第23話 救助活動
周りが燃え盛る中、シェリー救助隊の六名は進む。
「思った通り、道が出来てますな」
マーカスが言う通り、雨のおかげで炎の勢いは衰えている。
だが、モーゼの海割りのようにきれいに道が開けたわけではない。獣道が出来た程度だ。それも火が燃えている間を縫うように進む。
「ヒョットコーン様。苦しかったらすぐに教えてください」
ベンジャミンが歯をキラリと光らせながら声を掛けてくれる。
どんな時でも爽やかだな。
「ありがとう。今のところは大丈夫だ」
脱力した感覚はあるが、それは『超人』の力と普段の力の差が激しい故に感じる錯覚である。
これまでの経験から『超人』の力の発動が終わっても体に大きなダメージは無く、普段と同じ状態に戻るだけだ。
まぁ、寿命を一日削っているので、実際にはダメージを受けているのだろうけど。
「それにしても、ヒョットコーン様が発案された服は、熱くなくて素晴らしいですね」
ベンジャミンの意見に他の兵士達も黙って頷き賛同する。
前世の地球では、防火服に耐熱性が長けたアラミド繊維を使用しているが、この世界にはそのようなスーパー繊維は開発されていない。
そこで俺は江戸時代の火消しが着ていたとされる消防刺子を参考にした。
消防刺子は、木綿の布地を二重三重に縫い合わせて作られている。これは吸水性を高める為だ。
俺は厚手の木綿服を用意させ、重ね着させ、水を大量に掛けさせた。
乾いている木綿は燃えやすいが、水を含んだ木綿は燃え難い上、熱を通し難い。
難点は、水を含むので相当重たくなる事だが、兵士達は普段から肉体を鍛えているので、重さは大丈夫な様子。
重量の短所を差し引いても難燃性と遮熱性の高さが評価されたようだ。
「皆の者、あそこを見て下され」
しばらく進むと。マーカスが全員を呼び止める。指し示す先には石造りの家がある。
「あそこを通れば近道になりませんかな」
あの家は見覚えがある。『超人』の力を使って救助していた時に足場に使っていた。
マーカスが言う通り、通り抜ければ近道なる。シェリーの元へ辿り着くのに相当な時間短縮になるはずだ。
「しかし、マーカス様。あの家、こちら側からは扉は疎か窓もありませんよ」
ベンジャミンが指摘する通り、あの家は俺達が行ける側には壁しかない。
「出番だな」
不敵な笑みを浮かべる一人の兵士。
その兵士は筋骨隆々で、まるで格闘家の様な出立をしている。
この格闘家風兵士の手には大きな金属塊が取り付けられた鎚が握られている。
なるほど壁を壊せば道が出来るな。
「はああああああ!」
鎚を構え、鋭い気合の声をあげる格闘家風兵士。
「待ってくれ」
俺は格闘家風兵士を止める。
「どうしましたかな。ヒョットコーン殿」
怪訝な表情で問うマーカス。
「試してみたいことがある」
そう言って俺は石造りの家の壁に両手を当てて念じる。
左手で触って『やわらかく』
右手で触って『食べる』
謎の小人アーちゃんとシーちゃんから貰った石を食べられる魔法だ。
あれから何回か練習したのでコツは掴んではいたが、やっぱり疲れるな。
俺は壁に手を突っ込む。
ムニュ
俺の手は石の壁の中に入る、
成功だ。やわらかくなっている。
この壁は石が何個も積み重なっているが、魔法は石一個だけでなく周辺の石にも効いている。
練習をしていた甲斐があったな。
「ヒョットコーン殿は規格外の事をされますな」
マーカス以下兵士達は驚いている。
「これで壊すのも簡単だろう」
俺達六人は手でやわらかくなった部分を掘る。
ちなみに『やわらかく』の魔法だけだと、石を掘る事はできない。
例えばゴムボールは触るとやわらかいが千切る事が難しい。
『食べる』の魔法を掛けて、初めて石を掘る、千切る事が出来るようになる。
話を戻そう。
石を掘る作業は時間にして十数秒くらいだろう。
人が通れる穴ができる。
「進みますぞ」
マーカスの号令の元、俺達は石造りの家の中に入っていく。
皆が勇ましく進む中、ただ一人、格闘家風兵士はどことなく寂しそうに感じられた。
入り口では壁しかなかった石造りの家だが、幸い進む方向には扉があった。
ギィ
家を通り抜け、軋む音を立てながら扉を開けると、先には見覚えのある木が見える。
枝が折れて俺達が落下した木だ。
つまり、俺がシェリーを置いて行った場所だ。
マーカスの読み通り、近道になったようだ。
「シェリー」
俺は叫ぶ。だが、返事はない。
視界には入っているが、木の場所まで距離がある。
急いで行ってみよう。
俺は駆け出す。
「ヒョットコーン殿」
マーカス達も俺に続いて駆け出す。
火や瓦礫に阻まれ道がジグザグになっているのがもどかしい。
『超人』の力が使えれば一気に行けるのに。
「あっ!」
驚きの声をあげたのは、ベンジャミンだろう。
声こそあげなかったがほぼ同時に俺も気がつく。たぶんマーカス達も気が付いただろう。
木が燃えている。
樹皮。木の表面の皮は残っているが、ところどころ皮の割れ目から火が噴き出している。
つまり木の内側が炎に浸食されているのだ。
その姿はまるで木目調の鎧を身に纏った炎の魔人のようだ。
その周囲は魔人に平伏すかの如く火が広がっていた。
異様な光景。
そして、シェリー。
彼女の姿は見えない。
まさか!
