第78話 招かざる客
前回のあらすじ
リック達は試行錯誤の末、瓶詰めジャムを完成させ、今後の産業化に向けて夢を抱く。
その一方で何かが迫ってきているようで……
「ご主人様!大変よ!」
ノーマが血相を変えてやって来る。
その様子から見て只ならぬ事が起きたと察する。
「パイル男爵が来たの!」
「それは、あのパイル男爵か」
「そうよ。あたしの前の雇い主」
ノーマをスパイとして送り込み、隙あらばウォーカー男爵家を混乱させようと目論んでいた貴族である。
シェリーの策略に嵌って失脚したと聞いていたのだが。
なぜ、そのような人物がやって来たのだろうか。
「それでパイル男爵はどこにいるんだ」
「そこのエントランスよ」
日本語に訳すと表玄関。
ノーマが指差す方向には、この屋敷のエントランスがある。
「何だとっ!?」
俺は驚く。
パイル男爵はウォーカー男爵家にとって招かざる客。
領内に足を踏み入れれば、即刻追い返されても文句は言えない。
それ程の事を彼はやっている。
そんな人物が堂々と屋敷の門を通ったのだ。
「門番は何をしていたんだ」
俺は憤慨する。
怠慢だ。
「気持ちは分かるけど、門番を責めない方が良いわよ」
ノーマが門番を庇う。
その様子から何やら特別な事情があるようだ。
「とりあえず行ってみよう」
俺はパイル男爵がいるエントランスへ向かった。
ウォーカー男爵家のエントランスは、何十人も入れるほど広い。
ソファーが置かれ、絵画などの芸術品が飾られ、まるで高級ホテルのロビーである。
そこには、仕立てのよい服を着た男性と剣を帯びた戦士風の男どもの一団。
エセル、執事長、メイド長など、屋敷の使用人達の一団。
双方が睨み合っている。
「何事だ」
俺は仕立てのよい服を着た男性の目の前へ行く。
戦士風の男どもが動き出そうとするが、仕立てのよい服を着た男性が手で制す。
長身だが、痩せ細っていて不健康そうな体つき。
神経質そうな顔。
おそらく彼がパイル男爵なのだろう。
俺はポール兄さんの結婚式の時に会っているらしいが、全然思い出せない。
「これはリック様。お久しぶりでございます」
恭しくお辞儀をするパイル男爵。
所作も言葉使いも丁寧。
王宮で法衣貴族を務めていた実績は伊達ではない。
だが、彼の態度は鼻につく。何となく馬鹿にされている様な感じがする。
慇懃無礼という四文字熟語がピッタリな態度だ。
「パイル男爵もお久しぶりです。王都でのご活躍を聞いて、如何お過ごしかと心配しておりました」
俺も出来る限り丁寧に挨拶してやる。
言葉の中に若干の刺を含んでいるが。
「ご心配頂き、感謝申し上げます」
口調は平静を装っているが、顔は引きつっている。
同じ法衣貴族でも、終始無表情のマイエット子爵よりも小者そうだ。
「それで、当屋敷に何の用ですか」
駆け引きするのも面倒なので、単刀直入に要件を聞く。
するとパイル男爵は薄ら笑いを浮かべながら話し始める。
気色悪い。
「実は、新しいウォーカー男爵より、領地並びに屋敷の統治するように頼まれまして赴任いたしました」
「それで」
内心はとても驚いているのだが、そうするとパイル男爵の思う壺なので、俺は精一杯の平静を装う。
パイル男爵は、そんな俺の態度を見て、一瞬怪訝な表情をするが、すぐに気色悪い薄ら笑いに戻る。
「その様子ですと信じていらっしゃいませんね。これが証拠でございます」
そう言ってパイル男爵は一通の書状を開く。
書状にはポール兄さんの署名と共に、空を飛ぶ鶴が描かれた円形の紋章が印として押されている。
20世紀末日本、上野駅と青森駅との間を『はくつる』号という寝台特急が走っていたが、その列車の機関車に掲げられたヘッドマークとそっくりなデザインの紋章。
これこそがウォーカー男爵家の紋章だ。
転生して初めてこの紋章を見た時は「どうして『はくつる』が?」と驚いた。
変なところで異世界と日本が繋がっているものである。
「紋章印も署名も調べましたが、本物です」
エセルが悔しそうに教えてくれる。
執事長やメイド長も唇を噛んで下を向く。
つまり、この書状はウォーカー男爵家当主ポール・ウォーカーが発行した公式文章。当主の命令そのものである事を意味している。
そして残念なことに、書状には『パイル男爵を当主代行に指名し、ウォーカー男爵領と屋敷の統治を委任する』旨の文章が書かれている。
なるほど。それで門番は成す術なくパイル男爵をここまで入れてしまったのか。
使用人からすれば当主の命令は絶対だからな。
「ご自身の立場を理解して頂けましたか」
俺達の様子を見てパイル男爵は勝ち誇った顔をする。
「これからは小生が当主代理を務めさせて頂きます。リック様はこれまでのお疲れが溜まっていらっしゃることでしょう。ご自身のお部屋でゆっくり静養なさってください」
自室で静養と言えば聞こえが良いが、正しくは軟禁である。
事実、パイル男爵の後ろに控えている戦士風の男どもが剣を抜き、俺を取り囲む。
その数10人。
「やめなさい」
エセルが戦士風の男どもを叱責するが、奴らはニタニタ笑っている。
「エセル、下がってくれ」
俺は彼女の両肩を掴み、執事長に預ける。
貴族の一員である俺は危害を加えられることはそうそうないと思うが、一メイドであるエセルは違う。何かされる危険がある。
彼女の気持ちはありがたいが、ここは身の安全に徹して欲しい。
「分かった。お言葉に甘えて休ませてもらおう」
仕方がない。
なぜ兄さんがそんな真似をするのか理解できないが、知る術がない。
ここはパイル男爵に従うしかなさそうだ。
覚えておけ。
「お部屋までご案内させます」
「ふんっ。自分の部屋くらい、自分で行ける」
だいたい初めて屋敷に来たのに俺の部屋が分かるのか。
ところがパイル男爵は俺の想像の斜め上の発言をする。
「勘違いなさっておりませんか。リック様の新しいお部屋は小生が用意させて頂きます」
嗜虐心で満ちているパイル男爵の目。
まさか俺を牢屋へ入れるつもりか。
「いかれているな」
俺は侮蔑の眼差しをパイル男爵に向ける。
しかし、彼は気にもせず、気色悪い薄ら笑いを浮かべ続けたのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
作中に出て来た『はくつる』ですが、興味ない方は気にしないで下さい。
気にしないで読んでも今後の展開に大きな影響はありません。
次回もよろしくお願いします。




