第53話 デート
前回までのあらすじ
リックはエセルとデートする事になりました。
エセルとデート。
ただ、行こうかと言ったもののどこへ行くかは決めていない。
ウォーカー男爵領は王国の辺境。娯楽施設は無いに等しい。
領内の若いカップルはどうやって愛を育むのか不思議である。
しばらくは一緒に散歩でもしようかと考えていると、何やら楽しそうな音が聞こえている。
俺とエセルはお互い頷き合い、そこへ向かう。
「リック様ではございませんか」
町を守る新兵士隊長ベンジャミンだ。
相変わらず爽やかだ。歯がキラッと輝いている。
「どうしたんだ」
今日は皮鎧ではなくて、普通の服を着ている。
「本日は非番でございまして、仲間たちと音楽を楽しんでいるところでございます」
ベンジャミンの周りには彼と同年代の男性達が数名いる。
笛やギターを持っている男性もいるが、水が入った陶器製のコップを並べている者やバケツを置いている者もいるし、ベンジャミンも洗濯板を持っている。
「これでどうやって音楽を楽しむんだ」
俺は洗濯板を見ながら質問するとベンジャミンは「こうやります」と言って、棒を使って洗濯板のギザギザを引っ搔いて音を鳴らす。
別の男性は木の棒でコップを次々と叩いていく。入っている水の量によってコップを叩く音色は違うように調整されている。
バケツはタイコの代わりらしく、両手で叩いていくと小気味いい音が発せられる。
これらの音と合わせるように笛やギターも音を鳴らす。
気が付けば、色々な音が重なり合う陽気で楽しい音楽になっている。
「お二人もご一緒に」
洗濯板を鳴らしているベンジャミンがそう言いながら歌いだす。
そういえば前世、地球にはカントリー・ミュージックと呼ばれる音楽があったが、この起源は身近にある物を鳴らした所から始まったと聞いたことがある。彼らがやっている音楽も時を経て新たなるジャンルの音楽になるのかもしれない。
「一生に歌いましょう」
ただ、今の俺は未来の音楽よりも目の前の楽しさの方が優先だ。
俺とエセルはベンジャミン達と一緒に歌い、踊り、楽しむ。
「楽しかったですね」
ベンジャミン達と別れ俺とエセルは再び公園の中を歩く。
「エセルは踊りも上手いんだな」
「リックも良い声が出ていましたよ」
共通の話題が有ると会話も盛り上がる。
そろそろだな。
俺は手を伸ばし、エセルの手を握る。
するとエセルの手も俺の手を握ってくる。
二人の互い顔が赤くなる。
恥ずかしい。だけど互いの手が離れることはない。
手をつなぎながら公園の中を散策する。
幸せな気分だ。
グゥ~
好事魔多し。
俺の腹の虫が盛大に鳴る。
育ち盛りの俺の体。加えて踊って体を思い切り動かした事も影響しているだろう。
人前、とりわけデート中にこの音を出す恥ずかしいな。
「食事にしますか」
「そうするか」
日本の正午を示す昼の鐘が鳴りそうな頃合いでもある。
昼食時である事は確かだ。
「こっちの方だと聞いたのだが」
俺は人から教えてもらった道を思い出しながら歩く。
「あれではないですか」
エセルが指し示す先に目的地はあった。
屋台だ。
「リック様、お忙しい中、ありがとうございます」
修道女が笑顔で出迎える。
「元気そうだな」
俺は修道女と屋台の隅で調理をしている元盗賊のゲブに声を掛ける。
調理に目が離せないのか、ゲブは俺の方を向かず、手を挙げて挨拶する。
大怪我も無事に治った様子だ。
「ゲブさん、失礼ですよ」
修道女が窘める。
この修道女、以前ゲブの見舞いに行った時に看病していた人だ。
もしかしてこの二人、良い仲なのか。
俺はエセルの顔を見る。すると彼女は意味深な笑みを浮かべる。
俺の想像は当たりらしい。
それにしても、この修道女、火災の時は取り乱していたが、普通にしていれば清楚な美女。
一方のゲブは典型的な盗賊といった風貌。
まさに美女と野獣だ。
「気にしないでくれ」
俺達だってデート中。他人の色恋に気を遣う事はない。
「申し訳ございません。それでご注文は如何されますか」
「おすすめを二つくれ」
「かしこまりました」
そう言うと修道女はゲブが調理した料理を包みにいれる。
この屋台は教会が運営していて、人通りが多い場所で開かれる。
今日は公園だが、普段だと作業員が多い建築現場にいる。
『人々のお腹を満たして幸せにする為』という建前と『お布施集め』という本音が同居する活動だ。
「二つ合わせて小銀貨1枚と銅貨6枚頂きます」
飛び切りの笑顔を見せる修道女。
俺は日本の一円玉程度の大きさの小銀貨1枚と五円玉そっくりな銅貨6枚を渡す。
ちなみに日本の相場に合わせると小銀貨は1枚千円、銅貨は1枚百円に相当する。つまり、俺は1600円を支払った事になる。
1600円÷2人=800円
この世界の相場で考えると昼食代としては割高だ。
