第19話 火災の町
ちょっとしたトラブルはあったが、町には早く着くことができた。
さすが『超人』の力。馬を使って進んでいたら、まだ半分以下の距離しか進んでいないだろう。
「凄い炎ですね」
背負子から降りたエセルが驚く。
月も星も見えない真夜中なのに町の中は煌々と明るい。
顔にグサグサと突き刺さるような熱風。
鼻腔を刺激する煙の臭い。
文字通り大火災だ。
町の中は阿鼻叫喚地獄絵図
そんな光景を覚悟していたのだが、そうではなかった。
「まだ炎から距離がある。皆の者、慌てないでも安心ですぞ」
白髪頭の老人が町の住民達を誘導している。
皮鎧を着て、腰には剣を差している。どうやらこの町を守る兵士の様だ。
「隊列の後ろが遅れてますな。ベンジャミン!」
白髪頭の老人兵士の言葉に、一人の兵士が反応する。
きっと彼の名はベンジャミンなのだろう。とても爽やかな青年兵士は、隊列の一番後ろを歩いている女性の元へ駆け寄る。
その女性は、赤ん坊を背負い、幼子の手を引き、自身は妊娠している。
とても大変そうだ。
「ご婦人。あと少しです。頑張りましょう」
そう言うと爽やか兵士ベンジャミンは、片手で幼子を抱き抱える。
こんな時ではあるが、ベンジャミンの歯がキラッと輝いている。
「どれ、赤ちゃんは私に任せな」
「荷物ぐらい持ってやるぜ」
一緒に避難している住民のおばさんが妊婦さんから背負っている赤ちゃんを抱え受け、おじさんが妊婦さんの荷物を持つ。
おお。爽やか兵士の一つの行動で助け合いが生まれたぞ。後列の遅れは元に戻り、避難は順調に進んでいく。
まさにベンジャミン効果。ベンジャミンの爽やかさもすごいが、状況を冷静に把握し、効果ある指示を出した老人兵士の手腕は大したものだ。
「さすがはマーカス様ですね」
エセルが感心した様子で呟く。
「あの爺さん、マーカスというのか」
「はい。マーカス様は長年、この町の兵士隊長を務められている方です」
相変わらずエセルは人の名前と顔を覚える事に長けている。羨ましいな。俺はそういったのは苦手だし。
「エセルから言わせて頂ければ、高い所まで跳んだり速く走ったりするリック様が羨ましいです」
「俺、口に出していたか」
「いえ、リック様は口に出されなくても、何を考えておられるかエセルは手を取るように分かります」
「なんだ、それ」
俺とエセルがくだらない会話をしていると、マーカスが数名の兵士を連れて避難している人々の一団から離れる。
他の場所の様子を確認しに行くみたいだ。
接触するなら今だな。
「マーカス」
自分の名前を呼ばれて何事かと振り向くマーカス
「若様!」
彼は驚きの表情を浮かべる。
火災真っ只中の現場に貴族の子弟がやって来るなんて無いからな。ピーター父さんだったらやるかもしれないが。
「!?」
だが、俺はそれ以上に驚かされる事態に遭遇する。
突然マーカスは、両膝を跪き、頭が地面に付きそうなくらい下げてきたのだ。
所謂、土下座だ。ただ、細かい仕草などは日本の土下座とちょっと違う。 異世界風土下座と表現すれば良いのだろうか。
「このマーカス、なんとお詫び申し上げてよいやら、言葉もございませぬ」
「………マーカス様は兵士隊長でありながら、火災の被害を抑えられなかった事を謝罪しているみたいです」
エセルが耳打ちして教えてくれるが、これは兵士隊長の責任なのだろうか。その辺の事情はよく分からない。
いや、それよりもこの状況を何とかする方が先決だ。
見ろ、一緒にいる兵士が驚いているし、向こうでは避難中の住民達が何事かと遠目にチラチラと見ている。
きっと俺の事を悪く思っているんだろうな。俺がマーカスに土下座を強要したと思っているのかもしれない。
こういう時、悪人面は損だ。
「マーカス、そんな事をしている場合じゃない。今、やるべき事があるだろう」
俺は周りの者達にも聞こえるくらい大きな声を出して、異世界風土下座を止めさせる。
これで俺が土下座をさせた疑惑は晴れるだろう。
現実、この火災をどうするかが最優先なのだ。
俺は手を貸し、マーカスを立ち上がらせる。
「状況を説明してくれ」
「はい、かしこまりましたぞ」
そう言ってマーカスは町の地図を取り出して説明してくれる。
火災が起きたのは町の一角にある倉庫が立ち並ぶエリア。
ここには、ピーター父さんが転売目的で購入した穀物が保管されている。
兵士が巡回中に発見したのだが、夜になると誰もいなくなる場所なので、どうして火事になったのかは分からない。
消火は試みたが、発見時、既に火勢が強くなっていて、消すどころか他の倉庫や建物にも次々と燃え移ってしまった。
