第72話 葬儀
「神よ。ピーター・ウォーカーの御霊を天の国へと導きたまえ」
ドズーター神父とシェリーが祈りを捧げる。
ピーター父さんが死んでから2日経った。
俺は今、葬式に参列している。
参列者は家族、使用人、領民が中心だ。
王都であれば、他の貴族達も参列するかもしれないが、ここは田舎。
早馬は出したが、まだ王都へ向かっている最中。
父さんが死んだ事すら知らない貴族がほとんどだろう。
「品がない風変わりな男ではあったが、愉快な男であった」
そう言って祈りを捧げるのはマイエット子爵。
王都に住んでいる子爵は物理的に葬式に間に合わせるのは難しいはずだが。
どうやって来たのだろうか。
「可愛い娘の義父の葬式に出るのは貴族として父として当たり前のことであろう」
俺が尋ねてみたら、無表情で淡々とした口調でそう返って来た。
俺の疑問と論点がずれているが、それ以上深くは聞かなかった。
いずれにせよ、遠路駆けつけてくれた子爵は、見た目が冷たくても心は温かい人なのだろう。
さすが、オリーヴ義姉さんの父親だ。
そういう事にしておこう。
「それでは皆さん、最後のお別れを済ませてください」
祈りを捧げ終えたドズーター神父が参列者に声を掛ける。
これから埋葬されるのだ。
火葬をしている地域もあるらしいが、ウォーカー男爵領では土葬される。
「リック様、こちらを」
エセル、ノーマ、他数名のメイドがやって来る。彼女達は両手でたくさんの花を抱えている。
「いったい何を考えているのかい」
ポール兄さんが訝しげな顔をする。
「これを皆で父さんに捧げるんだ」
お別れ花などと呼ばれていて、故人が眠る棺に一人一輪ずつ花を供える儀式。
故人が迷わずに天国へ行けるようにするという意味合いがあったらしいが、俺が前世で死んだ頃には、送り出す側が個人への想いや気持ちを込めて供えるという意味合いが強くなっていた。
日本では葬儀の際、当たり前のように行われているが、転生してからは見た事がない。
教会で多くの葬儀に携わってきたシェリーにも聞いてみたが、花を供える儀式は見た事無いそうだ。
せいぜい故人が愛用していた品を入れる程度だそうだ。
世界によって文化が違うという事なのだろう。
「まずは兄さん。父さんへの感謝の気持ちを込めて渡すんだ」
俺は白い花を一輪、喪主である兄さんに渡す。
兄さん戸惑った様子を見せるが「ありがとう」と言いながら父さんの顔の隣に花を添える。
こうして一人一人花を一輪ずつ供えていく。
そして最後に俺が花を添える。
棺の中は花で一杯になる。
花畑の中で顔を出して眠る父さん。
「こんな時に言うのは不謹慎かもしれないけど素敵だね。僕も死んだら同じようにして貰おうかな」
ポール兄さんがそんな事を言ったので「兄さんはまだ早いよ」と返す。
「皆様、お別れは済まされましたか」
シェリーが周囲を見渡しながら尋ねる。
普段と違い、口調も振る舞いも厳かである。
まるで別人だ。
神様はいないとか問題発言する事もある彼女だが、立派な修道女なのだと実感する。
「済まれたようですね。それでは……」
シェリーが神父に目で合図を送ると、二人は祈りを捧げ、棺の蓋を閉じる。
ポール兄さんや俺、マーカスや老執事といった家族や父さんに近かった人達が棺を担ぎ、他の参列者達も俺達に続いて墓地まで向かう。
日本の野辺送りにとても似ている。
そして墓地に到着。
すでに墓穴は用意されており、そこに棺を入れて土を掛けていく。
本当にお別れなんだな。
少しずつ土に埋まっていく棺を見て、なんとも言えない気持ちになる。
そして、棺は完全に埋められた。
そこに見えるのはピーター・ウォーカーの名前が刻まれた墓標のみ。
全員が父さんの冥福の祈りを捧げる。
こうして父さんの葬式は終わった
のだが………………
10日後
「リック様、おはようございます」
エセルが起こしに来る。
「もう少し寝かせてくれ」
そう言って俺はエセルに背を向ける。
「しかたないですね」
諦め交じりのエセルの声。
再び眠りの世界へ戻れると安堵した直後だった。
「ひっ!?」
全身に寒気が走る。
首筋に水で濡らしたタオルが当てられている。
「おはようございます」
勝ち誇った顔をしているエセル。
「もう少し優しく起こせないのか」
一応、主人だぞ。
無礼をしたお仕置きと称して、あ~んな事やこ~んな事をされても文句を言えない立場なんだぞ。
いけない!
疲労と寝不足で思考がおかしくなっている。
「いかなる手段を講じてもリック様を起こすようにメイド長から指示を受けております」
胸を張って弁明するエセル。
以前よりも膨らみが大きくなったな。
ボーっとした頭でそんな事を感じる。
最近、エセルと一緒に夜を過ごしていない。
「それで、今日は何があるんだ」
「はい。今日は朝の鐘に導きの儀式、夕暮れの鐘に清めの儀式です」
エセルの回答を聞いて俺は大きなため息をつく。
「2つもあるのか?」
「2つしか……ですよ。明日は、4つあります」
笑顔で答えるエセル。
だが、よく見ると彼女の表情は半ば自棄気味になっている。
ピーター父さんの葬式は終わったが、その後に儀式がたくさんあった。
日本の四十九日に相当する忌明けの儀式を迎えるまでに108の儀式があるのだ。
除夜の鐘の数と同じなので、何らかの因果関係がありそうなのは興味深いが、多過ぎる儀式の数に俺は辟易していた。
その上、儀式の一つ一つの時間が長過ぎる。
昨日なんかは日が暮れて真っ暗な中、かがり火を焚きながら延々と儀式を行っていた。
「リック様がお疲れなのは分かりますが、どうかお願いします」
笑顔から一転、エセルが懇願する目を向ける。
よく見ると目元に隈が出来ている。
儀式の準備で使用人達も大忙しだからな。あまり休めていないのだろう。
「儀式が滞ると、後が大変になってしまいます」
「………………分かった。頑張るよ」
俺は気力を振り絞って鉛のように重たい手足を動かした。
こうして俺達は連日、数多くの儀式を済ませていった。
俺も大変だったが、喪主であったポール兄さんの苦労はそれ以上だったと思う。
「うちは二度とやりたくないよ」
ドズーター神父の補佐役として儀式に携わったシェリーはやつれていた。
責任者として全ての儀式を執り行ったドズーター神父はもっと大変だったかもしれない。
だが、彼はその見返りに大量のお布施を貰っているから同情しない。
忌明けの儀式を終えた時には「やっと終わった」という妙な安心感しか残らなかった。
歴史と伝統を重んじる貴族とはいえ、慣行が多過ぎだ!と思ったが、唯一良かった点があるとするなら、忙しくて悲しむ暇が無かった事だろう。
時が解決するのか。父さんを亡くした悲しみが完全に癒えたわけではないけれど、俺達の気持ちは落ち着いていたのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




