第33話 訪問客
ポール兄さんとオリーヴ義姉さんの子供ティム君が誕生で、マイエット子爵の訪問は予想していた。
しかし、これを皮切りに、ティム君の誕生を祝う客が次々と来訪してきた。
これは予想外だった。
「ひっひっひ。ウォーカー男爵家も名前が売れたみたいだな」
ピーター父さんはそう言っていたが、考えてみるとティム君は長男ポール兄さんの長男、つまりウォーカー男爵家の将来の当主候補になる。
これを機会にウォーカー男爵家に近づこうと思っている人間も多いのだろう。
そんな人達といちいち会っていたら、産後疲れのオリーヴ義姉さんと産まれたばかりのティム君の体がもたない。
マイエット子爵みたいに彼女達と本当に親しい間柄の人達を除いて、来訪者の応対はピーター父さん、ポール兄さん、俺の男達が対応する事になった。
そんな中、俺宛に珍客がやって来たのは、ティム君が産まれてから一ヶ月程経ってからの事だった。
「やあ久し振りだね!二男坊」
丸太よりも太い手足と超厚化粧のおばさん。
メタボマン伯爵夫人のマーガレットさんだ。
伯爵本人は来ていないが、従者として髪を七三分けにした中年男性、通称七三分け男も一緒だ。
「お久しぶりです。伯爵夫人。兄の結婚式以来ですね」
「いいよ、いいよ。そんなに堅苦しくしなくても」
そう言って豪快に笑うマーガレットさん。
この人も貴族としては型破りなのだろうな。
「長男坊の赤ん坊が産まれたんだろ。今日はお祝いを持ってきたんだ、ほら、出しな」
マーガレットさんに促されて七三分け男は木箱を取り出す。
枕と同じくらいの大きさの木箱、その表面は木や花など森の中を連想させるようなデザインで彫られている。見事な出来栄えだ。
「開けてみな」
マーガレットさんに言われて、俺は木箱の蓋を開ける。
中には木彫りの馬が入っていた。
本物を髣髴させるような精巧なつくりだが、足の部分にはそれぞれ車輪が付いている。
「転がしてみな」
マーガレットさんに言われて俺は、木彫りの馬をテーブルの上で動かしてみる。
カラコロ カラコロ
動きと共に軽快なリズム音を出す。
「赤ん坊の玩具だ」
そう言ってマーガレットさんはニヤリと笑う。
ティム君がもう少し大きくならないと遊べないが、その時が来たら、これは喜んで遊ぶだろうな。
「マーガレット夫人、ありがとうございます」
素敵な物を頂いたな。俺は心から感謝を述べる。
それにしてみ見事な作品だ。
箱や馬の彫刻にしても、車輪と連動して音を出す仕組みにしても、そんじょそこらの職人では作れない代物だ。
そうとう高度な腕前の職人でなければ作れないのは、素人の俺でも分かる。
「ふふ。喜んでもらえて何よりだ」
そんな俺の様子を見て、マーガレットさんも嬉しそうな顔をしている。
「伯爵領で腕利きの職人に作らせたんだよ……と言いたいんだけどね。実は、ある商人が用意してくれたんだ」
「ある商人?」
俺が聞き返すと、マーガレットさんは両手をたたく、まるで力士が柏手を打っているような音だ。
「失礼します」
柏手の音に反応するかのように扉が開く。ずっと扉の外で待っていたのだろうか。
部屋に入ってきたのは少年だった。金色のフワフワヘアー、歳は俺やエセルよりも下に見える。前世で例えるなら小学校中学年辺りだろうか。
「王都で商人をしているアーノルドだ」
マーガレットさんに紹介されて、アーノルドは会釈をする。
「こんな子供が商人をやっているんだ」
俺は挨拶も忘れて驚くが、マーガレットさんは大笑いする。
「あっはっはっは。そいつは子供に見えるけどね、本当の歳は………っ!」
マーガレットさんが顔を引き攣らせて黙る。
一瞬だったが俺は見た。アーノルドの瞳を。刃のように鋭く、氷のように冷たかった。
「僕はリック様より少しだけ年上なだけです」
アーノルドは屈託のない笑顔を見せる。可愛らしい少年に戻っている。
「初めまして、ターミガン商会の商会長のアーノルド・ウィットブレッドと申します」
自己紹介したアーノルドは、右手を差し出す。
握手を求めているのだ。
「ウォーカー男爵家の二男、リックだ」
俺も右手を差し出し、お互い握手を交わす。
「これを機会にお付き合い頂けると幸いです」
アーノルドは人懐っこい笑顔を見せる。
とても可愛らしい。
何も知らなければ保護欲を掻き立てられる。ショタ好きのお姉さま方は、こんな笑顔を見たら鼻血を出して喜ぶだろう。
しかし、レスラーも力士も顔を青ざめて逃げそうなマーガレットさんを瞬時に黙らせたあの瞳。
アーノルドは只者ではない。
危険な人物だ。
俺の第六感がそう告げる。
見た目に騙されてはいけない。
「何かあったらよろしく頼む」
こういう相手とは関わらない方が無難だな。
これがアーノルドとの最初で最後の出会いとなるだろう。
そんな事を思いながら、マーガレットさん達と紅茶を飲み、世間話をする。
それにしても、ターミガンって日本語で雷鳥って意味だよな。雷鳥商会、かわいらしい名前だ。
ちなみに『雷鳥』=『サンダーバード』と誤解されがちだが、全然違う。
サンダーバードはインディアンの神話に登場する雷を自由自在に操る伝説の鳥。
