番外編9 エセルとシェリー1
前回のあらすじ
女はパイル男爵のスパイと自白した。
リックは、それが本当なのかエセルとシェリーに調べるように頼んだ。
う~ん。困ったかな。
簡単に引き受けたけれど、その内容は難しい。
「シェリーさん、何か悩み事でもあるのですか」
メイドのエセルさんが聞いてくる。
「ちょっと考え事をしていたの。よく分かったね」
「シェリーさんは何かあると髪を触る癖があるので」
言われて気が付く、うちは髪の毛をいじっている。
さすがはエセルさん。人の動き一つ一つを観察している。主さんが優秀なメイドと認めるだけある。
「主さんから頼まれた事、どうすれば良いのか考えていたんだよ」
主さんが父親に毒を盛ったという根も葉もない噂を流した女は、パイル男爵が送り込んだスパイであると当人が自白した。
しかし、主さんは自白だけではなく。女とパイル男爵が繋がっている証拠を見つけてくれと、うちとエセルさんに頼んだ。
女の言葉を鵜吞みにしない主さんは用心深い性格だと思うし、冷静だと感心する。
うちも教会にいた頃から色々な人を見て来たが、自分に都合の良い情報を信じ込んで滅びてしまう例は数多くあった。
ただ、自白ではない証拠を見つける事はとても難しい。
どこから手を着ければ良いのやら。
「安請け合いしちゃったかな」
うちは少し後悔する。
エセルさんも「そうですね」と同意はするが、後悔している様子はなく言葉を続ける。
「だけど、リック様からの頼まれごとです。エセルは何とかして力になりたいです!」
これは愛の力なのかな。
以前から主さんへの想いが強い人だけど、デートしてからは以前にも増して情熱が強くなっている。
うらやましい。
うちも主さんは好きだ。けれど、エセルさん程でないと感じている。
どんな時も、うちの心の片隅には冷めた自分がいる。それが心を燃え上がらせるのを邪魔している。
いつかはうちも熱い恋が出来るのかな。
うちのそんな心の内に気が付いていないのか、知らないふりをしているのか、エセルさんは拳を握りしめて、頼まれごとを成功させようと決意を固めている。
「それにシェリーさん、リック様が難しい事を頼まれるという事は、それだけエセル達を信頼されているからです」
なんだか、エセルさんの純粋で前向きな姿勢が眩しく感じる。
「うん。エセルさんの言う通りだね。主さんの信頼に応えようか」
その眩しさは嫌いではない。
うちもその前向きな姿勢に付いて行こう。
「それでシェリーさん。どこから調べますか」
結局、そこなんだよね。
「あの女の部屋は調べたしね」
悪意ある噂を流した罪で女を捕まえた際に、うちとエセルさんは女の部屋を調べている。
ただ、その時はパイル男爵との繋がりを示す証拠は見つからなかった。
「あの女の仲間はいないのでしょうか」
「その線から調べてみようか」
スパイは一人ではなくて複数送り込んでいる可能性はありえる。
「あの女が捕まったので、すでに逃げているかもしれませんが」
「誰が逃げたか分かるだけでも収穫だよ」
うちとシェリーさんは調査を始めた。
数時間後
「いませんでしたね」
「そうだね」
うちとエセルさんは主さんの執務室で頭を抱えていた。
主さんは現在不在。主さんは主さんで色々と忙しい。別の用事で外出している。
スパイの女が捕まった後に屋敷から逃げ出した使用人はなし。
交友関係も調べてみたが、男が苦手なので男性との接点は全くなし、仲の良い女性の使用人はいたが、怪しさを感じさせられるような点は見つからなかった。
調査は行き詰ってしまった。
「あの女に仲間がいない事が分かった事が収穫ですね」
そういう事にしよう。
徒労に終わっただけと思ってしまうと心が折れる。
ゴーン ゴーン ゴーン
鐘が鳴る。
夕暮れの鐘。
夕陽が僅かに山間から姿を見せている。
間もなく夜が来る。
他にできる事はないかな。
うちは考える。
ふと気が付くと、手で髪の毛を触っている事に気が付く。
癖になっている。
注意しないと。
うちは感情を笑顔で隠す事は得意だけど、くだらない癖でバレてしまっては元も子もない。
