103 赤い火
アセナが、ボクとシャルとエミリー先生を前に跪いて頭を垂らして懺悔をする。
そんな行いの最中に突然起こった事だった。
ボクもシャルも何が起こっているか分からない。
そんな中でアセナは瞬時に耳をピクリと動かし背中から迫る風切り音を拾った。
自慢の反射神経にままにエミリー先生を左腕に、ボクとシャルを同時に右へ抱えるとそのまま前転する。
直後にアセナの居た場所を巨大な金属塊が通り過ぎた。
カチン。と、分厚い金属同士が噛み合う音する。
「……え?」
ボクは呆けた声を上げる。
あの見慣れた姿は間違いない。通り過ぎたのはウルゾンJの爪だったからだ。
平和を願って作られた、無骨ながらも優しい手が、突如として凶器と化して後ろから襲って来たのである。
想いながら目を見開いていると、ラッキーダスト家の紋章が描かれた胸部装甲が引き戸式に開かれて、中から『狂気』が現れる。
それは、黙っていればイケメンだった。
しかしヘドロのように粘着質な目付きと、文字通り人を一方的に見下す為の笑顔はどうしても好きになれない。
何より『身体』が無い。
「よお、久しぶりだな。クソガキども」
中から出てきたのは、ウルゾンJの内部パーツに自身の首断面を接続した、写真ではとても見覚えのある生首。
アルゴス・フォン・パノプテス。
その人が『在った』。
アセナは冷静な表情になると近くの兵士から適当な銃剣を受け取って、迷いなく撃つ。
しかしアルゴスは瞬時に口から、まるで細い舌のような機械の腕を数本出して束ねて防ぐ。移動もアレでやったんだろうなあ。
想像すると、ぶっちゃけキモい。
「おいおい、折角の再開だというのに随分ドライな対応じゃねえか。
さっきまであんなピイピイ泣いて可愛かったのによお」
「血も涙も捨てたてめえに見せる水分なんて一滴もねえよ」
「はっはーっ!その強がり、何処まで言えるかな?俺はこの『武力』を貰って元気いっぱいだぜ。
さあ、もう頼みのジジイは戦えない。あの頃の続きだ。今度こそ……その両目を貰っていくぜえええ!」
肺もないのに大声が上がった。
そして時速100キロで重さ43トンの質量を突撃させようと蒸気が吹き出し、草原の草が舞っていく。
……と、いう事をしたかったのだと思う。
───プスン
「……ん?」
煙突が間抜けな音を出した。履帯は微妙に揺れただけで前には進まない。
アルゴスは先程とは別の意味で口を開いていた。読心すれば気持ちは『驚愕』。
次いで歯を食いしばって踏ん張るような表情を作り、しかし今度こそ、ウルゾンJは少しも動かなかった。
アルゴスは何かに思い至ったのか、エミリー先生へ視線を向ける。
「動かねえ、動かねえぞっ!切り離せもしねえ!
何が起こって……ハッ!エミリー、てめえ裏切りやがったな!」
「くふふ。はてさて、なんの事やらアルゴス殿。
私は『ある因子を持つ魔力』がウルゾンJに浸入したら止まるようプログラミングしておいただけさ。
まあ、君が疑わないよう少しだけコントロールしておけるようにはしてあったけど。
ああ、そういえば『続き』をやりたかったんだっけね。良いよ。やろう。
アセナとアダマス君も協力してくれるかな?」
話を振られたアセナは耳をピンと張って、何かを察したかのように頷いた。
そしてボクにも二人して視線を向ける。少し考え、納得すると手を掲げる。
「……ん?ああ、そういう事ですか。
急展開過ぎてちょっと思考が止まってましたが。領主代行として、務めさせて頂きます」
裁く事は初めてではないが、ここまでの重罪だははじめてだ。だからこそなのか、嫌な汗が噴き出てくる。
ボクは迷っているのかも知れない。
一線を超える判決に、戦火から逃れて平穏に生きたいだけの『一般人』を巻き込んで良いのだろうか、と。
この目の前の犯罪者だって、情報量的には生かしておく事が我が領としては正解かも知れない。
「ええと、被告アルゴス。
殺人罪、強盗罪、脅迫罪、強制性交等罪、人身売買、麻薬法違反、脱税、収賄、反社会組織への援助、国家反逆罪、現行犯で次期当主及びその家族への殺人未遂、貴族の財産の強奪。その他諸々含みまして……」
でも、それでも。
思った直後、ボクの手を握ってくれたのは、この中で最も一般人に近いシャルだった。
彼女は察したかのように、笑いかけてくれる。
「大丈夫なのじゃ。為政者である以上避けて通れぬ道じゃもの。
お兄様が汚れるというなら、妾達も汚れて然るべきじゃ。何時までも、一緒じゃ
『みんな』、一緒じゃ」
「……そうか、ありがと」
互いに笑い合う。ボクは最後の一言を吐き出した。
それでも、大切な人を苦しめる『枷』は冷酷さを以て砕かなければいけないのだから。
「火炙りの刑が妥当と判断させて頂きます!」
ボクの判決に意義を応える者は本人しか居なかった。
何やらギャアギャア言っているが、それよりも周りが待ってましたとばかりに賑やかだ。弓矢を構え出したのだ。
それらの先端には火が灯っていた。それぞれの怒りを表すかのように揺らめいている。
静かに、そして熱く。
アセナはボクに対して何か言いたそうに見ていた。
ポンと手を打ち、シャルから先程の『承認証』を受け取る。
そこには『警察と領主又は代行による裁定が重複した場合、領主又は代行を優先する』との条文が。
多分、彼女は父上からアルゴス追跡の際に生殺与奪の権利を得ていないのではないかな。だから父上は先回りして、この『承認証』を商人に渡していたのだと思う。
つまりは、これも貴方のシナリオなのだろう。父上?
