第66話 後継者
前回のあらすじ
リックは商人アーノルドから次期当主になるつもりはないか問われた。
「自分が言っている意味を理解しているのか」
「もちろんでございます」
笑顔で答えるアーノルド。
こういう人間の笑顔が世界で一番信用できない。
そう思うとエセルやオリーヴ義姉さんの笑顔が純粋で美しいことか。
俺はアーノルドを睨む。
俺は父さん譲りの悪人面だ。黙って睨むだけで、簡単に人を怖がらせる事ができる。
普段は全く役に立たないが、こういう時は効果的だ。
だが、アーノルドは百戦錬磨の商人。
動じている様子は全くない。
実を言うとピーター父さんが倒れた時、今回のような話が来るかもしれないとは覚悟はしていた。
ただ、三か月間全く音沙汰が無かったので、平穏のまま進むものと思っていたのだが、いまさら来てしまった。
「なぜ、そのような事を言うのだ」
「簡単でございます。ポール様よりリック様が当主に相応しいからです」
爆弾発言だ。
アーノルドは言葉を続ける。
「ポール様は弁舌爽やかで教養があり、振る舞いは優雅で美形であります。御伽噺に出て来る白馬の王子様そのものと例えても良いでしょう」
これを聞く限り、非の打ちどころのない、素晴らしい人物である。
「しかし、ポール様はプライドが高く独善的なところがございます。加えて打たれ弱い。上手くいっている時は良いでしょう。しかし、躓いてしまった時、立て直す事が困難です」
俺は黙ったまま話を聞く。
「人生、常に順風満帆という事は有り得ません。貴族という権力と欲望が渦巻く社会ならなおさらです。相応しくない者が貴族の当主になる、それは本人も含め多くの者にとって不幸な事なのです」
酷い言い様だ。
「兄と満足に会った事も無い人間が知ったような言い方をしているものだな」
「商人とは情報が命でございますので」
俺の批判にも平然とした様子のアーノルド。
ただ、そうは言ったものの、アーノルドの分析は的確だと思う。
良い意味でも悪い意味でも兄さんはお坊ちゃま育ちである。
何かトラブルがあった時の脆さは俺も心配している。
「リック様が現当主の後継者に相応しいと思われている方は他に大勢おります。ご決断頂ければ、ターミガン商会が総力をあげて支援を……」
「皆まで言うな」
俺はアーノルドを制する。
彼の表情から笑みが崩れる事はない。
まったく、食えない奴だ
「俺はウォーカー男爵家の当主になるつもりは一切ない。父に万が一の事があれば、その後継者は兄のポールだ。俺は次期当主の元で、領内の発展に力を尽くす」
アーノルドが言う通り、兄さんは当主として頼りない面も多いだろう。
だけど完璧な人間なんてこの世にはいない。
実際、父さんが倒れた時の兄さんは物足りないと思う事もあったが、最近はウォーカー男爵家の当主代行としての務めを立派に果たしている。
それに兄さんは若い。
経験を積んでいけば立派な当主になれるだろう。
兄さんが足りない部分は俺や家臣たちが補えば良い。
何でもかんでも一人でやる必要はないのだ。
「これはウォーカー男爵家内部の話だ。人の家の話に外からの口出しは慎んでもらいたい」
「大変申し訳ございません」
アーノルドが平伏して謝罪する。
俺を当主にすれば甘い蜜を吸えると思っている人間が、彼をはじめ多くいるのだろう。
それだけウォーカー男爵家の財力に魅力があるという証拠だ。
「今の話は聞かなかった事にする。次は無いと思え」
跡継ぎで揉めるお家騒動は古今東西話が尽きないが、当人同士よりむしろ外野が騒いで収拾がつかなくなる事の方が多いと思う。
「リック様の恩情に感謝申し上げます」
神妙な面持ちになるアーノルド。
腹の内ではどう思っているか分からないが。
ただ、彼は忖度が出来る男だ。
ここで釘を刺しておけば、俺を当主に担ぎ上げようとする良からぬ奴らの動きを抑えてくれるだろう。
「そろそろ時間だな」
「左様でございますね。長居致しまして申し訳ございません」
アーノルドは席を立つが、何かを思い出したかのような表情をして、懐から何かを取り出す。
「本日ご迷惑をお掛けしたお詫びとして、こちらをお納めください」
彼は小さなガラス瓶を渡す。
「病人用の気付け薬でございます。王族も使われている貴重な薬でございます。良ければ男爵様にお使い下さい」
シェリーの火傷治療薬の時もそうだが、アーノルドは薬の話題が豊富だな。
俺はガラス瓶を手に取る。六角形の形をしていて、中には黄色の絵の具を水で溶いたような液体が入っている。
「ただで貰うのは気が引ける。代金を払おう」
「滅相もございません」
アーノルドは辞退するが、俺はそのつもりはない。
ただより高い物はないからな。
「それでは大金貨1枚を頂きたく存じます」
日本円に換算すれば大金貨1枚は100万円に相当する。
高いな。
ただで貰った方が良かったかもしれないな。軽く後悔しつつも俺は大金貨1枚をアーノルドに支払った。
「お帰りなさいませ」
アーノルドとの面会を終え、俺は執務室へ戻る。
エセル、シェリー、ノーマの三人が出迎えてくれる。
「主さん、疲れた顔をしているね」
「まあな」
ああいう話はするだけでも神経がすり減る。
「リック様、これは何ですか」
俺が持っているガラス瓶を見つけ、エセルが聞いてくる。
「これは……」
アーノルドから買った父さんの薬。
俺がそう言うよりも早くノーマが口を開く。
「御主人様。これ毒薬よ」
「何だと!?」
ノーマの発言に俺は衝撃を受けたのであった。
お付き合い頂きありがとうございます。
また1月は大勢の方から読んで頂きました。
重ねて御礼申し上げます。
これからも頑張りますので、お付き合いよろしくお願いします。




