第43話 足手まとい
前回までのあらすじ
リックは、シェリーから謎の黒い生物は吸血ゲルという凶悪な生物であると教えられる。
その一方、貴重な光源であったランタンの油が残りわずかだとエセルから告げられる。
なんとか、ランタンの明かりが灯っている間に出口を見つけようとするリック達であったが、その矢先、リックは全身に痛みが走り、うずくまってしまう。
体の全身、至る所に痛みが走る。
原因は黒い生物、吸血ゲルに咬まれたからに違いない。
遅効性の毒が全身に回ったのだろうか。
それとも二度咬まれたことで、スズメバチに刺される時によくあるアナフィラキシーショックというアレルギー反応を起こしてしまったのだろうか。
ただ、全身が痛いと言っても、何故か首から上、頭は全く痛くない。
それだけは救いである。
「リック様、お体は如何ですか」
エセルが心配している。
「大丈夫だ。俺よりもエセルは大丈夫なのか」
「俺よりもエセルは大丈夫なのか」
「はい。大丈夫です。メイドはいつも屋敷で重たい物を持ち運んでいるので、リック様を背負う程度、何でもありません」
そう。俺は今、エセルに背負って貰っている。
俺だって自力で歩こうと思った。
だけど、足が痛くて歩く事もままならなかった。
最初はマーカスが背負うつもりだったのだが、吸血ゲルの襲撃が懸念される中、剣の使い手であるマーカスの行動を封じるのは駄目だとエセルが言い出し、結果彼女が俺を背負う事になった。
「エセル、苦労を掛けてすまないな」
「それは言わない約束です。リック様」
さて、俺達は通路を進んでいるが、隊列は先頭からマーカス、シェリー、エセル、オリーヴ義姉さんの順番だ。
マーカスは剣をオリーヴ義姉さんは槍を構えて吸血ゲルの警戒に当たっている。
エセルは動けない俺を背負っているのは既報の通り。
そして、何気に大変なのはシェリーだ。
彼女は片手にランタンを持ち、片手にティム君を抱いている。
オリーヴ義姉さんが用意していた抱っこ紐を使っているので、少しは負担が軽くなってはいるが、両手が塞がっている状態である事には変わりない。
ちなみにティム君は現在、スヤスヤと眠っている。
それにしても情けない。
陰鬱な気持ちになる。
完全な足手まといだ。今の俺は存在するだけで、皆の負担になっている。
「俺を置いて先に行け」
そう言いたいが、言う事は出来なかった。
理由は簡単。怖いからだ。
痛くて満足に動かせない体、光が届かない暗闇の中で一人待っている姿を想像したら、得も言われぬ恐怖を感じてしまったのだ。
そう思うとシェリーは凄い。
町を燃やした大火災の時、炎に囲まれて絶体絶命の状況下で、自らが残ると申し出た。
表情に出してはいなかったが、救助を待っている間、彼女の恐怖は如何程であっただろう。
勇気あるシェリーに対して、俺のなんと臆病な男か。
「リック様」
エセルが話しかけて来る。
「リック様はエセルが知らない知識をたくさんお持ちです。優れた決断力もお持ちです。これからリック様の力が必要になる時が必ず来ます」
彼女は俺にしか聞こえない程度の大きさで話し続ける。
「リック様がおられたからエセルはこれまでお屋敷で頑張れました。リック様が近くにいない生活なんて、エセルには怖くて想像できません。きっと心が折れてしまいます。どうか、足手まといなんて思われないで下さい」
背負って貰っているから彼女の表情は見えない。
ただその声は、上辺だけではなく、本心から出ている言葉であると俺には分かる。
「ありがとう」
エセルの言葉に俺は幾分か救われた気持ちになる。
「それにしても俺が何を考えていたのか分かったな」
声には出していなかったはずだぞ。
「リック様のお考えは、エセルにはお見通しです」
自信満々に答えるエセル。
俺はちょっとだけ力を込め、エセルを抱きしめた。
俺達は探索を続けた。
途中、何回か吸血ゲルにも遭遇した。
あの部屋のように大群に囲まれるような事は無かったが、だいたい10~20体で群れを成していた。
俺達を見つけると襲い掛かってきたが、その都度、マーカスやオリーヴ義姉さんが倒した。
