第70話 父と子
前回のあらすじ
父ピーターに毒薬ラストを飲ませたリック。
今にも死にそうだったピーターはあっという間に元気になる。
「ふぅ~。身体が鈍っちまったな」
ピーター父さんは起き上がると思いっきり伸びをする。
ポキポキポキ
長い間、寝たきりになっていたからだろう、関節が鳴る音が聞こえてくる。
「父さん、大丈夫か」
「ああ、大丈夫だ。こんなに元気に動けるようになるとは思わなかった」
飛び跳ねながら手足を動かしている。
元気だった頃の姿そのものである。
「ひっひっひ。さすがは秘薬ラストだ」
「知っていたのか」
「おいらは博識だからな」
博識なのは事実だと思うが、普通の人は分からない代物である。どこで知ったのだろう。
「飲むと5日以内に死ぬ事も知っているのか」
「ひっひっひ。もちろんだ。しかし、その知識は正しくない。長くて5日だ。個人差があって、短ければ半日しか持たない」
俺は唖然とする。
ラストを飲めば確実に死ぬという事実をどのように説明しようか悩んでいたのだが、俺以上に詳しい。
説明する手間は省けたが、そんな薬を飲ませた事への気不味い気持ちが俺の中で生まれる。
そんな俺の様子を見ていた父さんは「ひっひっひ」と笑いながら部屋の一角にある応接用の椅子にドカッと腰を下ろす。
「まぁ座れ」
座るように促されたので、対面の椅子に腰を下ろす。
「すまない」
俺は頭を下げ、父さんにタイム オブ ザ ラストを使った事を謝る。
「気にするな。あれを使っても使わなくてもおいらは近い内に死んでいたさ」
言葉の通り気にしていない様子ではある。
「しかし……」
「意外とうじうじ悩む奴だな。死ぬ間際に元気な時間が与えられる。それはな、おいらにはとてもありがたい話だ」
「そうなのか」
「そうだ。やり残した事を周りに教える事が出来るからな。お前達だって何も知らないまま後事を託されるより良いだろう。少なくても何も伝えられないまま死ぬよりはましだ」
シェリーが言っていた通りである。
俺も理解はしていたが、本人からそう言って貰えると気持ちが少し楽になる。
根はやさしい人だから気を使ってくれているとは思うが。
「それじゃあリック、手始めにお前の事から始めるとするか。まずは近況を教えろ」
俺は出来事を簡潔に説明する。
パイル男爵が失脚した事。
ノーマを雇った事。
商人アーノルドが俺に当主にならないか打診してきた事や、ポール兄さんと言い争いした事も説明した。
「う~ん。なるほど。色々大変だったな」
父さんは首を軽く回す。
「まず言える事は、お前が当主になる事を断って正解だったという事だ。仮に当主になれたとしても、周りから兄を蹴落とした不忠の弟という厳しい評価をされるからな。茨の道を歩んでいただろう」
なるほど。実は最近、アーノルドの打診を断った事を少し後悔していたのだったが、そう言われて、気持ちの整理がつく。
「それから、ポールとの付き合い方だがな。リック、まずはお前が気負わない事が重要だ」
「気負わない?」
「そうだ。お前は、自分が頑張らないといけないと思っている」
その通りだ。俺は頷く。
父さんが倒れていなくなった穴を俺が補わないといけない。
俺が頑張って兄さんを助けないといけないという気持ちは強い。
「それが気負っていると言うんだ」
「しかし、今は大変な時期だ。頑張らないといけないだろう」
いつやるか? 今でしょ!
どこかの予備校の先生の言葉が当てはまる状況である。
「頑張る必要がある事は間違っていない。だけどな、お前は自分一人で何でも解決しようと考えていないか」
「言われてみれば」
その通りだ。以前だったら面倒事は父さんや兄さんや使用人に回していたが、最近は俺自身で決めようとしている。指摘されて気付く。
「屋敷には優秀な使用人が大勢いる。一人で全部抱え込むと周りは反発するし、何よりお前自身が体を壊す。周りを巻き込むように動いていけ」
「分かった」
いつの間にか一人相撲を取っていたらしい。
気をつけよう。
そんな俺を見て父さんは「ひっひっひ」と笑うと、言葉を続ける。
「そして最大の問題は、お前が無意識のうちにおいらとポールを比較している事だ」
「そうなのか?」
まるで実感が湧かない。
「やれやれ、重症だな」
父さんは指を動かして自分の顎を触る。
老執事が定期的に洗顔してくれていたので顔中が髭だらけという事はないのだが、たまたま剃り残しの髭が一本あったらしい。爪先でつまんでプチッと抜く。
品がない行為だが、こういう時は大概考え事をしている。
「なあリック……おいらと比べればポールは物足りないと思っていないか」
その通りだ。俺は頷く。
ただ、それは経験の差だと思っている。
兄さんは頭が良い。経験を積めば優れた当主になれるはずだと思っている。
「それこそが比較だ。ポールにだってプライドはある。いや、あいつは人よりもプライドが高い。それに次期当主というプレッシャーもある。表面には出していないかもしれないが、あいつの心の中にはおいらへの対抗心もあるはずだ」
それは分かる。普段は平静を装っているが、兄さんの言動の節々に父さんを意識している事が伺えるからだ。
「そんな時、おいらと比較されたらどう思うか。口に出さなくても態度で分かる。物足りないと思われたら、ポールはどう思うか」
俺は反論しようとしたが言葉が出ない。
身に覚えはたくさんある。
俺は知らない内に兄さんのプライドを傷つけていたようだ。
「おいらとの比較はこの先無意味だ。ポールを立てろ。そうすれば仲良く付き合える」
「分かった。肝に銘じておく」
父さんに相談して良かった。
俺の胸の中に充満していた不安が霧散する。
「分かってもらえて何よりだ。ただ、おいらがもっと長生きできれば、お前達が安心して引き継げるように土台を整えるつもるだったんだがな。この先、苦労を掛けてしまう。すまないな」
父さんは頭を下げて謝る。
俺は慌てる。
「頭を上げてくれ。俺は兄さんと力を合わせてウォーカー男爵家を盛り立てるから。安心してくれ」
「ひっひっひ。その言葉を聞く事が出来て嬉しい」
父さんは笑う。しかし、その表情はとても寂しそうだった。
「そうだ」
俺は暗い雰囲気を何とかしたくて話題を変える。
「父さんが倒れたあの日、俺に何の用事があったのか」
……昼下がりの鐘が鳴った後にでも、おいらの部屋に来てくれ……
あの日の朝、父さんはそう言っていた。
そのまま聞けないままでいた。
父さんにラストを飲ませたのは、その目的もあるのだ。
「ひっひっひ。そうだった、忘れるところだった。少し待っていろ」
父さんは立ち上がると、寝室の奥にある扉を開いて出ていく。
あの先は父さんの書斎だ。
俺は椅子に座って父さんが戻って来るのを待っていたのであった。
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これからも作者は頑張ります。
次回もよろしくお願いします。




