第42話 黒い生物の正体
前回のあらすじ
謎の黒い生物に囲まれてしまったリック達。
マーカスやオリーヴの活躍、そしてシェリーの機転で包囲網からの脱出に成功するが、リックは黒い生物から左肩を咬まれてしまった。
俺達は走り続けた。
「もう大丈夫のようですぞ」
どれくらい経ったのだろう。
マーカスの言葉に俺達は足を止める。
様子を伺うが、黒い生物が追ってきている気配はない。
「助かった」
誰かが呟く。俺も同感だ。
俺達はあの窮地から脱出する事が出来たのだ。
「ふぅ~」
俺は大きな息をつき、その場に座り込む。
エセルやシェリーも同様に座り込む。
これまでの疲れが一気に出たのだ。
オリーヴ義姉さんやマーカスは周囲を警戒はしているが、安堵している様子は伺われる。
俺は水筒の栓を開け、水を一口飲む。
「リック様、お怪我は大丈夫ですか」
心配そうにするエセル。
さっき黒い生物に咬まれた左肩の辺りは弱いながらも痛みが残っている。
「傷口見せて貰っても良いかな」
俺は抱いていたティム君をオリーヴ義姉さんに返し、上衣を脱ぐ。
咬まれた場所をシェリーに見せる。
女の子に裸を見せるのは少し恥ずかしいが、咬まれたのは左肩の後ろ、つまり自分では見られない。
誰かに傷口を見てもらう必要はあるので仕方がない。
「赤く腫れているね」
「咬まれた跡もありますね」
シェリーとエセルの説明を聞くに、咬まれた左手と同じ症状だという。
不意に左肩に冷たさを感じる。
何事かと思ったらシェリーが傷口に水筒の水を掛けている。
「貴重な水を使って勿体ないな」
俺達の水源は水筒に入っている水しかない。
救助されるまでに時間が掛かるかもしれない。
だからこそ、水は大切に扱う必要がある。
「主さんの傷は、そんな事を言えるような傷じゃないよ」
酷い症状らしい。
シェリー曰く、本当はもっと大量の流水で傷口を洗い流ししたいらしい。
「それにしても何故、シェリーは黒い生物は火が嫌いって知っていたんだ」
貴重なランタンは一個減ったが、あのおかげで全員があの場から逃げられたのは間違いない。
「あの黒い生物はね、吸血ゲルという生き物なんだ」
血を吸うゲル状生物。分かりやすい名前だな。
この世界の言語体系は不明だが、地球の言葉では、ゲルはドイツ語、英語にするとジェルと言われる。ゼリーや蒟蒻なんかは代表的なゲル状の生物だ。
「集団で生活していて、口から生えている牙で標的の血を吸い、栄養を採っているんだ」
蛭みたいな生き物だ。
ただ、蛭はバッタみたいなジャンプはしないし、集団で人を襲う事はない。
「火が嫌いなのは見ての通りかな。それから、吸血ゲルには女王ゲルと働きゲルがいるんだ」
「蟻や蜂みたいだな」
「そうだね。うち達がさっき遭遇したのは働きゲル。人など動物の血を吸って自身の栄養にするけど、吸った血の一部は女王ゲルに渡すんだ。そして女王ゲルはもらった血を栄養にして働きゲルをどんどん産んでいくんだよ」
シェリーの説明を聞くと、吸血ゲルは蛭、バッタ、蟻や蜂の特徴を掛け合わせた生物という事か。
厄介な生物だな。
「しかしながら、このマーカス、長く生きておりますが、吸血ゲルなる存在を知りませんでしたぞ」
マーカスも知らなかったのか。オリーヴ義姉さんやエセルも知らなかった様子だ。もちろん俺も知らなかった。
「吸血ゲルが生息しているのは、毎日汗が出るくらい暑くて、雨がたくさん降る、森の中。ロイレア王国から遠い異国に生息している生き物なんだ。ここは空気が乾燥しているし、冬は寒いから生き延びるのは難しいはずなんだけどね」
地球ならアマゾン川流域の熱帯雨林に生息するような生物なのか。
「少なくても、ここウォーカー男爵領には最近までいなかった存在ですな。あれだけの凶悪な生物、いたら領内で被害が出ているはずですからな」
マーカスの言う通りだよな。存在しないから知らない。それが一番納得できる理由だと思う。
ただ、そんな生物が何故ここにいるのかが疑問になる。
地球でも本来生息していた地域から、突然遠く離れた地域に生息する事例は多くある。
外来種と呼ばれていて、日本だと、家畜の飼料用としてヨーロッパから輸入されて野生化したクローバー、スポーツフィッシングの目的で輸入されて湖に放流されたブラックバスなどがある。
これらのように何らかの目的があって人為的に運ばれる例、又は船や飛行機の積み荷に紛れ込む例が、外来種の主たる理由だろう。。
この世界では21世紀の地球のように交通手段は発達していない。船は帆船だし、馬車が陸上交通の主役だ。だから後者のような理由は考えられない。
そうなると、前者の理由。つまり何らかの目的で人為的に運ばれた事になる。
誰が何のために?