それもそのはず、教会の内情に詳しいシェリーによると、800円の内400円、つまり銅貨8枚中半分の4枚が教会へのお布施になるそうだ。いくらなんでも取り過ぎでだろう。
「ありがとうございました」
修道女から包みを受け取った俺達は屋台を後にする。
見ると行列が出来ている。
割高でもこの屋台は人気なのだ。
「さっそく頂くとしようか」
適当な場所を見つけ、腰を下ろし、俺とエセルは包みを開く。
温かい空気が出てきて、俺達の顔を覆う。
中にはフライドポテトと鳥肉の串焼きとビスケットが入っている。
「ホクホクして美味しい!」
ポテトを食べるエセル。
「鳥も美味いぞ」
鳥肉の串焼きと言っても日本の焼き鳥とは違う。
肉が大きいのだ。ミカン程の大きさがある肉が何個も刺さっている。
独特の風味を持つ肉と甘いタレが絶妙の味わい。食べ応え十分である。
「噂通りですね」
エセルの言葉に、俺は鳥肉を頬張りながら頷く。
あの屋台が割高でも人気がある理由、それは味とボリュームなのだ。それにしても売上の半分を教会に取られながら、よくこのクオリティーを提供できるものだな。感心する。
「リックは食いしん坊ですね」
「ふぉぅか」
育ち盛りの男の子だからな。
そんな俺を微笑ましく見るエセル。
「あらっ?」
何かに気が付くエセル。
「リックたら頬っぺたにタレが付いていますよ」
そう言いながらエセルは人差し指で俺の頬を触ると、舌をペロッと出してその指を舐める
「このタレ、美味しいですね…………リック、顔を赤くしてどうしましたか?」
破壊力抜群の不意打ちだよ。
エセルの天然は最強だ。
俺の心臓はドキドキしたのであった。
食事後、俺とエセルは散策したり、キャッチボールをしたりして楽しい時間を過ごした。
いつしか、公園を出て、木が一本立っている小高い丘に辿り着いていた。
「夕陽が綺麗ですね」
「本当だな」
遠くの山々の向こうに太陽が見える。沈むにはもう少し時間がありそうだが、もう夕方である。
「そういえば、ここで揚げパンとリンゴを落としたんだよな」
それが縁で俺は小人のアーちゃんとシーちゃんと出会った。それが無ければ地下空間での展開も違っていたかもしれない。世の中、分からないものだ。
「小人さん達元気でしょうか」
「可愛らしく見えても逞しいからな。きっと元気にしているだろう」
俺達が地下空間から帰還した後、ピーター父さんは洞窟神殿へ調査隊を派遣した。
しかし、件の女神像はどこを触っても何も起きず、俺達が行った地下空間へも行く事が出来なったそうだ。
あの時の出来事、白いローブの人物ソランジュの件も含め、俺は全部父さんに説明した。
いつもなら「ひっひっひ」と笑う人だが、その時は笑うことなく終始真剣な顔でただ一言「そうか」と発しただけであった。
転生してから生まれ育ったウォーカー男爵領。
王国の辺境にある長閑な田舎。
しかし、今は平和でも、俺が知らない所で陰謀が渦巻いているのかもしれない。
これからどうなるのだろうか。
「リック、考え事ですか」
エセルが俺の顔を覗き込む。
「少しボーっとしていた」
「せっかくのデートです。考え事していたら駄目ですよ」
「すまない」
「リックはこれまでも様々な困難を乗り越えてきました。大丈夫ですよ」
相変わらず俺が何を考えている事を見抜くのが上手い。
「いつも言っているが、過大評価するな。俺は大した人間ではない」
「そんな事はありません。リックは凄い人です。地下空間の時だって、リックが皆をまとめてくれたから上手くいきました」
「そうか?」
「そうです。それにリックは一人ではありません。エセルもいます。エセルだけでは力不足ならシェリーもいますし、オリーヴ様やマーカス様もいます。皆で力を合わせれば、何とかなります」
エセルの表情は自信満々だ。
心の底から俺、仲間たちの事を信頼している。
夕陽に照らされている事も相まって、彼女は輝かしく、そして美しい。
「だから一人で悩まないで」
そう言ってエセルは笑顔を見せる。とても優しい笑顔。
俺はエセルが愛おしくなる。
「エセル……」
俺はエセルを抱きしめる。
「リック……」
エセルも俺を抱きしめる。
俺は顔をエセルに近づける。
潤んだ瞳がとても美しい。
しばしの間、見つめ合う瞳と瞳。
エセルは目を閉じ、俺も目を閉じる。
重なり合う唇と唇。
柔らかい感触が伝わる。
そして俺の口の中には、唇よりも硬く歯よりも柔らかい何かが絡んでくる。
俺もそれに合わせて絡ませ、絡み合う。
それはお互いの存在と愛情を確かめ合う為の儀式であった。
陽が沈むまで俺とエセルは抱きしめ続け、互いを確かめ合ったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
次話より新展開に入る予定ですが、現在構想を練っている最中の為、更新日は未定です。
18日水曜日に更新できるように努力いたします。
これからもよろしくお願いします。




