第74話 新しい 魅力
前回のあらすじ
リックはウォーカー男爵領に新しい産業をつくる為、商人アーノルドと手を組んだ。
アーノルドとの話し合いは長時間に及んだ。
一筋縄ではいかない相手だが、それなりの成果は得られたと思う。
「リック様、お疲れ様でした」
執務室に戻ると、エセルが紅茶を入れてくれる。
「ターミガン商会との交渉が上手くいって良かったね」
シェリーが笑顔で労ってくれる。
随時、エセルがお茶を出しに来ていたので、話し合いの場の雰囲気は聞いていたのだろう。
「始めの一歩が上手くいっただけだ」
謙遜ではなく事実だ。
今回は俺の提案にアーノルドが関心を示してくれただけに過ぎない。
本当の勝負はこれからになる。
「これから王都の商会と手を組んで何をするの」
ノーマが質問する。
彼女だけではない、エセルもシェリーも興味津々に俺を見る。
そういえばまだ何をするのか話していなかった。
「ウォーカー男爵領の魅力って何だと思うか」
答えを言う前に彼女達に質問してみる。
「果物が美味しいです」
「水がきれいかな」
「茸かしら」
エセル、シェリー、ノーマ、三人それぞれ違う答えを出すが、概ね俺が予想した回答である。
内陸の高地に位置するウォーカー男爵領は降水量も多く、湧き水も各所にあって、水が豊富だ。
シェリーが言うには、王都は大きな川はあるものの水は汚れていて、ろ過して煮沸しても臭いが残るので、ウォーカー男爵領に来た時、水の美味しさに感動したそうだ。
また、領内は盆地で平地よりも山地が多いためか、野生の茸がたくさん生えている。
毒茸も多いが、領民達の貴重な栄養源として重宝されている。
ちなみに一度だけだが、俺は領内の山で松茸を発見した事があった。
火で炙って食べたが、とても美味しかった。
そして果物。
ウォーカー男爵領では桃、葡萄、苺、林檎、梨といった多種多様な果物が作られている。
昔は領民達が自分達で食べる程度しか作っていなかったが、俺の祖父に当たる先々代の当主が食糧確保の為に奨励したのだそうだ。
それから年々彼らの努力によって収穫量が増え、品質が向上、そこに領内の人口が増加して果物の消費が増えたので、果物の生産はより盛んになっている。
「今、皆が言った物を売り出そうと考えている」
水も茸も果物も他の地域にはないウォーカー男爵領の魅力である。
新しい産業というと、0から始めるイメージが強いが、地域の魅力を活用して、新しい魅力を生み出す事が成功の秘訣だと思う。
「ねぇ主さん。水を差すようで悪いけど、水も茸も果物も王都では売れないよ」
恐る恐るといった様子ながらもハッキリと指摘するシェリー。
「それは輸送の問題か」
「そうだよ」
シェリーの言う事は正しい。
ウォーカー男爵領はロイレア王国の王都セラントから遠く離れている。
早馬で昼夜問わず駆ければ2日~3日で着くが、馬車で隊列を組んで進むとなると天候に恵まれても6日~7日は掛かる。
林檎や梨は日持ちがするが、桃、葡萄、苺は収穫してから常温で3日程度しか日持ちしない。茸も同様だ。
つまり、ウォーカー男爵領から出荷しても王都へ着く頃には腐ってしまうのだ。
21世紀の日本であれば、冷蔵技術が発達しているし、トラックや鉄道や飛行機等の物流インフラが整っているので、東京のお店に約1200kmも離れた熊本産のイチゴが売られているが、この世界では冷蔵技術は何も出来上がっていないし、陸上の輸送は馬車、それも大半が舗装されていない凸凹な悪路を使う以外に選択肢がない。
物流の問題は単純に見えて、深刻な問題なのだ。
日本人だった頃は通販を頼むと『送料無料』という謳い文句を鵜呑みにして、物流は当たり前の存在と勘違いしていたが、あれは送料は掛かるけど販売元が負担しますという意味だった。
いざ転生して物流の問題に直面すると、日本の物流がいかに優れていたのか、そして俺が物流に無頓着であったと痛感する。
日本の運送会社の皆さん、ありがとう!前世では大変お世話になりました。
「リック様?」
エセルに声を掛けられて我に返る。
いけない。前世の事を思い出して自分の世界に入ってしまっていた。
「すまない。少し考え込んでしまった」
俺は謝る。本題に戻ろう。
「輸送の問題は俺も分かっている。それで素材を加工しようと思っている」
「加工するというと果物をジャムにするのかな」
「御名答!」
シェリーは鋭い。
前世では、パンのお供に欠かせなかったジャム。地球では紀元前から存在が確認されていて、人類最古の保存食とも言われている。
転生先であるロイレア王国でもジャムは存在している。
屋敷の朝食でもシェフ特製のジャムが出て来る
「だけど、ジャムは高くてあたしの給料だと手が出ないわね」
ノーマよ。その言い方だと俺が安月給しか出していないような言い方ではないか。
エセルやシェリーよりも額は低いが、相場よりは高い方なのだぞ。
「ジャムは高級品ですからね」
エセルが言う通り、ジャムは高級品である。
ジャムは、果実に砂糖を加えて加熱濃縮した食品。腐敗を防ぐ為、砂糖を大量に使用するが、その砂糖が高級品なのだ。
砂糖はサトウキビを原料に作られるが、サトウキビは熱帯の地域でしか育たない為、どうしても輸送の手間が掛かるし供給量が限られてしまう。
だから、ジャムは高級食材の扱いになっている。
日本だと高級料亭でA5ランクの和牛やトラフグの白子を食べるような感覚だ。
憧れはあるが敷居は高い
「ジャムは貴族や金持ちを相手に売るのかな」
シェリーが言うように、貴族や金持ちといったセレブを対象にするのが順当だろう。
しかし、彼らはジャムを何回も食べた事があるだろうし、お気に入りのジャムもあるはずだ。
食というのは不思議なもので、美味しい物より食べ慣れた物の方が選ばれる傾向が強い。
それに貴族や金持ちの人口はそんなに多くない。最初から彼らだけを対象にすると少ないパイの奪いになるので厳しいだろう。
「俺は普通の人が少しだけ奮発したいと思った時に手に入れられる価格帯を考えている」
特別な時にデパ地下でプチ贅沢をするような感覚の価格帯でジャムを売り出したい。
「そんなに安いジャム、作れるのかな」
シェリーは半信半疑といった様子だ。
普通の反応だと思う。
「大丈夫だ。ジャムについてはほぼ解決している」
「さすがリック様です」
エセルは目を輝かせて俺を見ている。
俺には水や果物や茸の他にも強い味方がいる。
それはシェフだ。
ウォーカー男爵家お抱えのシェフは、王族の屋敷の厨房で長年修行をしてきたという経歴の料理人である。
ジャムについて相談したら、あっという間に解決してくれた。
「百聞は一見に如かずだ。厨房へ行って試食してみよう」
こうして、俺達は厨房へ向かったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
3月に入って温かくなりましたね。
作者はついに花粉症になったらしく、目や鼻がムズムズしている日々を過ごしています。
なめてると いざという時 痛い目に
花粉症には無縁な皆様も万全の対策をされた方が良いのかもしれません。
次回もよろしくお願いします。




