第65話 病状
「お越し下さりありがとうございます」
老執事が俺を出迎える。
「父さんの様子はどうだ」
俺の言葉に老執事は首を横に振る。
「少しずつですが、悪くなっております」
「そうか」
俺はピーター父さんが寝ているベッドの脇へ向かう。
「父さん、元気か」
俺の声を聞いて、父さんは閉じていた目を開く。
口は開くが言葉が出ない。
以前なら無理をすれば普通に話す事ができたのだが。
病に倒れてから三か月。
老執事が言うように父さんの容体は日に日に悪化している。
今では起き上がる事も話す事もままならない。
「……り……っく…」
やっとの思いなのだろう、父さんは絞り出すような声で俺の名前を呼ぶ。
「どうした?」
父さんは俺に何かを訴えるような目をする。
しかし、言葉を続ける事が出来ない。
口をパクパクと動かすが、やがてそれもやめて、ゼーゼーと苦しそうに息をする。
最近よくある事だ。
父さんは俺に何か伝えたいらしいのだが、いったい何だろう。
思い当たるとすれば、父さんが倒れた日の朝に言っていた「大切な話」だ。その後、父さんが倒れてしまい聞けていないが、何を話したかったのだろうか。
「リック様、申し訳ございませんが」
苦しそうな父さんを見て、近くで控えていた老執事がすまなさそうに頭を下げる。
これも最近よくある事だ。
「また来るよ。お大事に」
俺は父さんに声を掛け、その場を去った。
「リック様、お客様が見えられております」
父さんの見舞いを終え、屋敷の廊下を歩いているとエセルがやって来て、来客を教えてくれる。
「もうそんな時間か」
「はい。先ほど鐘も鳴りました」
元々約束をしていたし、約束通りに訪問する人物なので、間違いないだろう。
俺は来客が待っている応接室へ向かう。
「お久しぶりでございます」
そこには、金色のフワフワヘアーの少年もとい童顔の青年が待っていた。
ターミガン商会のアーノルドだ。
メタボマン伯爵夫人マーガレットさんから紹介してもらった商人だ。
俺は握手を交わし、席を勧める。
「失礼致します」
エセルが紅茶を用意してくれる。
俺とアーノルドはティーカップに口をつける。
「美味しい紅茶ですね」
「茶葉もさることながらエセルは紅茶を入れるのが上手なんだ」
「それは羨ましいですね……」
こうして俺とアーノルドの会話が始まる。
「………という訳で王都では赤い靴下が人気でございます」
「役者の勘違いがきっかけとは。流行というのは不思議なものだな」
「本当ですね」
この世界は、21世紀の日本と違ってネットも無ければテレビも無い。情報を得る手段は限られてくる。
アーノルドは王都を拠点に活動している商人だけあって、話題が豊富だ。
政治の話、経済の話、芸能の話、多岐に渡り話してくれる。
俺にとって貴重な情報源になっている。
パイル男爵の話題もあった。最近は王宮にも出仕せず自宅に引きこもっているそうだ。家の外に出ることも全くと言っていいほどないらしい。
こうして、俺とアーノルドは和やかな時間を過ごした。
雰囲気が変わったのは、エセルがおかわりの紅茶を出して下がった後の事だ。
アーノルドの声のトーンがそれまでと比べて明らかに低くなったのだ。
何かある。
俺の勘がそう告げる。
「ところで、男爵様のお加減は如何でございますか」
またこの質問か。
アーノルドが何回も聞いてきているわけではない。
俺に会う人は皆一様に父さんの様子を聞いてくる。
それだけ周りからの関心が高い証拠なのだろう。
「病の床に臥せている。なかなか回復しなくて心配している」
嘘を言う必要はないので、事実を簡潔に話す。
「ご心労お察しします。男爵様の元気なお姿を拝見できる日が早く訪れる事を願っています」
見舞いの言葉を述べるアーノルド。
「お気遣い感謝する」
俺も礼を言う。
社交辞令なやり取りだ。
「実はここから先が本題でございます」
アーノルドの様子から、只事でない話を切り出そうとしている事は想像できる。
俺はゴクリと唾を飲み込む。
「リック様は次期当主になられるおつもりはございませんか」
その話か!
それを聞いた俺は心の中で盛大にため息を吐いたのであった。
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