第40話 のぞみ ひかり こだま
前話までのあらすじ
洞窟神殿でみんなとはぐれたリック。明かりも無い暗闇の中で彼はオリーヴとティムと合流。
リックの感情が暴走しそうな場面もあったが、事無き事を得る。
三人で救助を待つことにした。
光が届かない暗闇の中で待ち続けるのは精神的につらい。
オリーヴ義姉さんとティム君と合流できた事は心強いが、状況が好転したわけではない。
視覚による情報が入らない。
得体知れない生物が近くにいて襲ってくるかもしれない。
飲み水が足りるのか。
本当に救助が来るのか。
不安ばかりが思い浮かぶ。
「大丈夫よ。きっと助けは来るわ」
オリーヴ義姉さんは俺に向かって言っているが、同時に自分自身にも言い聞かせているのだろう。
完全に危険な状況になったら『超人』の力を使おうとは思っているが、何も見えない中だと効果は薄い気がする。
「あらっ?」
オリーヴ義姉さんが何かに気付いたらしい。
「どうした」
「あそこ明るくないかしら」
あそこがどこだか分からないが、辺りを見渡しても暗いままだ。
「オギャー、オギャー、オギャー」
ティム君が泣き出す。
彼は泣き続ける間に、俺の目にもかすかな光が見え、それは少しずつ明るくなる。
「誰かおりますか」
光と共に元兵士隊長、白髪頭のマーカスの顔が見える。
彼が現れたのは壁の向こう側。
魔法を掛けて俺とオリーヴ義姉さんは壁の一部を食べて腹ごしらえをしたが、その時に壁を貫通させていたらしい。
「オリーヴ様、若様、ティム様、よくぞ御無事で!」
マーカスは感極まっている。
「マーカスも無事で良かった」
俺が声を掛けると、別の声が聞こえる。
「主さん、うちもいるよ」
「リック様、エセルもおります」
なんと、シェリーとエセルも一緒だった。
三人は穴が空いている壁を通って俺達の元へ来る。
「みんな無事で良かった」
俺達は手を握り合って互いの無事を喜び合う。
「洞窟神殿の床が沈んで離れ離れになったんだよ」
マーカス、エセル、シェリーもあの時、離れ離れになってしまったそうだ。
ただ、マーカスとエセルはランタンを持っていたので、早々に合流する事が出来たそうだ。
「明かりを貸してくれ」
俺はエセルからランタンを借りて周囲を照らしてみる。
俺達がいる空間は食べて空けた穴を除けば出入口が一カ所だけで、あとは石造りの壁に囲まれた部屋の様な場所らしい。
部屋の広さは畳六畳程度だろう。
俺達以外に生物の姿は見えない。得体の知れない物体に襲われる心配は今のところ無さそうだ。
オリーヴ義姉さんの美しい顔とティム君の可愛らしい顔も見えるようになる。
「光って素晴らしいな」
俺の言葉にオリーヴ義姉さんも同意する。
「光が有ると希望も湧いてくるわね」
『ひかり』に『のぞみ』か。これで『こだま』があれば東海道新幹線だ。
………木霊か。
俺は両手を合わせて力強く柏手を打つ。
パンッパンッと乾いた音がする。
続いて、足踏みをしてみる。力強く。
……なるほど。思った通りだ。
「リック君?」
オリーヴ義姉さんをはじめ皆は驚いた表情をしている。
そうだろう。突然だったからな。何事か!と思って当然だ。
「オリーヴ義姉さん、こういう場所って、音が反響しないか」
「響くわよね。子供の頃、家の地下室で面白がって声を出していたわ」
俺も前世、トンネルや線路のガード下で同じことをしていた記憶がある。
「だけど、ここは音が反響しないんだ」
そう。壁も天井も床も石で覆われている上に広くない空間。
柏手を打った音も反響するはずだが、していない。
硬い床であれば足踏みつれば靴の踵の音がコツコツと聞こえるはずだが、柔らかい絨毯の上を歩いているかのように音がしない。
本来であれば、マーカス達の足音が聞こえてもおかしくないはずなのに、近づくまで全く気が付かなかった。
「もしかしたら音が吸収されるような作りなのか」
日本の学校の音楽室にある穴だらけの壁のように吸音する仕組みがあるのかもしれない。
ただ、音楽室と比べて吸音能力が異常に高いが。
「それで、なかなか他の人を見つけることが出来なかったのですな」
マーカスは合点している。
ティム君の泣き声も吸音されていたのだろうが、それを差し引いても音が伝わったのだろう。
流石は赤ちゃんの泣き声。
ちなみに木霊という言葉、山で出した大声が遅れて返って来る山彦は、木の精霊の仕業であると考えられた事から、音が反響するという意味を持った言葉となっている。
