番外編4 女たちの夜 お風呂編1
「リック様、おやすみなさいませ」
「あぁ。おやすみ、エセル」
ベッドに潜ったリック様にお辞儀をすると、手を振って返事をして下さいます。
気さくな御方です
燭台の灯を消し部屋を暗くして、エセルは部屋を出ます。
今日の仕事も無事終わりました。
ふぁぁ。
欠伸が出ます。
夜更けの鐘もかなり前に鳴っていました。
相当遅い時間です。
このまま部屋へ戻って寝たいところですが、今日は忙しくて汗をたくさんかきました。
汗臭いままだとリック様を不愉快な気分にさせてしまいます。
今日みたいに突然頭を撫でて頂く時もあります。
いつ何時訪れるかもしれないチャンス。それが汗臭くては台無しです。
支度をしてエセルは風呂場へ向かいます。
この屋敷のお風呂は、ピーター様やリック様達ウォーカー男爵家のご家族様のための物ですが、ご家族の皆様が使用された後であれば、エセルの様な使用人でも使って良い事になっております。
リック様も素敵なお方ですが、下々の者にまで配慮をして頂くピーター様もお優しい方です。
お風呂場の入り口には赤い札が出ています。
これは女性が使用中を表しています。
ちなみに男性が使用している時は青い札が出ます。
その時は、男性が出てくるまで待つしかありません。
今日はタイミングが良かったです。
先客の女性に感謝しつつ、風呂場の扉を開けて入ります。
風呂場は、脱衣所と浴室の二つに分かれています
まず、脱衣所で服を脱ぎます。
エプロン、ワンピース、リボンは皴になるといけないのでハンガーに掛けます。
シャツ、パンツ、ブラジャー、ガーターベルトは備え付けの箱の中に折り畳んで入れます。
これで裸になりました。
用意しておいたタオルを持って浴室に入ります。
浴室の中は湯気が立ち込めています。
お風呂係の方が、夜遅くまでお湯を温めて続けてくれているからです。
本当に有難いです。感謝です。
「あっ、エセルさん」
先客の方は、シェリーさんでしたか。
彼女は教会の修道女で、先日リック様に仕えるようになりました。
ここで仕事をしてから数日しか経っていませんが、優秀な方だと思います。
計算は早くて正確ですし、細かい所にも気が付きますし、博識です。
リック様の負担が軽くなったのが目に見えて分かります。
リック様が誘われた時は驚きましたが、その眼力は正しかったようです。
さすがはリック様です。
「こんばんは、シェリーさん」
エセルも挨拶をします。
シェリーさんは、とても大きな胸をしています。
思わずエセルは自分の胸を見てしまいます。
エセルより年下なのにここまで差が出てしまうのは何故なのでしょうか。
「エセルさん?」
シェリーさんが不思議そうな顔をしています。
視線が胸に行っていたでしょうか。
話題を変えましょう。
「かなり遅い時間まで起きていらっしゃるのですね」
「あはは。ちょっと寝付けなくてね」
今度は、困ったような笑いをされるシェリーさん。
何故でしょうか。そう思った途端、気が付きます。
今の言葉は無神経だったかもしれません。
シェリーさんが今、風呂場にいるのは、顔の右側にある火傷の跡があるからです。
この前、町が大火災の時、シェリーさんは顔に火傷を負いました。
エセルも以前、リック様と一緒にいる時に見せてもらいましたが、とても痛々しい傷でした。
普段は包帯を巻かれているので火傷跡が目に付くことはありません。
しかし、ここはお風呂場、包帯は外しています。
これはエセルの憶測ですが、シェリーさんは火傷跡を他の人に見せたくないと思います。
だから、人がいない遅い時間にお風呂に入られているのでしょう。
「あっ、ごめん。変な気遣いをさせちゃったかな」
「いいえ。むしろエセルの方が失礼しました」
慌てていたとはいえ、その前に気が付くべきでした。
反省しています。
「あはは。エセルさんらしいね」
シェリーさん、今度は普通に笑います。
「エセルらしい?」
どういう事でしょうか。
ただ、シェリーさんは「気にしないで」と言います。
「それよりエセルさん、折角だから背中洗おうか」
「それは嬉しいです」
一人でも洗う事が出来ますが、目が届かない背中は人から洗って貰うと特別な気分になります。
「じゃあ、そこに座って」
「はい」
シェリーさんに促され、エセルは座ります。
くちゅくちゅくちゅ
「あんっ!気持ちいいっ!」
シェリーさんが小刻みに身を震わせます。
「そ、そこぉお!あぁぁぁっ!」
身悶えてます。
「大丈夫ですか」
「エセルさん、最高!」
シェリーさんはとろけるような表情をされています。
「そんなに気持ち良いですか?」
「もちろん!エセルさんの洗髪は最高だね。指使いが凄く良いよ。うちの人生最高の気持ち良さかな」
背中を洗って貰ったお礼に頭を洗ってあげたのですが、ものすごく喜ばれています。
人生最高なんて、なかなか言えない言葉だと思います。
「そういえば、リック様からも気持ち良いって言われた事がありました」
あの夜、リック様から褒められたことを思い出しました。
「これだけ気持ち良ければ主さんも絶対喜ぶよ………あれっ?」
シェリーさんが何か疑問を感じられた様子です。
「主さんはいつもお風呂に一人で入るよね」
観察力が鋭いお方です。
そうです。一年前のあの夜以来、リック様は入浴中、誰も入れず、一人で入るようになりました。
「俺は一人でのんびり入るのが好きなんだ」
そう言われて、鍵を掛けて人が入られないようにまでしています。
明らかにエセルが原因です。
「昔、一度だけ頭を洗ったことがありました」
「こんなに気持ち良い洗髪だったら毎日でもして欲しいけど。主さんの立場なら、毎日エセルに洗髪してもらってもおかしくないよね」
エセルは話す度に墓穴を掘っているのでしょうか。
話が変な方向へ進んでいます。
「もしかして、主さんと何かあったのかな」
シェリーさんの目が爛爛と輝いています。
この手の話がとても好きな方の様です。
何と答えたら良いのでしょうか。
「この様子だと何かあったね」
話さなくても墓穴を掘っているようです。
「ねえねえ、教えてよ」
シェリーさんは興味を持った事は知らないと気が済まない方みたいです。
「………分かりました」
たぶん言うまで諦めてくれないでしょう。
観念しました。
エセルはあの夜この浴室で起きた出来事について話す事にしました。
読んで頂いてありがとうございます。
次回の更新は7月1日火曜日を予定しております。
これからもよろしくお願いします。