その上、風向きも悪く、炎は燃え広がり、町が全焼する恐れがあるので、住民達を町の郊外に避難させている。
こんな内容だ。
「リック様は、これから火を消されるのですか」
そう問いかけて来るエセルの表情は真面目だ。目をキラキラ輝かせている。
「俺を過大評価するな」
俺はエセルの頭を軽く撫でる。
炎を甘く見てはいけない。
俺が日本人だった頃の記憶、前世で死ぬ直前の火災ではあるが、駅から北側の市街地をほとんど焼損させた新潟県糸魚川市の火災、鎮火に12日間を要した埼玉県三芳町の某通信販売会社の倉庫火災がある。
日本の消防は地球トップクラスの高い練度と高性能の設備を誇る。
だが、それだけの実力をもってしても、あれらの火災の鎮火に苦戦を強いられている。
勢いづいた炎は簡単に消せない。
俺の『超人』の力は強力だが、これは身体能力を上げる力だ。
大きくなった炎を消す手段となると中々思い浮かばない。
「それでは、どうされるのですか」
ちょっと残念そうな表情を浮かべるエセル。
「それはこれから考える」
何をすれば一番効果的なのか、情報を得てからだ。
俺はマーカスに住民達の避難の状況を聞く。
「かしこまりましたぞ」
地図を広げてマーカスは説明してくれる。避難は順調に進んでいて、先ほど俺達が見た一団が避難すれば、住民のほぼ全員が避難をした事になる。
「しかしながら、ここが心配なのです」
地図を指し示す先は教会。火災が発生した倉庫に近い場所にある。
「未だに連絡が来ておりません。避難を終えていてもおかしくないくらい時間が経過しているのですが」
心配そうにするマーカス。
「マーカス様」
一人の兵士が叫びながらこっちへ向かって走って来る。
全力で走ってきたのだろう。兵士はゼーゼーと息を切らしながらも報告する。
「教会に通じている道が火災で遮られています」
この兵士の説明によると道沿いの建物が火災で倒壊し、炎と瓦礫が道を塞いでしまったそうだ。
これは拙いな。色んな意味で。
避難できない人達の命の危機の意味でも、相手が教会関係者という政治的な意味でも、色々と拙い。
「他の道は?」
マーカスの言葉に兵士は首を横に振る。
「他も炎や瓦礫によって塞がれております」
つまり逃げ場を失ってしまったという事か。
炎はまだ鎮まる様子がない。
このままだと、燃え広がる炎に焼かれてしまうだろう。
兵士達の表情に悲壮の色が浮かぶ。
漂う絶望感。
「諦めてはいけませんぞ」
マーカスは違った。
「どうすれば良いのですか。火で行く手を遮られてますよ」
その兵士に言葉に他の兵士達も異口同音に言う。
だが、マーカスは動じない。
「火勢が弱い場所を探し出し、そこの火を消して逃げ道を作り出すのです」
可能性が無いわけではないが、難しい作戦だな。
様子を見るに兵士達も俺と似たような考えのようだ。
「我々が諦めたら助けを待っている人達は終わりなのですぞ」
その一言が決め手になった。
諦めに入っていた兵士達の目の色が変わる。
「皆の者、行きますぞ」
マーカスの言葉に兵士達は「おー!」と元気よく掛け声を上げる。
「若様。申し訳ございませんが、救助を優先させますが故、失礼させて頂きます」
「分かった。頑張れよ。幸運を祈る」
マーカスは一礼して、兵士達と一緒に立ち去る。
俺とエセルの二人だけがこの場に残る。
「エセル………」
「はい。お任せください」
俺が言い終わる前にエセルは笑顔で返事する。
「俺は何も言っていないぞ」
「助けにいかれるのですよね」
その通りだ。
まだ『超人』の力は発動中。俺の力をもってすれば取り残された人達を助けられるだろう。
「それでは、こちらをお持ちください。こんなこともあるかと思い用意いたしました」
エセルは俺に布の包みを渡す。
「これ、使うのか?」
俺は包みの中身を見て絶句する。
「はい。後々の事を考えると、使った方よろしいかと」
確かに使った方が良い事は事実ではある。それは分かるのだが……。
「………分かった。使わせてもらう」
多少の葛藤はあるが、素直に従うことにする。
無難に済めば、それに越したことはないのだ。
「時間もないし、行くぞ」
「お待ち下さい」
エセルに呼び止められる。
「あの……。少々申し上げにくいのですが、落ち着いて行動された方が良いかと存じます。リック様はたまに調子に乗りすぎて失敗されることがございますので」
それは暗に先の池ドボンを非難しているのだろうか。
ただ、それ以外も思い当たる節は前世でも転生してからでもいくつかある。
「分かった。気を付ける」
こうして、俺は救助へ向かったのであった。