雷鳥はキジ目キジ科ライチョウ属に分類される実在の鳥で、高山に生息している。
「ところでリック様、最近、火傷に効く薬をお探しと伺ったのですが」
世間話が一区切りついた頃、それまで黙っていたアーノルドが口を開く。
「よく知っていたな」
「これくらい知らなければ商人など恥ずかしくて名乗れませんよ」
シェリーの顔の火傷に効く薬を探してくるように、男爵家に出入りする商人に言っている。
彼が言う通り、少しでも鼻が利く商人なら、この程度の情報は簡単に手に入るだろう。
「それでリック様、お近づきになれたお礼でございますが、この火傷に効く薬をお納めください」
そう言ってアーノルドは懐から小瓶を出す。
魚の形をしている小瓶は、赤い蝋で固めたコルク栓で封をされている。
瓶の中には薄い茶色の液体が入っている。
まるで駅弁の中に入っている、醬油のタレ瓶みたいだ。
「これを火傷したところにお塗り下さい」
「気遣い感謝する」
お礼を言って受け取るが、胡散臭いな。
一応、シェリーに渡しておくか。
こうして、メタボマン伯爵夫人マーガレットさんとの面会は終わった。
その日の夜。
「主さん!」
風呂からあがり、自室でくつろいでいるとシェリーが大慌てで入って来る。
「シェリーさん、せめてノックくらいされてからリック様の部屋に………えっ!?」
シェリーを諫めようとしたエセルだったが、何かに気が付き驚く。
「どうしたんだ?」
俺も気になり、シェリーを見る。
珍しく包帯を外していて、赤黒くなっている火傷跡が見えている。
以前見た時は、顔の右半分、目の下から頬に渡る広範囲で火傷の跡があった。
しかし、今は目の近くの火傷が消えている。
「火傷の跡、小さくなっていないか」
エセルもうんうんと頷く。
俺の記憶が確かなら、火傷の跡が一回り小さくなっている。
「そうなんだよ。主さんから貰った薬を火傷の跡に塗ったら消えたんだよ」
なんだと!?
アーノルドという商人が用意した薬の効果は本物だった。
「跡が消えるどころか、お肌が瑞々しくなっています」
エセルは火傷跡が消えた場所をまじまじと見ている。
「まるで神話に出て来るエリクサーみたいだよ!」
シェリーは興奮している。
それはそうだろう。
医者から一生残ると言われた火傷跡が一回り分とは言え、消えたのだから。
「エセル、今すぐターミガン商会会長のアーノルド・ウィットブレッドを呼んできてくれ。たぶん町にいるはずだ」
「畏まりました」
アーノルドが俺の元へやって来たのは、それから2時間弱経ってからの事だ。
屋敷と町は距離が離れているから、これでもかなり急いで来ている。
「お待たせいたしました」
深夜の呼び出しにも関わらず、アーノルドは身だしなみを整えている。
「突然呼び出してすまない」
「いえいえ、お気になさらずに。リック様からお声がけ頂ければ何時何時でも喜んで駆けつけますよ」
相変わらず人懐っこい笑顔を浮かばせている。
「それでご用件は」
「昼間、譲ってくれた火傷に効く薬、これを買いたい」
あれだけの効果があった薬だ。日本の抗生剤よりも効き目は段違いに凄い。
高値を吹っ掛けられる事は覚悟している。
それでも買う価値はある代物であることは間違いない。
「大変申し訳ございません。あの薬は在庫がございません」
アーノルドは頭を下げて謝る。
「えっ!?ないのか」
「はい。あの薬は希少価値が高くて滅多に手に入らないのです」
「そうか」
エリクサーが手に入り難いのはファンタジー世界の定番だ。
あと二、三本あればシェリーの火傷が完全に消せるのに残念だ。
「しかしながらリック様、悲観されることはございません」
がっかりしている俺をアーノルドは慰める。
「ターミガン商会が総力をあげて、あの薬を探します。そして見つかりましたら最優先でリック様にお売りする事をお約束します」
「本当か」
「はい。これでも王都で長年商売をさせて頂いている商会です。実力はあると自負しております。薬が見つかるのも時間の問題かと思われます」
胸を張って自信満々に言うアーノルド。
なんだか頼もしい。
「ただ、その代わりにお願いしたいことがございます」
「なんだ」
「これからウォーカー男爵領では火災の復興に本腰を入れられるかと思います。これに当商会も加わらせて頂けないでしょうか」
そういう事か。
この前の火災で燃えた町は現在復興中だが、まだまだ本格的に動いていない。
本格的に動けば、木材や石材など建築資材はかなり動くだろうし、大工などの職人も大勢必要になる。
大きな金が動くだろう。
ウォーカー男爵家と付き合いのある商人には声を掛けているが、アーノルド率いるターミガン商会を参入させても問題はないだろう。
「分かった。俺の方からピーター・ウォーカー男爵には話しておこう」
「ありがとうございます」
アーノルドは最高の笑顔を見せる。
「頑張りますので宜しくお願い致します」
そう言ってアーノルドは右手を差し出す。
「よろしく頼む」
俺も右手を差し出し、握手を交わす。
これが俺とアーノルドとの長い付き合いの始まりとなってしまったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




