12.やる気のない夜に
「申し訳ないのですが…あの木の根本まで運んでもらえますか?」
治癒されたほうも負担はかかっていると教わった。だけど、身体が重たくて動かない。
『本気なの?』
「こういう事態も想定して、転移場所をあそこにしたんですよね?」
『まいったなぁ』
ミルフィー君は、やっぱり上に立つ人なんだなと思う。できるだけ予測するというのって実際は難しい。
「マント…外せばマシかな」
血で汚れたままはちょとなぁ。
「抱き上げます。降ろしたら解く」
震える指先で紐を解こうとしたら、握られて抱きあげられた。とても丁寧な慎重過ぎる扱いにてれるなぁ。
「ガウッ」
「リックス、ありがとう。ふふっ…汚れちゃうよ」
背中を木で支えなんとか半身を起こした状態になった膝の上にリックスが私のトートバッグを置いてくれた。身体をスルリとこすりつけてきて、尾をゆらりと揺らした。綺麗な銀色が汚れるよ。
「来なければよかった」
「フェリス…さん?」
大きな少し乾いた手は、私の頬を撫でていく。
「喚ばれなければ、貴方は…こんな目に合わずに済んだ」
緩くでもしっかりと抱きしめられた。
「私は、来てよかったですよ」
ああ、残念。イケメンを抱きしめ返すチャンスなのに。腕が動かない。
「皆さんに…フェリスさんに会えて良かった。腕、してくれたんですね」
「ミヤビ、もう話すな」
街に連れて行ってもらったとき、色とりどりの紐を売るお店があって、そこで伸縮性のある物をみつけて編んだ。それだけだと寂しいから最近買ったネックレスのチャームをつけた。モチーフは錨だ。
「短冊…もし、通りかかる事があれぱ」
見て欲しいなと言おうとしたけど、私の周りの景色が変わる。
「ミヤビ!」
「さよう…なら」
私は、抵抗せず今度こそ目を閉じた。
*〜*〜*
「そういえば、今日で二年か。我ながらよく生きのびたな」
あの不思議な体験から随分経過した。また、私の周囲は気持ちが追いつかないほどに変化していた。
「夜って誰もいないとこっちでも静かだね」
ガランとした部屋でお線香の香りだけが強く感じる。仏壇の前には、一ヶ月前に交通事故で逝ってしまった両親の遺影。
「一人だと一軒家って広いよ」
兄は、葬式を出したあと奥さんと子供二人で海外で暮らしている。妹は、育児に奮闘中。
「元気かな?」
真新しい畳の上に転がり首にかけていたネックレスを触る。
仕事以外は面倒くさくて。両親がいなくなってから更にズボラになってしまった気がする。梅雨の季節もあり庭の花壇は草が好き勝手に伸びているし、親の荷物の整理も終わっていない。
「…会いたいな。なーんて…え?」
石を触っていたら、熱い。
「これ、紫色じゃなかった?」
ミルフィー君がくれた石は、青と紫。でも戻ってきた時には、青は砕けて紫の石だけだった。もっとよく見ようと思わず起き上がれば。
「白くなって、光ってる」
周囲の景色がゆがみ落下する感覚の後に止まった。ひんやりした感覚に閉じていた目を恐る恐る開けば。
「…ミヤビ?」
目を見開いたフェリスさんがいた。