ボクの考えは当たったようで、不安の無くなった様子のアセナは声を上げようとして、小さく一声。
対象はエミリー先生だ。
「エミリー、火矢を打ち込むけどウルゾンJぶっ壊れねえかな?」
「大丈夫さ。耐火処理させて貰ったし、弓矢じゃ貫けない硬さもある。
ていうかぶっちゃけ、アルゴスが入っているあのスペースって本来はオーブンなんだ。アダマス君とルパ族の皆がやらなかったら、『オーブンで遊んじゃダメじゃないか』って言いながら私が点火するつもりだった」
「あっはっは、こやつめ」
アセナが笑っていない目で笑っている時に、文字通り手も足も出ないアルゴスの声が割り込む。
「はあっ、ざけんな。アセナァッ!謝るのに償う事もしねえのかっ!」
「あっ?それでなんで手前がシャリシャリ出てくるんだよ。アダマス、アタシの罪状は何だあ~?」
文字通り手も足も出せないアルゴスを睨みつけるアセナは、腰に手を当てながらボクに流れのまま語りかける。
口調が元に戻っている事は、まあ良いか。
「ん。メリクリウス女準男爵への不敬罪だけだね。さっき謝ったから許されるよ。
本当は平民から貴族への不敬罪ってもっと重い罪だったりするけど、君はボクの寵姫だから準貴族扱いだね」
「だってよ。手前がつけ込む余地は無えんだよ」
「ちっ!そんなら俺も貴族だ!」
「君、ミアズマに追われてから実家に絶縁されているの知らないの?
だから今の当主はケルマで、君自身はもう貴族でもなんでもないよ」
「はっ!マジかよ⁉」
補足説明を付けて、顔を白くしかなりショックそうな表情を浮かべていた。
そして暫く。最期の言葉も済んだかと思いきや、顔を真っ赤にして苦し紛れに喚き出す。
白くなったり赤くなったり忙しいなあ。
「エミリーッ!てめえっ、アセナにアダマスを寝取られても良いのかよっ⁉
条件は向こうが圧倒的に有利なんだぞっ!」
「クフフ……。これだから女心の解らない人間は困る」
エミリー先生は腕を組んで笑って見せる。
しかし、読心術を使うボクに、湧いて出てくる憎悪の感情は隠しきれない。
「私は、君が突然私の目の前に現れてからずっと君の事を考えていた。アダマス君を取られる心配より、ずっとだ。
なのに気付いてくれないなんて……嗚呼、悲しいなあ」
その憎悪の炎は機械よりも冷たくて、此処にある火矢の何よりも熱い。
「私は、君の絶望する顔が見たかったんだ。
確かに武力をあげるとは言ったが、実際に渡す筈ないじゃないか。薄っぺらい言葉に騙されるなんて、ホントお馬鹿さんなんだから。
あ、そのオーブン内は私がリモートで引火ガスを出しているから火が消える心配はしなくていいよ。安心だね。
だから……」
感情によって少し老けて見えるイケメン顔。ただし過去形。
それの在る小さな空間に向かって、大量の火矢がアセナの号令によって迷いなく放たれた。流石に騎馬民族というだけあって皆弓が上手く、敢えてアルゴス本体を当てず、火をくべ続ける。
楽には殺さない強い意思を感じられた。
接続部を取り外して逃げ出そうとしても逃げ出せず、狭い胸内の空間に火は次々と溢れていく。
必死に口から伸びる腕を振り続けて火矢を払おうとしているが、ウルゾンJに動きを阻害する機構でも付いているのか段々弱々しくなっていった。
「「苦しんでくたばれ」」
対極的な二人の声。
だからこそ噛み合った瞬間、より印象的なものになる。合わせる練習はしていない。
「嫌だあああああっ!死にたくなあああああっい!
この人殺しめええええええっ!地獄に落ちろおおおおおっ!」
かつての恐怖の象徴による断末魔は、轟々と上がる炎に溶け、その存在と共に風に流れて、実にあっけなく消えていったのだった。
そういえば、ルパ族において炎は魔除けの意味でもあるんだっけな。
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