8.夜が怖くないと感じた日
「極東のとある国の王族関係者?」
私の設定、ちょっといい加減過ぎではなでしょうか?
フェリスさんが言った通り、ミルフィー殿下と次の日、時間がないからと一緒に昼食をとりながらのお話会である。
「うん。実際に君のような髪色と体型といい似てるんだよね。元気かなぁ。後で連絡をとってみよ」
彼は、ペラペラと話しながら本を捲り合間にパンを千切って口にいれている。行儀が悪くないように見えるから不思議だ。あ、イケメンマジックかな?
「あと何だっけ? さっきも言ったけど帰る事に関しては必ず同じ場所、時間に戻れるから。道ができているから心配しなくて大丈夫だからね」
彼は、どう転移をするかを理論的に説明してくれた。だけど聞いたことがない言葉の羅列、そもそも魔力のしくみが理解できなかった。
「えっと。信じます」
不安は正直、拭えない。だけど私を安心させようと一生懸命説明してくれる思いは伝わった。
「うん! 任せて! で、ミヤビの世界の事を教えて」
「うーん。難しい事はわかりませんよ」
「わかる範囲でいいよ。まず何にしよっかな」
明るくていいけど軽いんだよなぁ。でも、なんか憎めないなと屈託のない笑顔につられて私も笑った。
*〜*〜*
「そうそう。この前ミヤビちゃんが教えてくれたじゃない。口にしやすかったみたいでよかった。助かったよ」
「それはよかったです」
落ち着かない昼食後、診療室でテオドールさんのお手伝いをしながら人がいないのでおしゃべり中。いえ、手は動かしてますよ。
「つわりも人それぞれって本当だね」
テオドールさんの奥さんが只今つわり絶頂期らしく、食べれないと悩んでいるので、あくまで医師じゃないと言ったうえでアドバイスをしたのだ。
「人によって最後まで続く場合もあるし辛いですよね」
病気ではないとはいえ、吐き気や食べつわり、匂いの敏感など、いつ終わるのかとストレスしかないだろう。しかも初めてらしいからナーバスにもなるよね。
「今は食べられなくても、安定期に入ってから食欲が戻れば体重が増加しやすくなるので体重管理、食事はとにかく薄味に。高血圧症というのになったりする可能性もでてきますから」
テオドールさんは、いつになく真面目そう。いや〜愛だな。これぞ理想の旦那さんなのでは?
「先生、悪い、何人かまとめて頼む」
「はい。ミヤビちゃん、こっちの軽症の人お願いしていいかな?」
「はい!」
いきなり忙しくなってきたぞと、雅は治療室へ向かった。
*〜*〜*
「あ、もうこんな時間だ。今日は、遅くまでごめんね」
「いえいえ」
「散歩してから帰るのかな? モウ貸すよ」
いつも休憩や帰宅時は、モウを貸してくれるけど、今日は遅いし悪いかなぁと躊躇していたら。
「フッン」
ドアの前にハスキー犬みたいのがいた。ドアの開閉音はなかった。いつからいたの?
「あ、リックス。この部屋の匂いが苦手なのに珍しいね。お姫様の護衛かな?」
「グルル」
銀色の艶々な毛といい、なんか気高そう。この子もモウ程ではないけれど大きい。
「こいつはフェリス副団長のところの子だよ。夜目も効くしおりこうさんだから連れて行くといい」
「えっ、でも勝手にそんな」
人様の大事なパートナーを許可なく連れ回してよいとは思えないのですが。
「大丈夫。彼が心配してよこしたんだよ。だよね?」
「ガウ」
そうなのかな? グレーの目は私をじっと見たあと立ち上がった。
「で、ではお借りします」
「どうぞ。明日もお願い」
「はい」
私は、リックスという新たな子が気高すぎて距離を置きながら医務室を後にした。
「もう星がみえるね。ジャンプっ」
低い塀があったので上に乗ってみた。勿論周りに人はいないと確認済みである。
「君もどお?」
銀色の生き物を誘ってみれば見上げて私を見た後、尻尾をゆったりとひとふり。
「大人気ないかな。そんな残念な奴みたいな視線しなくてもいいのに」
だって体を動かしたいんだもの。
「よっと」
平均台の上を歩くようにバランスをとるも欠けていたりでなかなか。
「ガウッ」
「あっ」
突然、塀を小さな生き物が通過して不味いと思った時には体が大きく傾き。
「何をやっているんです…っ」
「えっ、うわっ」
抱えられ助かったと思いきや、パッと脇にあった腕がなくなり再び落下する。まぁ下は土だしと諦めたら、また支えられ、いや浮いた。
「いや、セーフ」
両脇に手を入れて着地させてくれた、声でフェリスさんだとわかったので彼にお礼を伝える為に後ろを向いてみれば。
なにやら右手を上げたままで、顔が少し赤い?
「えっと、キャッチしてくれてありがとうございました。だ、大丈夫ですか?」
まだ会った回数は少ないけど、いつも目を合わせて話をするのに、目が合わない。リックスも何かを感じたのか、フェリスさんの周りをグルグルと回っている。
「えっと」
「貴方が此処の人間ではないので伺います」
「はい」
「いえ、やはり」
余計に気になる。
「何でも言って下さい」
じっと見つめたら。
「した…いや、やめましょう。部屋まで送ります」
「気になって眠気がこないかもしれません」
聞くまで動かないです。
「…下着をつけてないのかと驚いて」
ものすっごい小さな声を拾ったけど、内容が!
「いえ、貴方の国とは違いもあるのは当然で自由ですが、外出の際は…」
あっ、支えてくれて、いきなり手を離されたのは。
「ちょ、違いますって。着てますよ。ナイトブラという物でっ、わぁ!」
「落ち着いて下さ…リックス!」
話しを聞こうとしないフェリスさんに、こっちを向いてもらおうと制服の袖を引っぱった時、背中に衝撃が。思わず目をつぶり、衝撃がこなかったので恐る恐る目を開けば。
イケメンを押し倒していた。
「ひぃ! ごめんなさい! 大丈夫ですか?!」
かなりいい勢いで倒れ込んだよね。ああっ、早くどかないと。
「落ち着いて」
ちょっとパニックになりかけていた私の頭を大きな手が撫でてきた。その手は次に隣でお座りしているリックスに。
「お前、わざとやったな」
「ガウッ」
フェリスさんの低い声にリックスはサッと離れると私の近くに来てゆったり尻尾を当ててきた。
「はぁ、わかったよ。怪我はないから今回は叱らない。今回だけだ」
「フッン」
「なんか面白い」
なんだか納得がいかないぞと言っているようなリックスの反抗的な鼻息に笑ってしまった。
「全く面白くない」
「ガウガウ」
種族は違うけど似てる。ああ、安らぐなぁ。
「はぁ、帰りがてら街に行く日を決めようと思っていたんですよ」
「行きたいです」
いつの間にか周囲は真っ暗。でも、不思議と怖くないし寂しくないなと雅は思った。