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番外編7 ウォーカー男爵とマイエット子爵

「失礼する」

 おいら、ピーター・ウォーカーが自室で(くつろ)いでいるとマイエット子爵が入って来る。

「ひっひっひ。どうだったかい、当屋敷自慢(じまん)の風呂の湯加減(ゆかげん)は」

「気持ち良かった。王都でもあれだけ立派(りっぱ)な風呂はなかなか無い」

 孫のティムが子爵の服におしっこを()らしたから、急いで風呂を沸かして入ってもらった。 

 相変わらずの無表情だが、風呂は楽しんでもらったようだ。

「ひっひっひ。()めてもらって良かった。だがな、マイエット子爵」

(なん)だ」

「風呂上がりの割には格好が()まり過ぎていないか」

 マイエット子爵の髪は髪油(かみあぶら)が塗られ、お馴染(なじ)みのオールバックになっている。

 服も(かた)(かざ)(えり)が付いた(きら)びやかな刺繍(ししゅう)(ほどこ)された物を着ている。

 これは王宮で貴族が着る服装。そう、子爵は正装(せいそう)をしている。

 おいらは滅多(めった)に機会は無いが、王宮に(さん)じる時は正装をする。

 だが、正装は固くて、重くて、動きづらくて、着心地が悪い。

 毎日あんな服を着て仕事をするなんて御免(ごめん)(こうむ)りたい代物だ。

 そんな、子爵の外見は一分(いちぶ)(すき)も無く、当然湯上り感なんか全くない。

「本当に風呂に入ったのか」

「もちろんだ」 

「それなら、もっと楽な格好をしても良いんじゃないか」

「カミラもそう言っていた。だが、人と会うのだから、変な服を着るわけにはいかない」

 おいらに気を使ってくれているのか。

「ひっひっひ。人と会うといってもおいらだけだろ。見てみろ、この格好は楽だぞ」

「貴様は楽をし過ぎだ」

 ぐぅ。そうかもな。

 おいらは(えり)もないボタンもない大きなサイズの服を着ている。完全な部屋着だ。

 正装をしているおっさんと部屋着を着ているおっさん、二人っきりの部屋。(はた)から見れば、異様な光景だ。

「まっ、気にしても仕方ないな。どうだ、飲まないか」

 そう言っておいらは、マイエット子爵にワインのボトルを見せる。

「かわいい義娘のオリーヴが産まれた年に作られたヴィンテージワインだ」

 知り合いの商人に頼んで用意してもらった。

 運良くその年はワインの当たり年だったらしいから、味も美味しいらしい。

「断る」

 即答(そくとう)だ。

 もしかして警戒(けいかい)しているのか。

 人差し指と親指で眼鏡を直している子爵に向かって、おいらは可能な限りの笑顔を見せる。

「ひっひっひ。良いじゃないか。これを飲んでティムの誕生を一緒に祝おうじゃないか」

 あの様子を見るに、子爵は孫のティムの誕生を相当喜んでいる。

 もちろん、おいらもティムの誕生を喜んでいる。

 一緒に酒を飲んでこの喜びを分かち合う。

 これはマイエット家とウォーカー家の両家の友好にも(つな)がるはずだ。

「……苦手なのだ」

 苦手?

「私は酒が飲めない。飲むとすぐに倒れてしまう」

 そうなのか。

 そういえば、ポールとオリーヴの結婚式の時も飲んでいる姿を見なかった。

 あの時は来賓(らいひん)への挨拶(あいさつ)で忙しくて飲めなかったとばかり思っていたが、酒が飲めない体質なのか。

 表情は全く変わっていないが、眼鏡を直す仕草を見せたのは、動揺(どうよう)の表れか。

 王宮では冷酷(れいこく)非情(ひじょう)で切れ者の法衣(ほうい)貴族(きぞく)として有名なマイエット子爵の意外な一面を見た気がする。

「ひっひっひ。飲めないなら仕方ない」

「もう(すす)めないのか」

「飲めない奴に無理矢理飲ませるわけにはいかないだろう」

「そう言ってもらうと助かる」

 どうやら今まで苦労してきたみたいだな。

 酒を飲めない人間に無理やり飲まそうとする奴はいるからな。

 本人は良い事をしているつもりなんだろうが、嫌がる人間からすれば迷惑でしかない。

 酒の席は皆が楽しむのが一番だ。 

「ひっひっひ。酒以外に何か飲みたい物はあるか」

「それなら紅茶を頂こう」

「分かった」 

 おいらが合図を出すと老齢の執事が部屋に入って来て、二人分の紅茶を用意する。

「ひっひっひ。砂糖やミルクは………」

 途中で言葉が止まる。

 ゴキュ ゴキュ ゴキュッ

 ティーカップに(そそ)がれた紅茶を一気に飲んでいる。

「ふぅ」

 一息つく子爵。ティーカップの中は空になっている。

「良い香りの紅茶だ」

「分かるのか!」

 おいらは思わずツッコミを入れる。

勿論(もちろん)だ。紅茶は紳士(しんし)(たしな)みだ」

 これまで無表情だった子爵だが、この時ばかりは心外といわんばかりの表情をする。

「これはクワイトヒール産の紅茶だな。甘い芳醇(ほうじゅん)な香りが最高だ」

 しかも紅茶の産地まで当てている。  

「そ、そうか」

 言葉に()まってしまったのは何十年ぶりだろう。

 子爵の言う通り、厳選した茶葉を使った紅茶だ。良い香りがしているのは間違いない。

 しかし、一気飲みして味が分かるのだろうか。

 そもそも、紅茶は熱い。

 沸騰(ふっとう)したお湯で茶葉(ちゃば)美味(おい)しさを引き出しているからだ。

 ティーカップに注がれる時には、温度は下がっているが、それなりに熱い。

 あんな飲み方をして(のど)が火傷しないのだろうか。 

「おかわりは如何(いかが)でございますか」

「うむ。頂こう」

 再びティーカップに紅茶が注がれる。

「風呂で汗をかいたから(のど)(かわ)く」

 そう言って子爵はまたもや紅茶を一気に飲み干す。

 おお。執事が面食らった顔をしている。

 長い付き合いだが、こんな顔、初めて見たぞ。

 百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の執事までも動揺(どうよう)させてしまう。

 マイエット子爵、見た目に反して面白い男だ。


読んで頂いてありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

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