2.鯖の味噌煮の日は美味しいけど困るんです
「申し訳なかった」
はい、金髪美青年の父は王様でした。なんと私に頭を下げて謝ってます。
あれから、やはり騎士で正解だった方々と共に豪華な、小さいというが戸建てが入りそうな部屋に連れて行かれまして。いえ、それまでに既に聞き取り調査的な質問を沢山されましてね。
ああ、朝日が眩しい。
電車に乗っていたのが夜7時で飛ばされた時は真夜中だったらしい。
「もう、帰れるならよいですよ。それで細かいお話は後程でも可能でしょうか?」
梅雨の時期、湿度100%超えの調理場で働き主任が休みだったから副の私が会議に参加。
もう限界だ。
「顔色がよくないな。気づかずすまん。ゆっくり休んでからまた話そう」
「ありがとうございます」
意外と気さくなトップで良かった。
「はー疲れた」
背後で扉が閉まったとたん、疲れがどっとくる。あっ、不味い。
「おっと、すみません」
目眩によろめけば、腕を掴まれた。
「顔色が悪い。配慮が足らず申し訳なかった」
顔をゆっくり上げれば、緑の瞳が此方を覗き込むようにしていた。あ、この人さっきの。幾分か柔らかい声だけど金髪美青年に呼びかけた人だ。いや、この人もかなりのイケメンだ。濃い金髪は刈り上げられ、清潔感たっぷり。なにより藍色の制服がカッコいい。
顔がいい人しかいないのだろうか? いやいや、陛下は普通だったし、立って警護をしている方々もガタイは引き締まっていたけど、地味めである。
「あの」
うんうん唸っていたら頭上から再び声がしたと思ったら。
「えっ?!」
「ご案内する部屋までかなり距離があるので。不快かと思いますがこのまま向かいます」
姫抱っこ!
「申し訳ございません。嫌がられて当然だと思いますが、そのご様子ですと直ぐに休まれたほうがよいかと」
人としかも男の人と近すぎる距離でパニックの私に、まるで嫌がって当然という言葉に違和感を感じた。
「えっと、嫌じゃなくて恥ずかしいんです」
あ、まだ疑ってる気が。しょうがないと、ちょっとだけ目線を合わせた…ああっ、やっぱり次元の違うイケメンの直視はキツイ。あてられてぼんやりしている場合じゃなかった。
「あの、仕事で沢山汗をかいてまして」
ああ、それだけじゃないんだ! 私は電車で何故隅の座席を選んだのかを思い出した。
「今日は、献立が鯖の味噌にだったんです!」
「料理をされたのですか?さばとは?」
通じていない。
「青魚の煮たものです。本当は旬の時がとっても美味しいんですけどね。そう、それでキャップ被っているのに髪の毛や皮膚にまで魚の匂いがついちゃうんです」
大量調理だからなのか匂いってすごいんですよ。先輩のロッカーには、タオルとおけが常備されておりデートの日には近くにある奇跡的に残っている銭湯に行ってから彼氏に会う周到さ。いえ、マナーですね!
「ほらっ、腕にまで匂いがついちゃうんですよ。なのに姫抱っこはツライ!」
つい興奮して腕を彼の目の前に付き出せば、身体が揺れた。いや、仰け反ったのかもしれない。
はっ!
私は初対面の人に何を! 腕をひっこめようとしたら、何かが触れた。
「そうですね。石鹸の香りと、微かに魚の匂いもするような」
当たったのは、どうやら彼の鼻だった。
ううっ。イケメンに皮膚の匂いを分析され、いや、言い出したのは私だけど。
「大丈夫ですか?」
黙り込んだ私に覗き込むように顔を見られて。
ふっと笑われた。
「軽食と湯の用意もされていると思いますので、ゆっくりして下さい」
「…はい」
真っ赤になった顔は、部屋に着くまで上げられなかった。