第82話 乗合馬車
前回のあらすじ
兄ポールに会う為に王都へ旅立ったリック。
王都の手前で一休みして、いよいよ王都へ入る。
ロイレア王国の王都は長大な城壁に囲まれた城塞都市で、町を守る外城壁、中心部の王城を守る内城壁の二重構造となっている。
外城壁の門は、夜間閉ざされているが、夜明けの鐘の鳴り始めから夕暮れの鐘が鳴り終わるまでの間、すなわち昼間は開かれている。
門番の兵士はいるものの、ただいるだけで、この手の場所にありがちな許可証とか通行税とか一切必要ない。
つまり誰でも自由に出入りできる門なのだ
世の中には犯罪者もいるのだから、通行人の身元くらい確認しても良いのにと思ったが、実際通ってみると、そんな事は無理だと実感した。
とにかく人が多い。
王都の近郊には衛星都市が存在している影響も大きいのだろう。
城門は王都に入る人と出る人でごった返している。
日本で例えれば、大晦日上野アメ横の人混みの中を御徒町から上野まで通り抜けたような気分。
長閑なウォーカー男爵領ではありえない混雑ぶりだ。
「城門は通れたがこの先も長そうだな」
俺は遠くに見える内城壁を見てげんなりする。
ウォーカー男爵家は王都の内城壁の近くに別宅を構えている。
そこにポール兄さんがいるはずなので俺達はまずそこへ向かう事に決めていた。
だが、遠い。
城門の混雑で俺は疲れ果てていた。
前世では、高崎線電車の通勤ラッシュに毎日鍛えられ、アメ横の激戦地も何度となく潜り抜けてきたので、人混みには強かったはずなのだが、15年の歳月はその耐性を著しく低下させてしまっていた。
「ご主人様、馬車に乗ったらどうかしら」
そんな俺の様子を見てノーマが提案してくる。
「馬車?」
「そうよ。王都の決められた道を走る乗合馬車があるの。それに乗れば歩かないで別宅の近くまで行けるわ」
ノーマの説明によると数台の馬車が決められたルートを巡回しているそうだ。
路線バスのような存在なのだろうか。
「第3系統………あった!ここよ。この乗降場から馬車に乗るの」
ノーマが指し示す先には立札が立てられ『第3系統乗合馬車乗降場』と書かれている。
まるでバス停だ。
既に数名が列を作って馬車が来るのを待っている。
「あの人たちはどこかの貴族の家の使用人ね。第3系統の馬車は貴族の使用人がよく使うの」
ノーマが囁く。
言われてみれば、庶民にしては身なりも良いし品も高そうだが、貴族という感じではない。
なるほど、貴族なら自前の馬車に乗るのかもしれないが、使用人はそうはいかない。
使用人達の足として活躍している馬車なのだろう。
そんな事を考えていると馬車がやって来る。
馬一頭立てで、大きな木製車輪を4つ着けた荷車に幌が掛けられている。
バス停のような立札の前で馬車が停まると、並んでいた人々は次々と乗り込んでいく。
「はい。二人分」
ノーマが御者に銅貨を渡す。
馬車の運賃。前払い制らしい。
俺も乗り込む。
外から見ると大きく見える馬車だが、幌で覆われているせいか、中は薄暗く圧迫感がある。
ベンチの様な横長の椅子が左右両側に置かれており、俺は背負子を降ろすと空いている席に座る。
クッションなんて気の利いたものはなく硬い上、尻を全部乗せられない程座面が狭い。
俺が日頃乗っている馬車がいかに豪華であるかを思い知る。
ヒヒーン
馬のいななきが聞こえると馬車は動き出す。
馬一頭では引くのも大変だと思うのだが、馬車は思ったよりも速く町の中を進む。
王都の大通りは石畳が敷き詰められて走りやすくなっているからであろう。
乗り心地は決して良いとは言えないが、疲れた足を動かすよりも格段に楽である。
ただ、暇だ。
幌で覆われている馬車には窓という気の利いた物はなく、外の景色は出入り口の隙間からしか見る事は出来ない。
居眠りする気分でもないし、手頃な文庫本も持っていない。
手持ち無沙汰になる俺。
そんな状態だから他人の会話をつい聞いてしまうのは、当然の成り行きだった。
「ご主人様の我がままには困ったもので………」
「お宅もですか。どこも同じですね………」
乗客達が自身の主人の愚痴をこぼしている。
馬車が揺れる音で細かい所までは聞こえないが、相当不満を抱えているようだ。
本人が聞いたら激怒しそうな言葉まで発している。
主人の悪口大会開催だ。
俺も陰ではこんな風に悪口を言われているのだろうか。
「…………」
こんな時、エセルならすかさず優しい言葉を掛けてくれるのだが、ノーマはボーっと座っている。
会話を聞いていないだけかもしれないが。
「皆さんはまだ良いではないですか」
悪口大会に新たな乗客が参戦する。
ふくよかな体型の中年女性だ。
「当家の御曹司はもう大変です」
放蕩息子らしい。
「以前は聡明で真面目な御方だったのに」
中年女性はとても嘆いている。
「もしかして、貴家のご子息も例の集会に加わっているのですか」
今度は、頭頂が少し寂しい中年男性が会話に加わる。
「そうです」
中年女性の使用人は頷いている。
「我が主人のお嬢様もですよ」
「お宅も!うちもそうです」
「何だか最近、あちこちの貴族の子弟が例の集会に集まっているらしいですよ」
馬車に乗っている乗客達が次々と会話に加わっていく。
大盛り上がりである。
それにしても例の集会って何だろう。
気になるキーワードだ。
「ウォーカー男爵の屋敷で何をしているのでしょうね」
乗客の一人の言葉が俺の耳に届く。
ウォーカーって俺の家の姓だよな。
ウォーカー男爵ってポール兄さんの事だよな。
その屋敷ってきっと王都にある別宅の事だよな。
なんだってー!?
俺は驚く。
驚きのあまり声すら出ない
何が起きている?
いったい俺の家で何が起きている!?
俺は乗客達に詳しい事を聞こうとする。
ムニュムニュ
声を出すよりも先、俺は股間に奇妙な感触を覚える。
全身が脱力する。
また声が出ない。
ノーマだ。
なんと、彼女は俺のズボンの中に手を入れ、アレを握っている。
絶妙な強弱。
ゾクッとするような快感が全身を駆け巡る。
乗客達は会話に夢中でこの痴女行為に全く気付いていない。
公共の場で何をしているんだ。
気持ち良いのは好きだが、時と場所はわきまえて欲しい。
ところが当のノーマは、今している行為とかけ離れた顔をしている。
とても真面目な顔をしているのだ。
俺とノーマの目が合う。
すると彼女は小さく首を左右に振る。
握られて力が抜けたおかげか、俺は冷静に戻っていた。
だから、その意味を理解する。
『何も言うな』
よくよく考えれば、俺は渦中の関係者だ。
ここで会話に加われば身元がバレて大騒ぎになってしまう恐れがある。
自分の家だし、これから向かうつもりだったのだ。直接別宅を訪れて確認すれば済む話だ。
未遂とはいえ軽率だった。
俺は反省する。
気が付くとノーマはお行儀よく両手を自身の膝に置いている。
もちろん、股間の奇妙な感触も消えている。
俺もノーマに倣い両手を膝の上に置いて座る。
別の止め方もあるのでは…………
揺れる馬車の中、俺はそんな事を思ったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
次回の更新ですが、5月6日(木)または7日(金)になる見込みです。
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