二人とも凄い腕前だ。
吸血ゲルはRPG風に例えれば、HPや防御力は低いが、素早さと攻撃力は高い、しかも集団で襲い掛かって来るモンスターだ。
俺だったら間違いなく吸血ゲルに数カ所は咬まれるだろう。
だが、二人は一度も咬まれる事無く、いとも簡単に倒している。
オリーヴ義姉さんの強さは以前ゾンビとの戦いを見ているので知っていたが、マーカスがここまで強いのは意外だった。
この二人がいる事は幸いだった。
しかし、探索は捗らなかった。
俺を背負っているエセルの疲労が大きいので、休憩を多く取らざるを得なかった事。
複雑な迷路になっている事。
明かりは有っても周囲は暗いので遠くまで見通せない事。
吸血ゲルを警戒して慎重に進んだ事
こうした原因が重なり、出口の手掛かりはなかなか見つからなかった。
もしかしたら、吸血ゲルの大群に出くわしたあの部屋、俺は戻る事を選択したが前へ進む方が正解だったのでは、そんな事を思い始めた頃だった。
「もうすぐ油が無くなるよ」
シェリーの言葉に、俺は死刑宣告を受けた罪人のような気分になった。
万事休すか。
「主さん、どうする」
俺がこんな状態でもシェリーは俺に判断を委ねてくれる。
それは嬉しかった。
何もできない分、少しでも皆が助かる可能性が高い決断をしよう。
「例の場所へ行こう」
ランタンの燃料が無くなる事を見越して、俺達は比較的安全な場所を見つけていた。
それが例の場所だ。
俺とオリーヴ義姉さんとティム君がマーカス達と合流する前にいた部屋と似ている。
広さは畳八畳程度、三方が壁で、出入口となる通路が一つだけの場所だ。
真っ暗で視界が効かなくなる事は不安ではあるが、これなら吸血ゲルへの警戒は一カ所だけに注力できるし、囲まれる危険も少ない。
最後の輝きを放つランタン。
俺達は暗くなる時に備えて、準備を行う。
「リック様、お体の具合は如何ですか」
「大丈夫だ。ありがとう」
俺は床に座り、壁にもたれかかる。
痛いので、本当は横になりたいが、緊急時に少しでも立ち上がりやすいようにする為だ。
「エセル。ありがとう」
「どういたしまして!」
エセルは俺に最高の笑顔を見せてくれる。
俺の瞼に焼き付く彼女の姿。
次の瞬間、俺の瞳には暗転した空間が映る。
ランタンの油が無くなったのだ。
これから先は忍耐との勝負だ。救助が来るのを信じて待つしかない。
オギャー オギャー オギャー
暗闇に驚いたのか。
ティム君が泣き出す。
「よしよし。ティム、大丈夫よ。怖くないわ」
オリーヴ義姉さんが赤ちゃんをあやす。
そういえば、俺がオリーヴ義姉さんと合流できたのも、マーカス達と合流できたのも全てティム君の泣き声のおかげだな。
彼が泣き声を頼りにみんな集まって来た。
神様お願いです。どうか俺達を助けてください。
俺が前世で死んだ時に出会った青年の顔を思い浮かべながら祈りを捧げる。
神に祈るなんて柄でもない。この世界に転生してから初めてかもしれないな。
オギャー オギャー オギャー
いつにも増して激しく泣くティム君。
間違っても吸血ゲルを呼び寄せないでくれよ。
そんな風に思っていた時だった。
「泣き声が聞こえたから来てみたら人間がいるよぉ」
「本当だ。人間だぁ」
暗闇の緊迫した状況には似つかない、のんびりした声が聞こえる。
俺には聞き覚えがある。まさか………。
「暗くて見えないから明かりをつけようかぁ」
「そうだねぇ」
漆黒の闇に覆われた空間が明るくなる。
俺達の目の前には二人の小人がいた。
オリーヴ義姉さんの手作り弁当と引き換えに石を食べられる魔法を授けてくれた男の子と女の子の小人達だ。
俺は意外な場所で彼らと再会したのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
今日は新しい総理大臣が誕生します。日本が良くなることを願っています。
皆様もご多幸ありますように。
「転生者リックの異世界人生」はこれからも続きますので。今後ともよろしくお願いします。