「落ち着くのですぞ。ヒョットコーン殿」
マーカスが俺の肩をたたく。
「ここにはシェリー殿の姿が見えません。危険なのでどこかへ逃げたと考えられますぞ」
そうだな。もし逃げ遅れたなら遺体なり痕跡なりがあるはずだ。
俺達が落下した時は周りに逃げ場が無いほど燃えていたが、今は俺達が来た道を含めて複数の道が出来上がっている。
「一、二、三。道は全部で三つですね」
ベンジャミンが道を数える。わざわざ数えるほどの量でもないと思うが。
このうち、一本は今俺達が来た道だ。
残りは二本。どちらかにシェリーが進んだと思われる。
「二手に分かれますかな」
マーカスの提案は尤もだ。
「ヒョットコーン殿はどちらに行かれますかな」
道は右手と左手に分かれている。
「左だ」
「即答ですな」
マーカスは驚いているが、どっちが正しいか分からない時は直感だ。
巧遅拙速。
こんな時は、とにかく速く動いた方が良い。
「それでは、このマーカスもヒョットコーン殿と同行させて頂きますぞ。ベンジャミンは右手の道を頼みますぞ」
こうして、俺はベンジャミン達三人と別れて、左手の道を進む。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
実際には、そんなに経過していないのだろうけど、何日間も経過している錯覚に襲われる。
重たい。
足を上げるのも手を上げるのも体を動かすこと自体が辛い。
熱さを防ぐ為ではあるが、水を含ませた木綿の服が、鉛のように重たく感じる。
着始めた頃はそうでもなかったが、時間が経過するに従って重さが増していくように感じるようになった。
「大丈夫ですかな」
マーカスが心配そうにしているが、俺は「大丈夫だ」と返事する。
右足を上げる。前へ進め。
左足を上げる。前へ進め。
右足を上げ……くそっ。何で上がらない!何者かに足首を掴まれたかのように足が動かない。
シェリーを救出しなければいけないのだ。
今、ここで弱音を吐くわけにはいかないのだ。
頑張るんだ右足!
この一歩がシェリーの命運を握っているんだ!
「……ヒョットコーン殿」
俺が何とか右足を上げて前へ進めた時、マーカスが声を掛けて来る。
その声は今までと違い、恐る恐るな感じだ。
「救助活動は中断しますぞ」
!?
マーカスの言葉を俺はすぐには理解できなかった。
「突然何を言い出すんだ」
「ヒョットコーン殿。貴方は限界です。このままでは倒れてしまいますぞ」
「俺は大丈夫だ」
「なりませぬ!」
しかし、マーカスの口調はこれまでとは違い、有無を言わせないほど厳しくなる。
「俺は行く」
ここで戻ったらシェリーはどうなるんだ。
「仕方ありませんな」
マーカスが頭を振る。
そのまま救助を続行か。そう思った矢先、俺の体が浮かび上がる。
もう一人の兵士、筋骨隆々な格闘家風兵士が俺を持ち上げ肩に担いだのだ。
「戻りますぞ」
「降ろせ」
俺は手足をバタバタさせるが、力自慢の兵士には全く効き目が無い。
「ヒョットコーン殿、ここで貴方を失うわけにはいかないのです。理解して下され」
マーカスが申し訳なさそうに頭を下げるが、俺は納得できない。
何とかならないか。
そう思って周囲を見渡した時だった。
担がれて視線の高さが変わったのが功を奏したのかもしれない。
見えたのだ。
「シェリー」
俺は力の限り叫ぶ。
瓦礫の陰に隠れていて分かりづらい位置ではあるが、そこで彼女は倒れている。
「シェリー殿」
マーカスが彼女に駆け寄る。
「息はありますぞ」
兵士の肩から降ろしてもらい、俺はシェリーに駆け寄る。
意識はない。
火災の中を歩いた為だろう。彼女の顔は煤けて真っ黒になっている。
「大丈夫か」
俺は彼女の両肩を叩きながら呼び掛ける。
「ヒョットコーンさん、来てくれたね」
シェリーの声は弱々しいが、意識は戻った。
「頑張ったな」
いつ死が襲い掛かってきてもおかしくない状況の中、一人は相当怖かっただろう。心細かっただろう。
俺は彼女を抱きしめる。
「うち頑張ったよ」
彼女も俺を抱きしめる。
感動の再会。
しばしの間、抱き合っていたいが、ここは火災現場の真只中だ。
「急いで帰ろう」
「そうですな」
シェリーを見つければ戻るだけだ。
残念ながら俺には余力が残っていないので、格闘家風兵士にシェリーを背負ってもらう。
途中でベンジャミン達とも合流し、俺達は無事に帰還したのであった。




