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第18話 ある夜の出来事

「ふぁぁ」

 俺は欠伸(あくび)をしながらベッドに潜り込む。

「エセル、お疲れ様。今日も一日ありがとう」

 俺が声を掛けると、近くで控えていたエセルが一礼する。

「リック様、おやすみなさいませ」

 そして彼女は燭台(しょくだい)()を消して退室する。

 室内は暗くなる。

 だいぶ遅くまで起きていたな。

 さあ、寝るか。

 俺は目を閉じる。

 …

 ……

 ………

 …………

 ……………おかしい

 俺は目を開ける。

 普段ならあっという間に眠りにつくはずなのだが、眠れない。

 こういう時はハーブティーでも飲んで気持ちを落ち着かせると効果があるのだが、夜も遅い。

 エセルも疲れているだろうから頼むのは気が引ける。

 それなら星空でも眺めるか。

 俺はカーテンを開け、窓を開ける。

 ああ運が悪い。

 雨は降っていないが月も星も見えない。雲が出ているようだ。

 風は吹いていて、木々を揺らす音が聞こえる。

「もう一回寝るか」

 目を閉じてゴロゴロすれば、その内眠れるだろう。

 そう思って窓を閉じようとした時、俺は気が付く。

「明るいな」

 月光(げっこう)星光(せいこう)も雲に(はば)まれている闇夜なのに、遠くが明るい。

 その明かりは赤く、()らめいている

「火事だ!」

 あの方角には町がある。

 ここからでもよく見えるというのは規模が大きい証拠だろう。

 俺は慌てて部屋から出る。

 誰かに知らせなくては。

「ひっひっひ、リック。こんな夜遅くまで何してんだ」

 パジャマ姿のピーター父さんがいた。

「父さんこそ、こんな姿で何やっているんだ……って、今はそれどころじゃない」

 言うより見せた方が早い。俺は父さんの腕を(つか)んで、窓際へ連れていく。

「これは一大事だ」

 言うが早いか父さんはパジャマのポケットから鈴を取り出し、チリンチリンと鳴らす。

 何処(どこ)ともなく執事やメイドがやってくる。まるで忍者みたいだ。

「見ての通り町が火災だ。すぐに救援に向かうから急いで準備しろ」

(かしこ)まりました」

 そして、執事やメイドは何処(どこ)ともなく姿を消す。何者だ、こいつら。

 14年間この屋敷で暮らしているが、知らない事だらけだ。奥が深いな、色んな意味で。

「さて、リック」

 父さんは燃え盛る炎の方向を指差す。

「お前はあそこへ急行する事は可能か」

 可能か?…か。

 そう問われれば可能だ。

急行どころか超特急で行くことができる。

 寿命を一日分消費する特殊能力『超人』を使えば。

 どう答えようか一瞬迷っている間に父さんは話を続ける。

「お前にとって負担が掛かるかもしれない。だが、こういうのは、早ければ早いに越したことはない。頼む」

 父さんは深々と頭を下げる。

 きっと父さんは『超人』の事に薄々気が付いているのだろう。その力と代償の両方とも。

「分かった。任せてくれ」

 俺は了承する。寿命が一日分消費するが、規模が大きい火災だ。活躍する場は困らない数あるだろう。 出し惜しみをしてはいけない。

「ひっひっひ。すまないな。だが、無理はするな、命は大切にしろよ。お前はおいらの大切な息子だ。万が一があったら悲しい」

 心配そうな表情を浮かべる父さんを見て俺は苦笑する。

「大丈夫だ。死んだり怪我したりしないから安心してくれ。今までそんな事なかっただろう」

「ひっひっひ。そう言い方すると起きそうな気がするな。気を付けて行けよ」

 そう言って父さんは家臣や使用人達に指示を出すために立ち去る。

 俺は人気(ひとけ)が無い場所へ向かう。自分の部屋が良いか。

 特別な事をするわけではないが、人前で発動させるのは何となく恥ずかしいからな。

「リック様」

 『超人』の力を発動させようとする直前、背後から女性の声が聞こえる。振り向けばエセルがいる。

