第68話 きらめき
ガバッ
眠っていた俺は突如起き上がる。
「夢か」
そう呟いた俺は、自分が何の夢を見ていたのか忘れた事に気が付く。
どんな内容だったか……
言えることは悪い夢であったことだ。
喉がとても乾いている。
俺はエセルが用意してくれた水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。
「ふぅ~」
人心地が付く。
窓の外を見ると、真夜中だ。
ここ最近、毎晩のように悪夢にうなされて目を覚ます。
「夜風にでもあたるか」
独り言を呟きながら俺はランタンを片手に寝室を出る。
ウォーカー男爵家の屋敷の一角には広いバルコニーがある。
庇がないから雨が降っている時はびしょ濡れになるが、今夜みたいに晴れている時は絶好の場所になる。
「おおっ!」
俺は感嘆の声をあげる。
空を見上げると星空が見える。
星が煌き美しい。
日本の都市と違って周辺に目立つ明かりが無く暗いので、数多の星を眺める事ができる。
満天の星空とはまさにこの事である。
俺は星座には詳しくないが、星の並びは日本と違う。
この世界の人々の独自の視点で、狸座とか雷鳥座とか海老座と名付けられた星座は存在するが、日本では馴染み深かったオリオン座も無ければ北斗七星も無い。
ふと思う。
俺が今生きている世界は地球から遠く離れた所にある惑星なのだろうか。
俺が見ている星々のどこかに地球があり、日本があるのだろうか。
いや、地球は恒星ではないから煌いていないか。正確には太陽だな。
それとも俺がいるこの世界は、宇宙は関係なく、地球とは違う時空という概念に存在しているのだろうか。
不思議である。
転生する時、神様に聞けば良かった。
「あれっ?主さん」
星空を見上げている俺を呼ぶ女性の声。
「シェリーじゃないか」
俺をそう呼ぶ人は彼女しかいない。
「眠れなくてな。夜風にあたりに来たんだ」
俺がここに来た理由を説明すると、シェリーも「うちも同じだよ」と返してくる。
「ねぇ主さん。一緒に座らないかな」
シェリーがバルコニーの片隅にあるベンチを指差す。
俺はまだ眠れそうになかったので、彼女の提案を受け入れ、ベンチに腰を下ろす。
「一口どうぞ」
シェリーは水筒を俺に渡す。
「用意が良いな」
「ここに来る前に厨房でお湯をもらって作ったんだ」
俺は水筒に口をつけて飲む。
甘酸っぱいリンゴのような香りが口の中で広がる。
「良い香りだな」
「そうだよ。カモミールという薬草を使ったんだ。これを飲むとよく眠れるよ」
ハーブティーというやつか。
心地良い香りと共に体の中がほんのり温かくなる。
それだけでも穏やかな気持ちになれる。
前世では縁がなかった飲み物だったが、これは良い。
「これで間接キスだね」
「なっ!?」
どうやらシェリーが先に飲んでいたらしい。
彼女の不意打ちに俺は慌てる。
「あはは。主さん顔が赤くなっているよ。かわいい」
「からかっているのか」
穏やかな気持ちが台無しである。
「ごめんね。間接じゃなくて直接が良かったかな」
そう言ってシェリーは人差し指で自分の唇を触る。
「どう考えてもキスをするような雰囲気ではないだろう」
「主さんは恋愛にロマンチックを求めるよね。形から入る恋愛があっても良いと思うけどな」
俺はどのような反応をすれば良いのだろうか。
黙ってしまう。
「うちも頂戴」
シェリーは俺が持っていた水筒を取ると口をつけてハーブティーを飲む。
頂戴も何も元々シェリーの水筒なのだが。
「だけど良かったよ」
「間接キスできた事がか」
「違うよ」
シェリーは首を左右に振る。
銀色の髪が軽く舞う。
それが綺麗で俺は見惚れる。
「主さん?」
「いや、何でもない。それで何が良かったんだ」
シェリーは不思議そうな表情をするが、話を戻す。
「主さんが少し元気になって。最近辛そうにしていたから」
「分かっていたのか」
表には出さないようにしていたのだがな。
「いつも傍に居るからね」
「父さんが亡くなるかもしれないと思うと切なくてな」
先日、医師からピーター父さんはいつ死んでもおかしくないと宣告を受けた。
その前から覚悟はしていたし、むしろここまでよく頑張ったと思うのだが、実際に言われるとその衝撃は大きかった。
「それだけかな」
意味深な言い方をするシェリー。
「ポール様は関係ないのかな」
俺は彼女を見る。
お見通しですよって目をしている。
「知っていたのか」
「女はね男が知らない情報網を持っているんだよ」
ドヤ顔をするシェリー。
「シェリーには敵わないな」
俺は息を吐いたのであった。
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