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第24話 火災の町 その後

 扉や窓は全て焼け落ち、空虚(くうきょ)な穴を()けている煉瓦(れんが)(かべ)

 表面が炭化し、真っ黒な(うろこ)と化した木の柱。

 熱で(いびつ)な形へと変化を()げた金属。

 そして、元が何か分からない残骸(ざんがい)の数々。

 火が消えて、俺達の前に姿を見せたのは、焦土化(しょうどか)した町であった。



「スープができたわ」

 オリーヴ義姉さんが発した一言に、町の人達は反応する。

「うまい」

「うめぇ」

 ベーコンや玉葱(たまねぎ)を煮込んだスープを美味しそうに頬張(ほおば)る人々。

 焼け出されて疲れ果てているが、温かい物を食べているこの時ばかりは元気になる。 

「たくさんあるから、皆さんいっぱい食べてください」

 歓声があがる。

 いつ赤ちゃんが生まれてもおかしくないくらいお腹が大きくなっているオリーヴ義姉さん。

 だが、何か力になりたいと、ウォーカー男爵家の使用人達と共に町で出て()き出しをしているのだ。

「ひっひっひ。お前の嫁さんは偉いな」

「そうですか?僕としては控えて欲しいですが」

 少し離れた場所で会話するピーター父さんとポール兄さん。

 どうやら兄さんは、オリーヴ義姉さんのこうした行為(こうい)を好ましく思っていない様子だ。

「どうしてだ?良い事だと思うけどな」

 領民の為に炊き出しをするなんて、なかなか出来ないと思う。

 それにオリーヴ義姉さんの場合は、人気取りとかそういう打算的な思惑(おもわく)ではない。

 純粋に被災した人たちのために何が出来るのかを真面目に考えた末の行動だ。

 それは、準備をする時、スープをつくる時、皆に配る時、人が見ていても見ていなくても、どんな時でも直向(ひたむ)きに動いている姿勢を見て感じ取れる。

 優しくて、行動力もあって、そして美しい。そんな女性なんて、世の中になかなか見つける事ができないぞ。

 しかし、俺の言葉に対して、兄さんは端麗(たんれい)な顔をしかめる。

「こういう事は使用人達に任せるべきなんだよ。貴族はいかなる時も優雅(ゆうが)振舞(ふるま)わないといけない。そうしないと他の貴族たちに馬鹿にされるよ」

 うーん。

 それが貴族の世界というモノなのだろうか。

 ここは僻地(へきち)で人の往来も多くないし、ウォーカー男爵家以外に貴族がいないのだから、世間体(せけんてい)を気にする必要はないとは思うが。

 ただ、兄さんは幼い頃から次期当主としての教育を受けているので、貴族としての教養や(たしな)みには長けている。

 オリーヴ義姉さんの実家でもあるマイエット子爵からは、王宮でも通用するレベルの教養を持っていると評価されたくらいだ。

 俺は前世日本人としての記憶に基づいた考え方だから、この世界の貴族の考え方と根本的に違っていても仕方(しかた)がないのかもしれないな。

 いずれにしてもウォーカー男爵家の家督(かとく)は兄さんが()ぐ予定だから、俺は貴族の仕来(しきた)りなんかは適当に覚えておけば良い。

「ところでリック。お前はもう大丈夫なのか」

 話題を変える(ため)か、貴族の仕来(しきた)りから大きく逸脱(いつだつ)している代表格の貴族ピーター父さんが俺の体調を聞いてくる。

「大丈夫だ。もう元気になった」

 あの夜。俺は相当無理をしたようだ。

 シェリーを救助して帰還した途端(とたん)、俺は倒れてしまった。

 その後、三日間ずっと眠り続け、ようやく今朝、目を覚ましたのだ。

 幸い、メイドのエセルが機転を利かせてくれたおかげで、俺は仮面を着けたまま、馬車に乗せられ、屋敷へ運ばれた。

 だからヒョットコーンの正体はばれなかった。

 本当に良かった。

 ただでさえ俺は、人相の悪い男爵家の息子として、世間からの評価は低い。

 そこに加えて変な仮面を着けて走り回っていたなんて知られたら、世間の笑いものになってしまう。

 厨二病(ちゅうにびょう)の馬鹿息子なんて(うし)(ゆび)()されそうだ。

 そうなったら俺、外を歩けないな。

 エセル様様。さすが俺の補佐役メイド。正体を隠し通してくれたことに感謝だ。

「大変な時に風邪(かぜ)をひいて寝込むなんて。健康管理はしっかりしないと駄目だよ」

 真相(しんそう)を知らないポール兄さんに(しか)られる。

 表向き、この三日間、俺は風邪で寝込んでいたことになっている。

「ひっひっひ。良いじゃないか、ポール。誰も死ななかった。それだけで十分だ」

「父上の言われる通りですね。この規模の火災で死者が出なかったのは奇跡です」

「ひっひっひ。それもヒョットコーンという奴のおかげだな」

 父さんが言う通り、俺が『超人』の力を使わなければ、教会関係者達は炎に焼かれ命を落としていただろう。

 人が死ぬ。それだけでも悲劇だし、教会関係者が亡くなっていれば、男爵家と教会の関係にも影響が出ていただろう。   

(うわさ)になっている仮面をつけた謎の正義の味方ですか。信じがたい話ですが」

「ひっひっひ。教会の連中が言っているから(うそ)ではないな。それにしてもヒョットコーンの正体はいったい誰なんだろうなぁ、リック」

 突然俺に話を振って来る。

 知らないふりしているが、絶対に父さんは知っている。そうでなければ、悪戯(いたずら)をした(わる)ガキみたいな笑みは浮かべない。

 元は言えば、俺が火災現場へ行ったのは父さんから頼まれたからだよな。

 もしかすると、ひょっとこの仮面を用意したのもエセルではなくて、この人かもしれない。

「俺は絶世の美男子がヒョットコーンになっていると思うぞ」

 俺の言葉にピーター父さんは「違いない」と言って大笑いする。

「しかしながら、死者が出なかったのは幸いでしたが、町は大きな被害を出しましたね」

 父さんと俺のやり取りを見ながら兄さんはため息をつく。

 あの火災で町の大半が焼失(しょうしつ)した。

 死者はいなかったとはいえ、住む家を一夜にして失った人は少なくない。

 これから生活を再建させるのは大変だろう。

 また、ウォーカー男爵家が保有していた倉庫も燃えた。

 そこには販売目的で購入した穀物が保管されていた。

 しかし、今回の火災で全て灰になってしまった。

 この世界には、火災保険なんて気の利いたものは無い。

 失ってしまえば、損害は全て(こうむ)る。

 ウォーカー男爵家の財力からすれば、この損失で破綻(はたん)することはないだろう。

 しかし、大きな痛手になる事は間違いない。

 だが、そんな状況の中、ピーター父さんは悲嘆(ひたん)していない。むしろ明るい。

「父上はよく平気でいられますね」

 俺と同じ感想を抱いていた兄さんが聞く。

「ひっひっひ。ポール、それにリック、よく覚えておけ」

 そこで父さんは言葉を区切り、とびきりの笑顔を見せる。

「人間生きていればなんとかなる。失ったなら、また頑張れば良いのさ」

 力強い表情で言い切る父さん。


 この人は凄い。


 心の底から感心したのであった。


読んで頂いてありがとうございます。

次回の更新は15日月曜日になります。

これからもよろしくお願いします。

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