第81話 人選
前回のあらすじ
兄ポールに直接話をする為、王都へ行く事を決めたリック。
しかし『超人』の力の都合上、同行者は一人しか選べない。
誰にするべきかリックは悩んだのであった。
夜が来た。
空は曇り、雲の隙間から月が見え隠れするものの、外は暗くなっている。
この天気、俺にとっては都合が良い。
暗闇に乗じて出発すれば、俺がいなくなった事に気が付かれない。
これから王都へ向かうが、俺が不在になる事は、パイル男爵はもとより屋敷の使用人達にも秘密にする。
敵を欺くにはまず味方から
やり過ぎかもしれないが、パイル男爵は権謀術数の渦巻く王宮で鍛えられてきた法衣貴族。
生半可な策では見破られる。
奴を甘く見てはいけない。
打てる手は全て打った方が良いのだ。
「それでは行ってくる」
俺は背負子君2号を担ぐ。
木製の背負子。耐久力と快適性を上げたとエセルが言っていたが、パーツの接続部は金属で補強され、座面と背面には薄いクッションが張られている。
これなら多少無茶をしても壊れる事が無いだろうし、同行者の疲労も少しは減らせるだろう。
「若様。留守はこのマーカスにお任せください」
彼の剣の腕前はこれまでで実証済みだ。
パイル男爵の手下どもが手荒な真似をした時、彼なら使用人達を守れるはずだ。
「皆を頼む」
「かしこまりましたぞ」
マーカスは深々と頭を下げる。
「リック様。こちらお弁当とお茶です」
エセルが俺に水筒と弁当が入った包みを渡してくれる。
「ありがとう」
俺は腰に包みと水筒を吊るす。
「どうかご無事で」
エセルは平然を装っているが、心配で堪らない気持ちがひしひしと伝わる。
いつも俺を支えてくれる彼女を連れて行きたい気持ちは強いが、俺の不在を隠し通す為にはエセルの力がどうしても必要になる。
申し訳ないが、留守を任せる事になった。
「主さん。教会への紹介状を書いておいたよ」
シェリーが俺に一通の手紙を渡してくれる。
俺はそれを懐に入れる。
「すまないな」
「これくらいお安い御用だよ。うちが王都にいた時に良くして下さった方だから、何かあったら訪ねて」
博識であり、王都の教会にも知り合いがいる彼女は、同行者の最有力であった。
王都では様々な場面で活躍してくれるはず。
そんな彼女を留守番させるのは、パイル男爵への牽制の為である。
ノーマが盛った下剤が期待通りであればパイル男爵の行動は大きく制限される。
だが、手下どもは何事も無く動ける。パイル男爵が何かしらの命令を出す事は考えられる。
その時、教会の修道女という肩書は強い。
柄が悪そうに見えるが、その辺のゴロツキに比べれば頭は良いだろう。
修道女に手を出せば何が起きるのか分かっていると思う。
手下どもが変な動きをした時は止めさせることが出来るし、パイル男爵も下手な命令は慎むはずだ。
「ノーマさん。リック様をお願いします」
「あたしに任せれば心配ないわ」
堂々とした口調で応えるノーマ。
地味な外見とは対照的に自信家らしい。
ただ、俺の位置からは見えないが、背負子に座ったまま自信満々に語られても説得力に欠けると思うのだが。
ノーマを同行者として選んだのは消去法だ。
エセル、シェリー、マーカスはそれぞれ理由があって屋敷に残さざるを得ない。
後ろ向きな理由であるが、伊達や酔狂で選んだわけではない。
そもそも、足手まといになるくらいなら俺一人で行く選択肢だってある。
普段は口数も少ないし、エセルやシェリーの陰に隠れがちなノーマだが、仕事ぶりは優秀だ。
王都ではきっとノーマらしいサポートをしてくれるのではないかと期待している。
「ノーマ、準備は良いか」
「大丈夫よ」
俺は『超人』の力を発動させる。
体中に力が漲る。
人生7回目の発動だ。
そう思うと、すでに1週間分の命を消費しているのか。
俺の寿命は何年あるのか分からないが、結構使っている。
しかし、そんな事を気にしても仕方がない。
今大事なのは限られた時間を有効に使う事だ。
形勢不利な状況を逆転する為にはカードを出し惜しみできない。
エセルが部屋の窓を開け周囲を見渡す。
「誰もいません」
彼女のその言葉を合図に俺は窓へ向かって駆け出す。
「どうかお気をつけて」
窓から外へ向かって大きく跳躍。ここは屋敷の二階だが『超人』の力を発動している俺には関係ない。
エセル、シェリー、マーカスに見送られて、俺とノーマは王都へ向けて旅立つ。
「………話には聞いていたけど凄い速さね。まるで暴風の中を飛んでいる凧みたい」
「あまり喋らない方が良い。舌を噛むぞ」
全速力で夜道を走る俺。
どれくらい速さか分からないが、神様からこの力を授かった時に新幹線より早く走れると説明されている。
つまり、今の俺は時速300km以上の速さで走っていると思われる。
俺や背負子が風除けになっているものの、ノーマに掛かる風圧は相当だろう。
「苦しくなったら声を掛けろよ。前向きに善処する」
「この程度なら心配しなくていいわ」
強がるノーマ。
俺にとっては助かる発言だ。すまないけど、彼女の強がりに甘えさせてもらう。
早馬と比べ物にならないくらい速い『超人』の力だが欠点がある。
それは効果の持続時間だ。
過去6回使っているが、長さは区区の気がする。
つまり、いつ効果が終わるのか分からない。
山奥の険しい谷間のどん底で効果が終わる危険も有り得る。
少しでも速く、少しでも遠く、少しでも安全な場所へ到着する為、1分1秒が惜しいのだ。
俺は全速力で跳躍し谷を越える。
暗闇の中、僅かな月明りを頼りにしているので少し怖かったが、無事に向こう側へ着地する。
普通に進めば谷底まで下ってから上るので丸一日費やすが、そこを一瞬で通り過ぎた意義は大きい。
王都へ向けて順調に進んでいく。
『超人』の力の効果が終わったのは、王都の手前だった。
「王都まで効果は持たなかったか」
「ここまで行ければ十分よ」
青ざめた顔をしているノーマが言う。
よく頑張ったな。
ノーマの説明によると、ここから王都までは歩いてすぐ、小一時間程度で到着するらしい。
「まだ門が閉まっているわ」
王都の周囲には城壁が張り巡らされていて、朝になるまで王都に入る事が出来ない。
「なあノーマ。城門って鶏の鳴き声が聞こえたら開かないか」
「開かないわよ。夜明けの鐘が鳴ったら門が開く決まりよ」
どうやら鶏鳴狗盗と同じ技は通用しないらしい。
考えてみれば、孟嘗君がこの手を使ったのは追手から逃げている時なので、俺とは状況が違っている。仕方がない。
「もう少しで鐘が鳴るから休憩したら」
ノーマが言う通り、空が白んでいる。
「そうするか」
夜通し走って疲れたし腹も減った。
「これは豪勢だな」
包みを開けるとステーキ肉を挟んだサンドイッチが現れる。
付け合わせにピクルスも付いている。
俺とノーマは適当な場所に座ると、エセルが用意してくれた弁当を食べたのであった。
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