第71話 ピーター・ウォーカー
「ひっひっひ。待たせたな」
しばらくするとピーター父さんが戻って来る。
掌に収まるサイズの小箱を持っている。
蓋が蒲鉾の形をしている。
前世、徹夜して遊んだ某RPGゲームの宝箱のミニチュアみたいだ。
「お前から小人の話を聞いた時から気になっていたんだ。特別な意味があるんじゃないかと」
そう言って父さんはテーブルの上に小箱を置くと、小指サイズの鍵を取り出す。
小箱のサイズの割には大きい鍵である。
「お前が開けてみろ」
父さんから鍵を受け取ると、それを鍵穴に入れ回してみる。
カチッ
仕掛けが動いた感触が手に伝わる。
俺は小箱の蓋に手を掛ける。
ギィ
蝶番のきしむ音を出しながら蓋が開く。
「これはウォーカー男爵家に代々受け継がれる家宝の宝石だ」
小箱の中には真紅の宝石が入っている。
その宝石は自らが光を発している。
似たような物を見た事がある。
そう、以前地下空間で白いローブのエルフ耳ソランジュが小人達から奪おうとしていた深緑の宝石だ。
その宝石の色違いと例えて良いほど、真紅の宝石は似ている。
「本来は次期当主、ポールに引き継ぐ必要があるんだが、お前に託しておく」
「良いのか?」
代々受け継がれるという事は、意味があると思うのだが。
「構わない。お前が言っていたソランジュという奴が気になる。もしかしたら、この宝石も狙われている気がしてな。奴から守るのならポールよりお前の方が適役だ」
「そう言う事か。預かっておく」
兄さんはソランジュの恐ろしさを理解していない。会った事が無いから仕方ないのだが。
父さんが言う通り、ソランジュと面識のある俺の方が何か起きた時の対応が取り易いだろう。
「頼んだぞ。お前が大丈夫だと判断したら、ポールなりティムなりに返してくれ」
「そうさせてもらう」
俺は小箱の蓋を閉じて鍵を掛けるとズボンのポケットに入れる。
安全な保管場所を探した方が良いな。
ゴーン ゴーン ゴーン
鐘が鳴る音が聞こえる。
夜明けの鐘だ。朝が来た。
父さんは立ち上がると窓際へ向かい、カーテンを開ける。
「ひっひっひ。生まれてからずっとこの景色を眺め続けたが、故郷というのは美しい。いつ見ても綺麗だよな」
窓の外を眺めながら父さんは、しみじみと感じる様子で言葉を紡ぎだす。
「おいらの人生、辛い時、苦しい時も多かったけど、仲間に恵まれ、家族に恵まれ、楽しかった」
山間から昇って来た朝陽が部屋に差し込み、父さんの顔を照らす。
皴が刻まれ年季が入った顔。
それは、波乱に満ちた人生を歩んできた証。
その顔を俺は一生忘れる事は無いだろう。
「さて、おいらは残された時間を有効に使わせてもらうか。やらなきゃいけない事が山積みだからな」
俺の方を向いた父さんはそう言うと右手を差し出す。
「これでお別れだリック。元気でな。頑張れよ」
俺も右手を差し出し、互いに握手を交わす。
「ピーター父さん。今までありがとう………ございました」
俺は一礼してから、父さんの部屋を後にする。
「リック。大変かもしれないが、人生たっくさん楽しめよ!」
早朝の人気のない廊下を早足で歩き、自分の執務室へ戻る。
そこにはシェリーがいた。
「早いな。まだ夜が明けたばかりだぞ」
仕事が始まる時間は、何時間も先だ。
まさか、一晩中ここで俺が来るのを待っていたのだろうか。
「主さんお帰りなさい」
シェリーはさっき星空の下で見せた時と同じ、優しい微笑みを浮かべている。
彼女は俺に近寄ると、突然抱きついてくる。
「シェリー?」
動揺する俺。
シェリーの顔は見えない。
ただ、聞こえて来る声はとても穏やかで優しい。
「悲しい時は泣いて良いんだよ」
その言葉は合図だった。
俺の中で張りつめていた何かが急速にゆるんでいく。
目から涙が溢れる。
これまでたくさん溜めてきた。
堰を切ったように流れ出る。
「うっ、うっ、うっ…………」
俺はシェリーの胸を借りて、泣きじゃくる。
シェリーは、俺が泣き止むまで背中を優しく撫でてくれたのであった。
以下は父さんに長年仕えてくれた老執事から教えてもらった話だ。
俺と別れた後、ピーター父さんは精力的に動く。
可能な限り人と面会し、これまでの感謝を述べた上で、今後の事について話し合った。
ポール兄さんはもちろんの事、オリーヴ義姉さんやマーカスとも面会して様々な話をしたし、エセル、シェリー、ノーマもそれぞれ呼ばれて話をした。
会う事が叶わなかった人へは手紙をしたためた。
膨大な数だそうだ。
そんな忙しい合間を縫って、僅かな時間ではあったが、孫のティム君と一緒におやつを食べた。
その様子は孫と心温まるひと時を過ごせた好々爺だったという。
遺言状を書き上げ、身の回りを整理し終えると「間に合った」と満足そうに呟いた。
その時点で、ラストを服用してから丸一日近く経過しており、時はすでに真夜中。
使用人に頼んで風呂を沸かしてもらい久しぶりの入浴を楽しみ、湯上りに食堂でソーセージとフレンチフライをつまみながらビールを飲む。
「ひっひっひ。この喉越しがたまんないな」
久しぶりのビールは格別だったらしく、おかわりをしたそうだ。
ほろ酔い気分で寝室に戻ると、母さんの形見であるペンダントを握りしめる。
そして、ベッドに潜り込み、就寝。
そのまま目覚めることなく、息を引き取った。
老執事に呼ばれて俺達は父さんの元へ集まる。
兄さんもオリーヴ義姉さんも泣いている。
俺は大泣きしたからだろう。悲しかったけど、涙は流れなかった。
ピーター父さんの顔を見る。
その表情はとても穏やかであった。
ピーター・ウォーカー。
一代にして莫大な富を築き上げ、貧乏貴族だったウォーカー男爵家を大富豪にさせた傑物。
俺が尊敬する偉大なる父。
彼の人生はこうして幕を閉じたのであった。
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