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第32話 誕生

 ポール兄さんとオリーヴ義姉さん夫婦の待望(たいぼう)の第一子ティム君が誕生した。

 赤ちゃんが産まれる事は、おめでたい。

 特に最近は、町での大火災もあって暗い話題が多かったので、明るい話題にみんな喜んだ。

「ひっひっひ。喜びは分かち合わないとな」 

 ピーター父さんはティム君の出産記念と称して、酒や料理を領民や使用人達に振舞った。

「すげぇ!」

「ご馳走だ!」

「こんなに凄いの初めてだ!」

 領民も使用人達も皆一様に驚いた。

 俺だって驚いた。

 牛の丸焼き、大鍋で煮こまれた肉のシチュー、ローストチキン、巨大なピラミッドのように盛られたパンなどの数多(あまた)の料理。

 ワイン、ビール、果実酒が入った樽が大量に置かれた酒の数々。

 料理や酒も質はもちろんだが、その量が圧巻(あっかん)だ。

 ポール兄さんとオリーヴ義姉さんの結婚式の時も領民達にお祝いとしてご馳走を振舞っているが、その時の比にならない程の凄さだ。

「ひっひっひ。これでもおいらの喜びの半分も表現できない」

 孫の誕生に浮かれるピーター父さん。

「父上、やり過ぎではありませんか」

爺馬鹿(じじばか)(きわ)みだな」

 ポール兄さんも俺も(あき)れる。

 人間どんな鬼でも孫が出来れば爺馬鹿になる。

 前世、日本人の時にある先輩から教わった格言だ。

 その先輩も周りからは鬼軍曹(おにぐんそう)と恐れられていたのに、孫が産まれた途端(とたん)、人が変わってしまった一人であるが。

 ピーター父さんも例外ではなかったようだ。

 ただ、父さんの場合、爺馬鹿満載(まんさい)でありながらも色々と計算をしている(ふし)は見える。

「ひっひっひ。思いっきり楽しんでくれ」

 財産の焼失(しょうしつ)、生活再建への不安、火傷(やけど)による痛み、疲労(ひろう)

 大火災のせいで皆、鬱憤(うっぷん)()まっている。

 表立って言う者はいないが、ウォーカー男爵家の対応に不満をもらす声もあるらしい。

 俺達だって精一杯(せいいっぱい)頑張っているが、生活を再建させなければいけない当事者たちからすれば、それだけ強いストレスが掛かっているのだろう。

 こんな時は、宴会(えんかい)でもして、飲めや歌えやと(さわ)げば、溜まった鬱憤も晴れる。

 士気も上がる。

 明日への活力に(つな)がる。

 ご馳走や酒の振る舞いにはそのような意図(いと)も含まれている。

 ティム君の誕生を良い意味で上手に利用している。

 流石(さすが)はピーター父さん。爺馬鹿の中にも垣間(かいま)()える(したた)かさだ。

「ティム様バンザーイ!」

「ウォーカー男爵家に乾杯!」

 そして、父さんの狙い通り、酒とご馳走を前に領民達は大盛り上がりしている。

 男爵家が振舞った酒やご馳走が無くなった後も、彼らは各自で酒や料理を持ち寄って宴会を続けた。

 あちらこちらから笑い声や歌声が聞こえる。

「リック様も踊りましょうよ」

「えっ!?いや、俺は」

「良いから良いから」

 偶然(ぐうぜん)居合(いあ)わせた俺も巻き込まれ(おど)羽目(はめ)になった。

 こうして、ウォーカー男爵領内はお祭り騒ぎとなった。



 そんなお祭り騒ぎも落ち着いた頃、ティム君が産まれて6日後の事だ。

 オリーヴ義姉さんの両親であるマイエット子爵とカミラ第三夫人が駆け付けた。

「お父様、いらっしゃって頂きありがとうございます」

 白髪(しらが)混じりの髪をオールバックにしている中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)中年男性のマイエット子爵。

 無表情な顔、その眼鏡(めがね)の奥からオリーヴ義姉さんを一瞥(いちべつ)する。

「無事に産んだみたいだな」

 オリーヴ義姉さんを(ねぎら)(わけ)でもなく、抑揚(よくよう)がない声で事務的な言葉を発するマイエット子爵。

 その様子は、孫の誕生にも無関心な冷徹(れいてつ)な男性という印象を受ける。

 しかし、わずか6日間でやって来た事に俺達は驚いている。

 王都と男爵領は、早馬で昼夜問わず駆けても2日~3日、馬車で普通に移動すると6日~7日掛かる。

 誕生の(しら)せは早馬を出して伝えたが、それだけで最短2日間(つい)やしている。

 報せを受けて直ぐに出発したとしても費やした期間は4日間。

 つまり、この二人はかなりの強行軍でやって来た事になる。

 きっと、孫の顔を早く見たくて急いできたのだろうと思うのだ。

 その証拠にマイエット子爵は無関心を(よそお)いながらも、オリーヴ義姉さんやティム君をチラチラ見ている。

 そんな子爵をオリーヴ義姉さんやカミラさんはニヤニヤしながら見ている。

「ひっひっひ。変な我慢(がまん)なんかしないで素直(すなお)になれば良いのに」

 隣にいる俺にしか聞こえない程の小さな声で父さんが(つぶや)く。

 同感だ。

「ねぇ、あなた」

 オリーヴ義姉さんと同じ黒い髪に白い肌のカミラさんが子爵に声を掛ける。

 それにしても、カミラさんは華奢(きゃしゃ)だな。

 こうして見ると、コルセットを()めて舞踏会(ぶとうかい)優雅(ゆうが)に踊っている貴婦人(きふじん)にしか見えない。

 いや、子爵の夫人だから本物の貴婦人か。舞踏会で踊っているかは不明だが。

 王都から男爵領へ一緒に向かったあの時、重そうな甲冑(かっちゅう)を何日間も着続けて動いていたが、こんなに華奢な体格でよく平気でいられたものだ。

 いったいどんな筋肉の付き方をしているのだろう。

「せっかくだからティムを抱いてみたらいかがですか」

「うむ」

 そんなカミラさんに(うなが)され、マイエット子爵はティム君を抱っこする。

 おお、意外や意外、慣れた手つきで抱いている。

 しかも、ピーター父さんの時と違ってティム君は泣いていない。むしろ安心している様子だ。

「ちっ。なんだよ」

 抱っこして泣かれたピーター父さんは()ねている。大人げないな放っておこう。

 冷たい印象が強い子爵だが、本当は心が温かい人なんだろう。

「むぅ、腕が温かい」

 マイエット子爵が無表情のまま、左腕を見る。

「あらあら」

 カミラさんが笑い出す。

 何とティム君がおしっこをしたのだ。

 おむつはしているが、吸水(きゅうすい)力以上の排尿(はいにょう)をしたらしい。

 控えていたメイド達は大慌(おおあわ)て。

 拗ねていたピーター父さんは一転「ひっひっひ」と大笑い。

 そんな中、当事者のマイエット子爵は表情を一つ変えることなく無表情のまま、赤ちゃんのティム君を抱っこし続けていたのであった。


大雨が続いていますが、皆様ご無事でしょうか。

今回も「転生者リックの異世界人生」を読んで頂き、ありがとうございます。

次回の更新は7月13日月曜日を予定しております。

これからもよろしくお願いします。

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