さらにどうでもいい話題だが、新幹線『こだま』の愛称の由来は、木霊のように出掛けてもすぐに帰って来られるという意味合いらしい。新幹線にピッタリのスピード感ある愛称だ。21世紀の今日であれば東京から大阪まで片道2時間半で行けるが、60年以上前、新幹線が開通するまでは特急列車でも6時間半掛かった。中央リニアが開通すれば東京と大阪の移動時間はもっと短くなる。技術の進歩とは本当に素晴らしい。
「だけど、音を吸収するなんて、うちは初めて見たよ」
シェリーの言う通り、吸音する建物は、この世界では初めて見た。
それに見た限り、どのような仕組みで吸音されているのかが分からない。
石そのものが吸音材なのだろうか。
謎だ。
「とりあえず、音については置いといて、脱出することを考えるか」
謎ではあるが、ここで考えても答えは出なさそうだ。
自分自身で疑問を振っておきながらではあるが、必要な事から先に解決した方が良いだろう。
「具体的にどうされますかな」
マーカスの言葉に俺は少しばかり思案する。
「地道に探索して出口を見つけるしかないだろう」
救助を待つという選択肢も残ってはいるが、明かりが有って視界も確保できたので、動き回っても大丈夫だろう。
俺の考えに反対をする者もいない。
こうして俺達は謎の地下空間を探索する事になった。
通路の幅は広くないので、先頭はマーカス、その後ろがオリーヴ義姉さんとティム君親子とシェリー、最後尾は俺とエセルという隊列を組み進んでいる。
光源となるランタンはマーカスとエセルが持っている。
まるでRPGのダンジョンみたいだ。
通路を歩きながら俺は思う。
RPGのダンジョンと言えば罠が付き物だが、ここまでは罠の類は見つかっていない。
ただ、通路の分岐点はたくさんある。
「分かれ道ばっかりで迷子になりそうだね」
シェリーの懸念の通り、同じ場所を二回通っても分からなそうだ。
筆記用具でもあれば壁や床に目印でも書けたのだろうが、残念ながら誰も持っていなかった。
そこで俺は魔法を掛けた壁の食べ残しを細かくちぎって床に撒いた。
これなら一度通った事が分かるし、仮に救助が来た時の目印にもなる。
地下だからヘンゼルとグレーテルみたいに鳥に食べられる心配も無いだろう。
「リック様、その手、どうされたのですか?」
俺の隣を歩いていたエセルが俺の左手を見て驚いている。
何事かと思ったが、暗闇の中で彷徨っていた時に、左手を腐った蒟蒻みたいな得体の知れない物体に何かされたことを思い出す。
痛みはほぼ治まっているが、左手を見ると赤く腫れ、その中心部に小さな傷がある。
どうやら咬まれたらしい。
俺はその時の事を説明する。
「放っておいて大丈夫ですか」
エセルは心配しているが、薬は無いし、傷口を洗う綺麗な水は貴重品だ。
早く脱出して、医者に診察してもらう方が最良だ。
「エセル達は得体の知れない物体を見なかったのか」
俺の質問にエセルもシェリーもマーカスもオリーヴ義姉さんも「見なかった」と返事が来る。
「そうか。しかし、俺が咬まれたのは事実だから気をつけないとな」
こうして俺達は慎重に進んだ。
真っ直ぐ進んで、右に曲がり、左に曲がって、また左に曲がる。
「この先、開けた場所がありますな」
先頭を歩くマーカスがそう告げる。
ダンジョン内の開けた場所に何かが有るのはRPGのお約束だ。
外へ出られる転移装置とかセーブポイントとか有ると良いな。
ゲームではなくて現実だから、そんな物は存在しないか。
そんな妄想をしながら開けた場所に入る。
さっき俺達が救助を待っていた部屋よりも広そうだ
「マーカスさん、突然立ち止まってどうしたのかな?」
シェリーの言葉の通り、部屋に入って中ほどでマーカスは立ち止まる。
しかし、彼は返事をせずに前を見たままだ。
「どうした」
俺もマーカスの視線を追う。
「!?」
俺は自分の目を疑った。
大きさは500mlのペットボトル程だろうか。
全身は黒く、ゴキブリのような光沢をしている。
目は無いが、口からは吸血鬼のような鋭い牙が生えている。
それが毛虫のようにウネウネと動いている。
生理的嫌悪感が溢れる、即ちグロい生物がそこにいる。
それでも一匹だけならまだ我慢できただろう。
床、壁、天井にひしめいている。
その数、一、二、三、四、五……………たくさんだ!
無数いる黒い生物。
「リック様!」
切迫したエセルの声。
いつの間に移動したのだろうか。
俺達の後ろにまで黒い生物がいた。今来た入口を塞ぐように。
俺達は囲まれてしまった。
読んで頂いてありがとうございます。
毎日毎日暑い日が続きますが、お体には気をつけて下さい。
これからもよろしくお願いします。