ウォーカー男爵領の教会はほのぼのとしているが、王都の教会は表面上穏やかに見えても水面下では超競争社会、足の引っ張り合いが横行して殺伐としていた。
教会で生き残る為には、相手から感情を悟られないようにする術を身に着ける必要がある。
今は主さんに仕えているから心穏やかに過ごせているけれど、その生活がいつまでも続く保証はない。うちが教会へ戻る日が来る事だって有り得る。
「シェリーさん、大丈夫ですか」
エセルさんが心配そうな顔をして、うちの顔を見ている。
「ごっごめん。少し考え事をしていたよ」
外を見ると夕陽は完全に沈んでいる。長い時間考え込んでいたらしい。
「もう夜になりましたし、今日はもう休まれますか。後の事はエセルがやりますので」
あぁ、エセルさんは良い人だよ。
主さんが惚れた理由が分かるかな。
「さすがにそれは申し訳ないよ。それよりもエセルさん、時間が有るならもう一度、あの女の部屋を調べてみないかな」
「部屋をですか?」
「うん。前に調べた時は分からなかったけど、時間を掛けて調べたら何か手掛かりが見つかるかもしれないよ」
あの女の痕跡が最も残っているのは部屋。見落としている事が有るかもしれない。
「分かりました。他に考えもありませんし、もう一度調べてみましょう」
こうして、うちとシェリーさんは女の部屋を再調査する事になった。
ゴーン
遠くから鐘の音が聞こえる。
あれは深夜の鐘かな。
皆が寝ている時間だから鐘は一回しか鳴らない。
「見つからないね」
部屋の中は乱雑状態。まるで泥棒に荒らされたみたい。
ベッド、机、チェスト等々、部屋中を隈無く探した。
衣服のポケットはもちろん襟の裏も探したし、本も1ページずつ調べた。
「リック様に見つからなかったと報告するしかないでしょうか」
さすがのエセルさんも弱音を吐いている。
「諦めるのは早いかな」
あの女、実力は低そうだけど、一応スパイの端くれ。
今みたいに部屋を探られることは想定したはず。
それなら、簡単に見つかる所に重要な物は置かないはずだ。
「このチェストが怪しいかな」
うちが注目したチェスト。
引き出しがあるタイプではなくて、上蓋がついている箱型のタイプだ。
「この中は調べましたよ」
エセルさんが言う通り、うち達は何度も調べた。
チェストの中には女の衣服が何着も畳まれていたが、それも全て調べている。
「このチェスト、立派だよね」
「おそらくオーク材ですよね。かなり高価だと思います」
「そうなんだよね。だけど、メイドが持っているには高級過ぎないかな」
「言われてみれば。だけど使い込まれていますし、代々受け継がれた家具の可能性もありませんか」
エセルさんの言う通り、遠くへ働きに行く娘にせめてもの餞として高級な家具を渡す話はよく聞く。
だからこれまで疑問に感じなかった。
うちは、チェストの中を見る。
四角い広い空間があるだけ。引き出しもポケットもない。
普通のチェスト。だけど違和感がある。何かな。
「分かったよ!」
うちは思わず声を大きな声を出す。
「このチェストの底面、他と木目が違っている!」
「言われてみれば、そうですね」
箱の中の四方や蓋の木目に比べ、底面の木目は間隔が広い。
つまりそれは底面だけ他の材木を使っている証拠だ。
底面を触る。僅かに動き、隙間が出来る。
「シェリーさん、これを使ってください」
エセルさんが針を渡してくれる。ふとん針と呼ばれる太い針。裁縫用に持ち歩いているのだろう。
うちは、針を底面に出来た隙間に入れる。てこの原理の要領で針を動かしてみる。
「動いたよ!」
狙い通り。底面の板が持ち上げる。
「二重底になっていたのですね」
本当の底面が露わになる。
「やったね!」
うちとエセルさんはハイタッチする。
「何か入っているみたいですよ」
逆に何もないと、うちは泣いちゃうよ。
さぁて、いったい何を隠したのかな。
さっそく見せて頂こう。
読んで頂いてありがとうございます。
今回の話は長くなったので、途中で区切らせてもらいました。
続きは19日土曜日に投稿する予定でいます。
日本海側は大雪のようですね。
住まれている皆様、十分にお気をつけて下さい。
これからもよろしくお願いします。




