6.ボディタッチは文化ではなかったようです
「えっと、今日の仕事中にですね…」
まてよ。これ、自惚れた残念な人間と判断される可能性もあるのでは。
「仕事中にどうされました?」
うっ。白状しろみたいな圧をかけないで下さいよ。わかりましたよ。
「治療中、最初はよかったんです。後半、慣れてきて軽症の方を任されると…手を握られたりなんかして。こ、腰とかガッツリじゃないんですが、さらっとですね……」
偶然かと思ったんだよね。起き上がったり、立ち上がったりした時に腿とか。ただ遭遇率といいますか。そこであれっとなり。
「いや、もしかしたら勘違いかもしれません! あ、ボディタッチが普通なのかもしれないとか」
なんせ異世界だし、文化が違うし。
「そんな文化はありません。名前は覚えてますか? いや、体格など特徴は? その口調ですと一人や二人ではないですよね?」
声が低すぎなんですが。
「えっと、顔はあんまり。さっきも話ましたが基準が違うといいますか。悪口とかじゃなくて、私からすれば普通というか特徴がないように見える方々がこの国では見目麗しいという感じなのかなと」
オブラートではなくハッキリ言ってしまえば、お城の中は特徴がない人が多い。別に残念とかではなくて、薄いのだ。勿論自分も。特に美人でもなく、凹凸もない私は、いつも目立たない。
「今後ないように努めます」
「えっと、慣れれば……」
「慣れる必要は全くない」
こ、怖っ。
「すみません。気のいい奴らなんですが、貴方のような方と近くで接する事ができ浮かれているのでしょう。しかし度が過ぎている。ミヤビ様も今度、同じ事がありましたら私の名を出すなりテオドールにその場で助けを求めて下さい」
お触りは、文化ではなくセクハラだと理解しました。
そして、次はないはずですと言い切った顔が悪すぎるんですが。
「嫌な思いをさせてすみませんでした」
いつの間にか近くに立っているフェリスさんに何故か頭を撫でられた。
「……自意識過剰と思われなくてよかったです」
勤務先は女の人ばかりだし、女子校、短大ときているせいか、どうも接し方が分からない。
「あまり男性に慣れなくて。あ、嫌じゃないです。こ、子供みたいと笑われそうですが……安心します」
頭を撫でられていた手が止まったので、嫌じゃないと恥ずかしながら伝えた。
「突然、見たこともない場所に来て、知らない人間に囲まれ落ち着いている貴方を尊敬します。だが、無理はしないで下さい」
「っ」
腕が背中にまわされ緩く抱きしめられた。ゆっくり背中をトントンされて。急に触れられて、緊張で強張っていた身体の力もすぐに抜けてきた。
あったかい。
抱きしめられたといっても、本当に緩くで。私が嫌ならこの腕からすぐに抜け出せるようになんだと気づけば、もう駄目だった。
「い、いまだけ。ごめんなさい」
「いつでも、溜めこむ前に呼んで下さい」
いい大人が、子供みたいに泣いた。
まるで体から嫌なものを流すように。
*〜*〜*
「えっと、すみませんでした」
なんだか謝ってばかりだけど、私が迷惑かけているのは違いない。
「迷惑だとは思っていません。と伝えても気になさりそうなので、それならお礼の言葉のほうが嬉しいです」
「あ、ありがとうございます」
あ、また笑った。なんか、初対面の時よりずっと柔らかいな。
「それで、私からの話なのですが察しているかもしれませんが治癒の力についてです」
「力を抑えたほうがよいと言ってましたよね?」
使いすぎると体調に影響が出るとテオドールさんからは、しつこいくらいに言われた。でも、フェリスさんが言いたい事は違う気がする。
「いいように使われるからです」
切り捨てるような口調に何と言えばいいのか。
「えっと」
「現在、我が国の情勢は安定しています。ただ、有能な治癒能力者は先の戦で人数が減少し少ないのです。また私利私欲の者も残念ながおりますので、目立ちすぎないようにして下さい」
体のいい道具になる可能性がある。すなわち帰れなくなる可能性も出てくるという事か。
「どうして、そんなに優しいんですか?」
国に属しているなら普通に考えて利用する側じゃないのかな。なのに、この目の前にいる人は、逆の事をしている。
「あと、私って既に毛色が異なって目立っていて手遅れな気がします」
特に私の髪や瞳の色だ。淡い色彩にダークな色が一色。目立つなというほうが無理だと思う。
「私は、貴方が自由を奪われていく姿を見たくない。容姿に関しては確かに目を引きますので、何故王宮にいるかの設定も含め明日殿下にお会いして下さい」
グリーンの瞳に私が映っているくらい近づかれ、耳元で囁かれた。
「異世界からの転移者というのが他に知れたら、貴方は記憶を消されるか、または記憶だけではなく存在を消されます」
な、なんで?
「陛下は無駄な犠牲は好まない。しかし混乱を招く危険性があれば、話は別です。貴方がこの数日間で合った人は無口な侍女とテオドールだけですよね? 他者との接触が極端に少ないのは、そのせいです」
危ないじゃない。ソレ、先に私に言うべきじゃないんでしょうか?
「注意すべきはこれからです。貴方の行動範囲が広くなってきたので、何処で誰が聞いているか分からない。無事帰りたいなら極力静かにその日までお過ごし下さいと忠告をしたかったのです」
なんか、緊張するなぁ。
「今日は、邪魔されず話をしたいと屋敷にお連れしましたが街なども治安も悪くないのでお帰りになる前に一度ご案内できればと思っております」
そこで、私は、また疑問が出た。
「顔を隠すのはマナーなんですか?」
帽子に付いている目隠しは、視界が悪くて正直うっとおしい。
「先程、美に対する違いが話にでましたよね? 私と噂になると不快に感じると思うので」
なんだ。
「なら全然問題ないので、街に誘ってもらう日は帽子なしで行きます」
「いや、でも」
フェリスさんは、困った顔をしているけれど譲る気はない。
「きっと嫌な気持ちになられるかも」
「フェリスさんみたいなイケメンと街に行けるなんて恥ずかしいけど、とっても嬉しいです。嫌になんてならないですよ」
フェリスさんは、再び困ったような表情で。なんとも言えない顔をした後。
「えっ、フェリスさん?」
私の肩に軽く寄りかかってきて。
「……ありがとうございます」
絞り出すような彼からのお礼になんか切なくなって。私は、広い背中をトントンするという大胆な行動をした。