第58話 対応について
前回のあらすじ
エセルとシェリーの頑張りで、スパイの女はパイル男爵の手の者である証拠を見つける。
ついでにソランジュとパイル男爵が繋がっている事も発見する。
リックは兄ポールへ報告するのだが……
「なんだって!」
ポール兄さんは声を荒げる。
パイル男爵が送り込んだスパイの女が噂を流した件を俺が報告したからだ。
エルフ耳のソランジュとパイル男爵に繋がりがある事も報告したが、これは気にも留めていない。
俺はこちらの方が気がかりなのだが。
ソランジュの恐ろしさは体験しないと理解が難しいという事か。
ちなみに、エセルとシェリーの報告を聞いて、スパイの女にソランジュと接触があったか聞いてみたが、ソランジュはスパイの女の所には来なかったそうだ。
ソランジュは元々スパイと接触する気が無かったのか、それとも裸にされた上、深緑の宝石も手に入れられなくて予定が狂ったのか、分析が難しい所である。
「スパイは本当にパイル男爵の手の者なのか」
「そうだ。エセルとシェリーが調べてくれた」
俺は証拠となる二通の手紙を見せる。
今、この場にはエセルとシェリーはいない。
いるのは、ポール兄さんとオリーヴ義姉さんと俺の三人。謂わば親族会議だ。
「許さないぞ!」
怒り心頭の兄さん。
戦乱の世であれば出陣しかねない勢いである。
しかし、ここは平和なロイレア王国、貴族間の武力衝突、つまり戦は禁じられている。
「抗議だ!パイル男爵に抗議の使者を送る!」
予想した通りだ。
というか、これ以外に有効な手段がない。
「待ってくれ、兄さん。使者を送っても意味がない」
しかし、俺は兄さんを止める
「どういうことだ」
制止されてムッとした表情で俺を見る兄さん。
「パイル男爵はスパイの女と無関係だと言い張るに違いない」
「証拠があるではないか」
そう言って兄さんは二通の手紙を指差す。
「確かにこれはスパイの女がパイル男爵の手下だと示す有力な証拠だ。だけど、パイル男爵からすれば、スパイの女が偽造した代物だと言い逃れる余地が残っているんだ」
仮にスパイを送ったと認めてしまうとパイル男爵の立場は悪くなる。
限りなく黒に近い灰色でも、真っ黒ではない限り、パイル男爵は白を切り通す。絶対に己の非を認めないはずだ。
なお、これはシェリーの意見である。
彼女は王都の教会にいた時があり、その時に教会や法衣貴族の暗部を近くで見た事があるそうで、意見はその経験に基づいている。
いつも笑顔なシェリーだが、大変な経験をしてきたのだな。
「そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
怒りっ放しの兄さん。普段は温厚な人だけど、今回は仕方ないだろう。
「抗議しても駄目ならどうすれば良い!」
「すまないが考えが纏まらない。それで相談に来たんだ」
実はシェリーから対抗策を考えてもらったのだが、少しばかりエグイ内容の策略だ。
今回の件は、貴族同士の争いになりかねない。
正攻法でいくのか、穏便に済ませるのか、それとも策略戦でいくのか、当主代理である兄さんに方針を決めてもらう必要がある。
しかし、兄さんは俺の発言を「何も考えがない」と誤解したらしい。
「何をしている!」
俺に向かって怒鳴りつける。
人間怒っていると勘違いしやすい。
俺も前世日本人だった頃、こんな感じで上司に怒鳴られた時もあったし、歳を取ってからは逆に若い部下に勘違いして怒鳴ってしまった時もあった。
一つ言える事は、怒られる側はここで怒ってはいけない。双方怒ってしまうと収拾がつかなくなる。怒鳴られることは面白くないが、まずは我慢。相手が落ち着いてから反撃するなり反論すれば良いのだ。
「駄目ではないか!」
だから今は黙って聞き流す。
「だいたい、リックの部下が間抜けだから、こんな事になるのだよ!」
「エセルとシェリーは頑張ってくれた!」
俺自身の事で怒られるのは我慢できるが、彼女達の事を悪く言われるのは別だ。
「彼女達は期待以上の成果を出してくれた。寝る間も惜しんで調べてくれた」
「それで、この程度の結果しか出せないのか!?」
「その言い方は酷くないか!実際の働きぶりを見てから言ってくれ!」
「何だ!その態度は!」
俺と兄さんは睨み合う。
いくら兄さんでも許せない。
「二人とも落ち着いて」
それまで黙っていたオリーヴ義姉さんが俺達の間に入る。
「今は喧嘩している場合ではないわ。そんな事をしていたらパイル男爵の思う壺よ」
オリーヴ義姉は俺達を諭す。
「そうだね」
「すまない」
兄さんと俺は冷静になる。
とはいえ、ギスギスした空気が周囲を漂っている。
口を開いたらまた喧嘩をしそうだ。
「ポールさん、リック君、聞いて下さい」
そんな空気を察したのだろう。
今度はオリーヴ義姉さんが場を仕切る。
「この件はピーター様に決めてもらいましょう」
オリーヴ義姉さんの提案に俺達は驚く。
「オリーヴ、父上は無理だ。病で起き上がる事も難しいのだよ」
兄さんの言う通りである。
逆に余計な心労を掛けて、病が悪化するかもしれない。
「それでも話をするべきよ。ウォーカー男爵家の当主はピーター様、決断する義務があるわ。そしてお義父様は、どんな時でもそれを放棄するような方ではないわ」
「しかし……」
兄さんは言葉を詰まらせる。
何となく心情は分かる。
血がつながった兄弟。俺が産まれた時からの付き合いだ。喧嘩の最中ではあるが。
病で苦しんでいる父さんに負担を掛けてしまうという申し訳ない気持ち。
そして、妻は夫である兄さんではなく、父さんに判断を委ねようとしている事への悔しい気持ち。
兄さんは外には見せないが、プライドは高い。
だけど、父さんなら何かしてくれるのではないかという期待。
葛藤が渦巻いているのだろう。
何か声でも掛けた方が良いのだろうけど、やめた。そんな気分でもないし。俺も心が狭いな。
「ポールさん」
オリーヴ義姉さんの口調は穏やかだが、目つきは鋭い。
あれは槍を構えた時の目だ。
「分かった。父上に話をしよう」
兄さんが折れた。
まあ普通の人なら、あんな目を向けられたら怯えるよな。
たぶん、結婚してから初めて見たのだろう。
むしろ、声が震えなかっただけでも大したものだと褒めてあげたい。
「それでは行きましょう」
オリーヴ義姉さんの力押しの感はあるが、俺達は病で臥せている父さんに事の顛末を話に向かったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
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【お知らせ】年末年始の更新について
作者の個人的な都合により、次回の更新は28日月曜日を予定しております。
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これからも『転生者リックの異世界人生』をよろしくお願いします。