考えても分からない。
厄介な問題だ。
「ところで、シェリーは異国の生き物をどうやって知ったんだ」
インターネットでの検索なんか当然無い、情報を得る手段が乏しい世界だ。
遠い異国の生物を知っているだけでも凄いと言える。
「それは乙女の秘密かな」
シェリーは人差し指を唇に当ててウインクする。
「人には秘密にしたい事が、一つや二つくらい有るからな」
今ここで問い詰めて聞く事でもないだろう。
「主さんは優しいね」
いつの日か、彼女が話す時が来る事を待つとしよう。
この地下神殿に来てから謎ばっかりだ。
謎が全て解ける時が来るのだろうか。
「ところで、皆様に悪いお知らせがあります」
吸血ゲルについての話が一区切りついた所を見計らって、エセルが発言する。
「どうしたんだ」
悪いという単語を聞いてドキッとする。
少しでも悪くない内容でありますように。
「ランタンの油が残り少ないです」
なんだと!
最悪の内容だった。
真っ暗闇に戻るのは嫌だ。
「どれくらい持ちそうなんだ」
「油の残量が五分の一くらいまで減っています。このランタン、普段ですと満タンだと夕暮れの鐘が鳴る頃から夜明けの鐘が鳴る頃まで燃え続けます」
地球の時間で例えるなら、日暮れの鐘は18時頃、夜明けの鐘は4時頃だ。
算数の問題だな。満タンなら10時間燃え続ける。その5分の1だから……10÷5=2……残り2時間か。
ランタンに火を灯したのは、ピーター父さんやポール兄さん達と一緒に洞窟神殿に入った時だろう。あれから8時間が経過しているのも驚きだが、残された時間がとても厳しく感じる。
2時間という時間。
サッカーの試合であればアディショナルタイムを含めても成立する時間だ。
新幹線に乗れば新大阪駅から新山口駅までの約430kmを移動出来る時間だ。
居酒屋へ行けば標準的な飲み放題の時間だ。
色々な事が実行できる規模の時間であろう。
だが、ここでの探索となると短い時間だ。
果たしてその間に出口が見つかるのだろうか。
俺達は肉体的にも精神的にも疲れている。
朝早くの起床と長時間の移動。
複雑な迷路の探索。
吸血ゲルという凶悪な生物の存在。
そこに加えて制限時間か。
きついな。
皆の表情も暗く感じる。
どうしたらいい……
「今が踏ん張りどころだ。みんな頑張ろう」
俺は立ち上がる。
今は弱音を吐いても何も変わらない。
出口が見つかる可能性を信じて行動するしかない。
オリーヴ義姉さんもマーカスもエセルもシェリーも立ち上がる。
「出発するぞ!」
俺は努めて明るく元気良く声を出す。
少しは皆の意欲が湧いただろうか
力強い返事が返って来る。
俺達は歩き出す。
その時だった。
不意に痛みを感じる。
左手や左肩、吸血ゲルに咬まれた所が強く痛み出したのだ。
「リック様?」
俺の異変にエセルが気付くが、俺は「何でもない」と言って彼女を制する。
今は俺の事に構っている時間はない。
俺は平静を装う。
しかし、痛みは治まるどころか強くなっていく。
左手と左肩だけだった痛みが、両腕、胸、背中、下腹部へ次々に広がっていく。
まさか吸血ゲルの毒が回ったのか?
それでも俺は頑張って歩こうとしたが、限界であった。
堪らず俺は膝から崩れ落ちる。
「リック君!」
「リック様!」
「主さん!」
「若様!」
皆が俺を呼ぶが立ち上がれない。
オギャー オギャー
蹲る中、ティム君の泣き声が妙に鮮明に聞こえたのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




