第36話 目的地
至福の時間。
辛抱の時間。
生温い時間。
馬車という密室でエセルとシェリーの美少女二人に囲まれた時間。
それは俺にとって一言では表せない。
様々な感情が混じり合う複雑な時間であった。
さて、出発があれば到着がある。
朝日と共に出発した馬車はようやく目的地に到着した。
山の中。
少し開けてはいるが、それ以外は木々があるだけ。
何の変哲もない、ウォーカー男爵領であれば、どこでも見られる山中の風景だ。
「ひっひっひ。これから歩くんだよ」
ここから先、馬車は乗り入れできないらしい。
そういえば、前世でも神社仏閣に参拝した時があったが、駐車場から本殿や本堂まで長い距離を歩いた記憶がある。
ここはどれくらい歩くのだろう。
「ひっひっひ。目的地はすぐ近くだ。行くぞ」
ピーター父さんの先導で山道に足を踏み入れる。
馬車と御者たちはここで留守番。
残りの人達は、父さんに付いて行く。
山道は所々に石が敷かれ階段になっているが、急な傾斜になっている場所も多く険しい。
「ふー」
「リック様、大丈夫ですか」
エセルがタオルを渡してくれる。
俺はそのタオルで汗をふく。
「ありがとう。エセルは大丈夫か」
「はい。山歩きの経験はありませんが、体力には自信がありますので」
俺とエセルは隊列の真ん中辺りにいる。
俺達の後ろにはポール兄さんやシェリー、数名のメイドが少し遅れてついて来ているが、疲れた顔をしている。
一方のピーター父さんや白髪頭の元兵士隊長マーカス、オリーヴ義姉さんは俺達の前を進んでいる。
特に凄いのはオリーヴ義姉さんだ。
抱っこ紐で愛息ティム君を抱きながら軽快に歩いている。
最初はメイドがティム君を抱いていたが、そのメイドが慣れない山道で疲れてしまったので、見かねたオリーヴ義姉さんが抱くことになったのだが、すごい体力だ。
子供の頃、母親であるカミラさんと一緒に雪中行軍をしたという噂を聞いたことがあるが、この姿を見ると本当のようだ。
「ひっひっひ。到着だ。皆頑張ったな」
ようやく着いたらしい。
目の前には切り立った崖が見える。
上を見上げると、建物三階分くらいはあるだろうか。
壁面には蔦が茂っているが、ここを登るのは厳しそうだ。
その崖の手前には古びた木造の小屋が一棟、そして泉がある。
泉は小さいが、綺麗な水が湧き出ているようで、底まではっきり見えるくらい透明だ。
神秘的な美しさも感じられる。
「この泉が目的地なのか」
この泉で儀式を行うなら納得できる。
「ひっひっひ。残念だが違う。目的地はもう少しだけ先だ。せっかくだから、この泉の水を飲んでいくか。美味しいぞ」
エセルからコップを貰い、泉の水をすくって飲む。
冷たい水が山登りで火照った体の随所に染み渡る。
美味しい。
そしてどこか懐かしい味がする。
「ピーター様、お待たせいたしました」
いつの間に入ったのか、マーカスが小屋から出て来る。
彼は鉈やら柄の長い熊手やら抱えている。
「皆様方もご協力頼みますぞ」
そう言って、マーカスは父さん、兄さん、俺にも鉈や熊手を渡す。
勝手が知っているピーター父さんは鉈を受け取ると崖の方へ歩く。
「ひっひっひ。それじゃあ、やるか」
そう言うと父さんは崖の壁面に生い茂っている蔦や雑草に向かって鉈を振るう。
ブチブチブチブチ
草がちぎれる音が聞こえる。
「見ていないで、草を刈るのを手伝ってくれ」
兄さんと俺も慌てて父さんの所へ行き、熊手や鉈で草を刈っていく。
しばらくすると、蔦や雑草が生い茂っていた壁面に穴が見つかる。
のぞくと奥深くに続いている。
どうやら洞窟のようだ
「ひっひっひ。いくぞ」
いつの間に用意したのか。明かりが灯ったランタンを持った父さんが洞窟の中に入っていく。
「父上、お待ちください」
「ティム、一緒に行きましょう」
兄さん、オリーヴ義姉さん、ティム君も洞窟の中へ入っていく。
俺も後に続いて中に入る。
洞窟は人が一人入れる程度の幅はある。
高さもあるが、飛び跳ねると頭をぶつけそうだ。
壁や天井は凹凸が激しい。
その姿は地下水が悠久の時を掛けて浸食した鍾乳洞を想像させる。
「この洞窟、歩きやすいよね。誰かが床を整備してくれたのかな」
俺の後ろを歩くシェリーが小声で言う。
言われてみるとその通りだ。
今は道路を歩いている様な感覚だ。
むしろ、ここへ来るまでの山道の方が険しかった。
「エセル、明かりを床に近づけてくれないか」
俺の前を歩くエセルに指示する。
彼女は歩みを止め、持っているランタンを床に近づける。
「これは煉瓦かな」
シェリーが言う通り床には煉瓦が敷き詰められ、石畳になっている。
「それで床が平になっているのですね。人里離れた山奥の洞窟にこれほど手を加えるとは凄いですね」
エセルが感心している。
あの険しい山道、大量の煉瓦を運ぶだけでも大変だったと思う。
「相当な労力を掛けた場所でする儀式。いったい何をするのかな。ワクワクするね」
シェリーは興奮している。
おそらく、俺はここへ来るのは2回目なのだろう。
最初は俺が産まれた時、ティム君と同じく、俺自身が儀式を受ける為だ。
俺は、前世の記憶を持っている副産物なのか、母親の胎内にいた時以降の記憶を持っている。
ただ、ここへ来た時の事を覚えていない。
何か切っ掛けがあれば思い出すのだろうが。
「皆さまがいらっしゃいます」
再び歩き出し、少ししてからの事、前を歩いているエセルが言う。
「「「おおっ!」」」
俺、エセル、シェリーは三人揃って驚きの声をあげる。
皆がいた場所、そこは広い空間だった。
ただ広いだけではない。
大理石が敷き詰められた床。
そこには石柱が二列、奥へ向かって立ち並ぶ。
そして、奥には女性の像が鎮座。
その姿はまるで荘厳な神殿だ。
「ひっひっひ。ようこそ。ここが目的地だ」
ピーター父さんの声が洞窟の神殿の中で響き渡ったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
長い梅雨もようやく明けて暑い日々が続きそうですが、お身体大切にお過ごしください。
これからもよろしくお願いします。