 まだ寝ていなかったのか、それとも急いで着替えたのか、いつも通りメイド服を着ている。

 そして彼女は両手でL字型の木枠を抱えている。

 これは背負子(しょいこ)だよな。

「準備がいいな」

「いつでもリック様のお供が出来るように準備しました」

 エセルの表情には決意が見られる。

「大変だと思うけど大丈夫か」

 俺の問いに「はい」と答えるエセル。

 まあ、大変さが想像できていないのもあるだろうが、決意は固そうだ。

「分かった。一緒に来い」

 その言葉を聞いてエセルは笑顔になる。

 普段大人びた表情をしているメイド少女だが、素の笑顔は年相応でかわいらしい。

 こんな時ではあるが、そのギャップが()えるよな。

 俺はしゃがみ、背負子を背負(せお)う。俺の体格に合致(がっち)している。

「屋敷の大工に手伝ってもらって作りました」 

 エセルは喋りながら背負子に腰を掛け、縄で自分を縛っていく。

「準備完了しました」

 俺は立ち上がる。思ったよりも重たいな。

「エセルが重たいのではありません。メイド服が重たいのです」

「まだ、何も言っていないぞ」

「リック様が考えられている事は、エセルには分かります」 

 さすがは俺の補佐役メイドと褒めるべきなのだろうか。

「とにかくリック様、急ぎましょう」

「そ、そうだな」

 エセルに促され、俺は特殊能力『超人』を発動させる。

 体中に力が(みなぎ)るのが分かる。

 エセルからは特に反応は無い。

 どこかの少年漫画みたいな見た目による演出は無いらしい。

「行くぞ!」

 窓を開ける。

「ここ二階ですよ」

 エセルは指摘するが、言っただけという感じだ。

 この程度なら大丈夫と思っているのだろう。

 今は『超人』の力が発動しているから、ちょっとの段差から落ちて死ぬ洞窟探検家とは違う。

 無事に着地する。

「舌をかむなよ」

 俺は跳躍(ちょうやく)して、屋敷を取り囲むように建てられている頑強(がんきょう)石塀(いしべい)を超える。

 力を入れすぎたか、塀どころか屋敷の屋根まで見渡せる。

「えっ?えっ?えっ!?」

 さすがにこれは驚いたか。背後からエセルの声が聞こえる。

 俺は大木の枝を足場にして跳躍、その先にある小屋の屋根を跳躍、跳躍しながら進んでいく。

「ヤッホーーーーー!」

 これ意外と楽しい。

「リッ、リック様。飛び跳ねる必要があるのですか」  

 エセルが驚きながらも指摘をするが、気にしない。

 前世では、亀にさらわれたお姫様を助けにいく配管工の兄弟を主人公にしたテレビゲームがあったが、 それをリアルにやっている感覚だ。

 羽が生えた亀でもいないかな。

 だが、調子に乗りすぎた。

 『超人』の力で夜目が効くようになっているが、今は()暗闇(くらやみ)の夜。つまり視界が悪い。

 周りの景色と同化してしまい気が付かず、俺は池に落ちる。

 ドッボォーーーーン

 幸い、腰くらいの高さまでしか水深がないので(おぼ)れる事はない。

 しかし、高い所から落ちた衝撃で水飛沫(みずしぶき)が盛大にあがる。

 当然、俺もエセルもびしょ濡れになる。

「リック様……」

 エセルの声が冷たい。

「火災現場に行くから濡れていった方が良いじゃないか」

「………」

 エセルは沈黙。

 心情的に冷え込んでいくのが分かる。

「すまない。今度は調子に乗りすぎないから」

 気まずい雰囲気のまま、俺は池を出て、町へ向かう。

 

 タラッタタララ~♪  


 あのゲームでミスした時の音楽が頭の中で流れたのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鍛えれば出来る事に命が対価ってやっぱり馬鹿だよね
2021/06/15 07:00 退会済み
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