第143話 リックの後始末
これまでのあらすじ
教会の有力者と悶着を起こした件でリック、オリーヴ、シェリー、ノーマは処分を受ける事になった。
リックはウォーカー男爵家を追放される事となり、オリーヴはポールと離婚する事になった。
「リック様、こちらが契約書でございます」
ターミガン商会のアーノルドが書類を差し出す。
俺は一読し、内容に問題が無い事を確認すると、書類に署名をする。
これで契約成立だ。
「急な頼みを引き受けてくれて感謝している」
「いえいえ、こちらこそ願ってもないお話を頂戴して感謝しております」
アーノルドは笑顔で応える。
童顔と相俟って可愛らしい。
ショタ好きの女性なら鼻血を出して倒れるレベルだ。
実態は年齢不詳の腹黒商人なのだが。
ウォーカー男爵家から追放される俺はこれまで手掛けて来た瓶詰め食品事業をターミガン商会に売却する事にした。
言っておくが、追放される腹いせではない。俺がいなくなった後、事業を引き継いでくれる人がいないからだ。
俺にもしもの事があった時に備え、これまでオリーヴ義姉さんにも関わってもらっていたのだが、今回の一件で彼女もウォーカー男爵家から去る事になってしまった。
ポール兄さんは領主の仕事が忙しくて手が回らない。
ただでさえ人材不足で悩むウォーカー男爵家。
誰に頼むか悩んだ結果、ターミガン商会で運営してもらう事にしたのだ。
売却額は現在残っている借金の額。つまり、ウォーカー男爵家は借金を棒引きしてもらう形になる。
本音を言えば、もっと高値で売却してウォーカー男爵家の財政の足しにしたかったのだが、交渉する時間が足りなかった。
ただ、それでも良い取引であったと考えている。
ウォーカー男爵家としては、今後商会からの税収を得られる。直接事業に携わるよりも実入りは少なるかもしれないが、一定の金額は見込めるので、貴重な財源になってくれるだろう。
一方のターミガン商会は思い切った決断を下したと思う。
瓶詰め食品事業の出足は好調ながらも、軌道に完全に乗った訳ではない。社会に定着する前に単なるブームとして終わるかもしれないし、競合相手の参入も考えられる。先行きは未知数である。
借金の棒引きとはいえ、日本円に換算すれば億単位の額だ。
成功すれば莫大な儲けになるが、失敗すれば多額の損失となる。
ハイリスクハイリターン。
アーノルドは博打を打つ気分で契約を交わしたのかもしれない。
「アーノルド。念の為、もう一度確認するが、この契約書の署名は本当に俺の名前で良いのか?」
交わされた契約書の署名を指差しながら俺は尋ねる。
この契約はウォーカー男爵家とターミガン商会との間で結んでいる。
追放された俺はウォーカー男爵家の人間ではなくなっている。
そんな人間と交わした契約書は無効なのではないのだろうか。
「大丈夫でございます。この件に関してはポール・ウォーカー男爵からも最も詳しいリック様と話を詰め契約を結ぶように指示を頂いております」
幾度となく繰り返してきた疑問に対し、アーノルドはその都度嫌な顔一つせず、丁寧に説明してくれる。
本来ならポール兄さんが交渉の場に同席し、彼が契約書に署名するべきなのだが、それが出来ないのは、俺が追放処分を受けた身だからである。
ヒューズ枢機卿の手の者が屋敷で監視しているので、兄さんと俺は同じ場に居てはいけないし会話も許されない。
なので、兄さんと俺の意思疎通はアーノルドのような第三者を介して行っている。
同じ建物の中にいるのに変な話だ。
「う~ん」
だが、いくら兄さんの指示を受けたとはいえ、この署名には釈然としない。
もう俺には関係ない事だから気にする必要は無いのかもしれないが。
そんな俺を見てアーノルドは説明を付け加える。
「このような話は貴族の世界ではよくある事でございます。実はこの件の契約日はリック様が謹慎処分を受ける前日と致しております」
そう言ってアーノルドは契約書の日付を指で示す。
「なる程、つまり俺はまだウォーカー男爵家の一員だから、契約は成立するという事か」
「その通りでございます」
アーノルドはニッコリ笑う。
偽造じゃないか!という気持ちもなくはないが、一応納得する。
真実を知っているのは、ポール兄さんとアーノルドと俺の三人だけだ。それならば、墓場まで持って行くのも可能だろう。
何はともあれ、これで最大の懸案事項は決着出来た。
残すは、身の回りの整理だけだ。
こうして、俺の後始末は少しずつ進んでいくのであった。
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