をした液体が溜まっているのみである。


「『本体』を粉状にして、更に映画撮影なんかで使われる記憶因子をリセットする特殊な酸に溶かした。これで、今度こそアルゴスはこの世に戻ってこれない筈だ」


 淡々と言って、瓶をミキサーから外した。

 どうやら作業が完了すると自動で底を接着する機能が備わっているらしい。金属の底が見えていた。

 彼女は瓶をよく見えるよう掲げる。

 午後を少し過ぎた中途半端な日光は、当たり前だが透かせどもと何も映さない。


「死ですらない、遺骨すら残らない。これが改造人間の『終わり』ですか」

「ああ、私はこれ位必要だと思うからやった。まあ、憎しみもあったけどさ。

どうだい、これでも尚『好き』って言ってくれるかな?」


 茜色の陽光は、赤い義眼の光と混ざる。

 艶やかな黒髪の中から覗くそれは不思議な引力を持ち、ボクの視線を集めるに十分で、何処か美しい。

 だからボクはドレス諸共、正面から抱き付き柔らかな身体に頭を埋もれさせた。


「はいっ。大好きです!『人間』が精一杯生きようとしている姿は美しいものだと思います」

「……あっ!妾も大好きじゃからっ!」


 気付いたようにシャルも便乗する。


「ふふふ。ありがと」


 柔らかく笑ったエミリー先生は、ボク達の背中を撫でてくれた。

 正直、アルゴスとのやり取りから察するに何かがあったのは確かだ。色々引っかかるところがある。

 だが、今のところ言及するつもりはない。

 こうしてボク達の為になると思ってやってくれているのだから。


 瓶はアセナに渡された。

 はじめは何か迷っていたようだが、ゆっくりと顔付きが切り替わっていき、一番良い馬に跨る。読心術を持つボクくらいしか分からない気持ちの変化かも知れない。


 跨っているのはボクの乗っていた、金色の名馬だ。

 ヴァン氏からはマントが渡される。赤と黒を基調として金糸をふんだんに使った豪華な、それでいて独特な刺繍が施されていた。

 ルパ族の紋章だろうか。勢いよく羽織ると片手で瓶を天に掲げ出した。


 手綱を操り、馬の上半身を曲芸のように持ち上げたまま乗りこなす様子は、赤毛と相成ってとても神々しいものがある。

 あれって足の締め付けだけで体重支えているんだよね。瓶も両手で抱える位の大きさだし。とんでもないな。


 マントを翻しながら、族長として猛々しく叫ぶ。


「おおおおお!

悪鬼は此処に滅びたり!最早信頼、疑う事なし。我、改めて盟約を結ぶものである!」


 瓶を掲げ、周りに視線を振ると一拍遅れて肯定の雄叫びが聞こえた。

 アセナは、とうとう手綱すら離し、歯をニカリと見せるナチュラルな笑みを浮かべてエミリー先生へ手を差し伸べる。

 何時ものアセナの顔だった。


 一回だけ瞬きしたエミリー先生は、すぐさま手を取った。

 ボクと一緒に。ついでに言うとボクと手を繋いでいたシャルと一緒に。

 されど構わないとばかりに、人馬一体の動きで一気にボク達を馬の上へ芋づる式に引っこ抜いて、まるで紐であるかのように馬へ乗せた。


 四人乗りという非常識。

 それでもやってのけるのは、彼女が『ルパ族の族長』だからなんだろうなあ。

 再び彼女は叫び、周囲の意識を統一してみせた。


 勝鬨を上げる。


「おおおおお~~~~っ!」


 友達(エミリー先生)に後ろ暗い事なんてないと。

 自分達は前に進む時が来たのだと。


 友と共に。

 愛しき人と共に。

 そして、故郷と共に。


 胸を張り上げ、大きく口を開けて、力いっぱいの産声を上げたのだった。

 今度こそ本当の意味で、己を取り戻す事が出来たのだと。

 大合唱は暫く続き、切りの良い所を見計らったエミリー先生の一言で終わる事になる。


「あ、そろそろ止めにして貰っても大丈夫かな?黒幕を叩きに行きたいから」


 え、終わってないの?

読んで頂きありがとう御座います。


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