第2話 おおきなおなか
意識が戻る。
どこだ、ここは。
手足を伸ばそうとするが、すぐに柔らかい壁にあたって思うように伸ばせない。
辺りは暗くてよく見えない。
どこか狭い場所に閉じ込められているのだが、なぜか恐怖心は一切なく、むしろ安心感で満たされている。
「あっ。動いた」
どこからか聞こえてくる女性の声。耳からではなく、体の中から聞こえる。
もしかしてここは。
子宮
そう、母親のお腹の中だ。
神様から転生の説明は聞いていたが、まさか胎児の状態で前世の記憶を持って覚醒するとは。
まあ、精子の状態で覚醒して一億分の一の勝利を目指すのは御免被りたいが。
ふあぁぁぁぁぁ
動いていたら眠たくなってきた。
前世の記憶を持っても体は胎児。
本能に従って眠るとするか。
だけど、この体勢は少し窮屈だな。
狭い子宮の中をモゾモゾと動きながら楽な姿勢を探る。
動くたびに母親と思われる女性が喜んでいるのが分かる。
よし、この体勢なら良いな。
おやすみなさい。
Zzzzzzzzzz
あれからどれくらい時間が経過したのだろうか。
お腹の中で何度も寝ると起きるとを繰り返したので、時間の経過が分からない。
一つ言えるのは、俺の体は大きくなっている事だ。
以前から狭かった子宮の中は、身動きが難しい程狭くなっていた。
母さんも「そろそろ産まれてくるのかな」と言っている。
そろそろ産まれ時か。
この辺は知識よりも本能で理解しているみたいだ。
俺が特別何をしている訳でもないが「産まれそう」と母さんが誰かに言っている。
陣痛が始まったようだ。
周囲が騒然となるのが子宮の中からでも分かる。
いざ、出産へ!
意気込んで俺は頭を先頭に進む。
あれ?
頭が子宮の壁にぶつかる。
前世で得た知識によると産道が開いて進める筈なのだが。
産道が狭いのか。
俺は力の限り頭をぶつけて産道に入ろうとするが、全然前へ進めない。
ん?
不意に俺は自分の足が前より伸ばせている事に気が付く。
本来は頭の方にある産道が、なぜ足の方にあるのか。
俺はある症状を思い出す。
逆子
本来、子宮内の胎児は頭が下になっているのだが、何らかの理由で頭が上や横になっている症状だ。
正常な体勢で産まれるよりも出産に時間が掛かるので母子の体に負担が掛けるし、頭が最後に産道から出てくるので低酸素症などになりやすい。
低酸素症になれば障害が残る危険が高く、最悪死に至る場合も少なくない。
日本の場合、逆子だったら帝王切開で胎児を取り出す事が多いが、俺が産まれる世界はそこまで医療技術が進んでいないのか、手術をする気配はない。
俺は体の向きを変えようとするが、狭い子宮に育った体、体勢を変える事はできない。
これ以上時間を掛けると、母さんに負担を掛けるし、俺の体力も持たない。
覚悟を決めるしかない。
俺は逆子の状態で産まれる事を決めた。
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。
正常な体勢でも通るのに大変だと言われる産道を反対の体勢で通るのは苦難の連続だった。
子宮や骨盤やらいろんな場所で頭や肩が引っ掛り、そこから抜けるのに労力を割く、とにかく長い時間を要していた。
だが、まだまだ産道の先は長そうだ。本能がそう告げている。
疲労はピークに達しているが、ここで休んではいられない。
少しずつではあるが、頭がボーっとしてきている。体中の酸素が減ってきているようだ。
俺は狭い産道の中で手を動かしお腹を触る。
ブヨブヨとした感触のチューブ状の物が俺の体に繋がっている事を確認する。
臍の緒だ。
胎児である俺にとって命綱、栄養も送られてくるし、酸素も送られてくる。
本来であれば酸素が減るという事はない。
何かトラブルでもあったのだろうか。
焦りながら俺は産道を進む。
さらに時間が経った。
だが、頑張った甲斐があってもう少しで産まれる事が出来そうだ。
!?
頭がどこかに引っかかる。
何とかしようとしてもがくが頭は抜けない。
意識が朦朧としてくる。
せっかくここまで頑張ったのに。
このまま、ここで果てれば間違いなく死ぬ。
まずい。
せっかく転生するのに、異世界の光を見ないまま死ぬのは嫌だ。
んっ、転生。
俺は神様から貰ったチート能力『超人』を思い出す。
一回使うと寿命が一日減るが、その分、強力な力を得られる。
産まれる前から寿命を消費するのは残念だが、背に腹は代えられない。
超人発動!
体中に力が漲る。
俺は身体を動かす、さっきまでの苦労が何だったのかと思わせるほど簡単に頭が引っ掛りから抜ける。
俺は産道を進んだ。
進んで、進んで、どんどん進んだ。
そして、
!!
俺の視界に光が差し込む。
「オギャーオギャー」
あまりの眩さに俺は泣き声をあげた。
「産まれたぞ」
「頑張ったわね。ありがとう」
人相の悪い男性と美しい女性が俺に声を掛けてくれる。
父さんと母さんなのだろう。理屈ではない、本能で感じた。
こうして俺は、ロイレア王国の貴族、ウォーカー男爵家の二男リックとして、新たな人生が始まったのだった。