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第134話 選択 そして 決断

これまでのあらすじ

 王都からウォーカー男爵領への帰途で突如行方不明になるシェリー。

 リックはオリーヴと共にシェリーを探しに行き、シェリーと行動を共にしていたノーマと合流。

 一方のシェリーは昔仕えていたヒューズ枢機卿一行の馬車にいた。

 老人だった枢機卿は少年に若返っていて、彼の振る舞いにシェリーは恐怖を感じていた。

 無理だとは思いながらもシェリーはリックに助けを求める言葉を発する。

 すると、馬車の屋根を突き破ってリックが来たのであった。

「シェリー無事か?」

「うん。大丈夫だよ」

 俺の問い掛けにシェリーは笑顔で返事する。

「良かった」

 俺は安堵する。

 怪我をした様子も無い。元気そうだ。

「良かったじゃないわ」

 背中越しにオリーヴ義姉さんの声が聞こえる。

「えっ?」

 声が聞こえて初めて気が付く。

 オリーヴ義姉さんは、まるで母親と一緒にいる子供コアラのように俺にしがみ付いているのだ。

「突然血相を変えて跳び上がったから驚いたわ」

 手足を広げて俺から降りるオリーヴ義姉さん。

 いつも温厚な彼女には珍しく口調が強い。

 怒っている様子だ。

 それもそうだろう。

 俺とオリーヴ義姉さんとノーマの三人の話し合いで、尾行をして情報を集めてから対策を練ろうと決めたのに、俺が勝手に突撃してしまったからだ。

 俺は『超人』の力で、シェリーとヒューズ枢機卿の会話を聞いていた。

 最初は落ち着いて聞いていたのだが、シェリーが「痛い」とか「いやっ」と言っている辺りから動揺し「助けて!(あるじ)さん!」と聞こえたら、考えるよりも先に体が動いてしまっていた。

 おそらくオリーヴ義姉さんは跳び上がった俺を見て咄嗟(とっさ)にしがみ付いたのだろう。

 彼女の身体能力なら出来る芸当だ。

「気をつけて。戦場では冷静さを失った者から死ぬのよ」

 ここは戦場ではないが……いや似たような状況か。

 それに言っている事は(もっと)もである。 

 だから俺は「すまない」と素直に謝る。

「…………はっ。お、お前らいったい何者だ」

 これまで呆然としていたヒューズ枢機卿が正気に戻る。

 早いな。

 もうしばらく静かにして欲しかったのだが。

 仕方ないか。

「シェリーを連れ戻しに来た」

 誤魔化しようもないので、正直に目的を告げる。

「何だと!」  

 ヒューズ枢機卿が(にら)む。

 シェリーが「ひっ」と身を強張らせる。

 睨まれているのは彼女ではなく、俺なのだが。

 炎に囲まれた中でも気丈に振る舞っていた彼女からは想像もつかない程の(おび)えようだ。

「大丈夫だ。安心しろ」

 俺は左手で震えるシェリーの右手を優しく握る。

 彼女の右手はギュッと握り返してくる。

 少しは落ち着いたようだが、それでも震えは残っている。

 ヒューズ枢機卿に対するシェリーの反応はトラウマ(心的外傷)そのものである。

 きっとこれまで、そうなるだけの仕打ちをシェリーはされてきたのだろう。

 あいつは許せない。

 俺はヒューズ枢機卿を睨み返す。

 一発殴ってやりたい気分だ。

「リック君、冷静になって。ポールさんとの約束を忘れないで」

 オリーヴ義姉が耳打ちする。

『ヒューズ枢機卿に失礼な事はしない。教会に喧嘩を売るような事はしない』

 俺がシェリーを探しに行くにあたり、ポール兄さんと交わした約束だ。

 俺は殴りたい気持ちをグッと(こら)える。約束は守らなければならない。

 グレーゾーンに踏み込んでいる気はするが。

「シェリーよ。(われ)の傍に来るのだ」

 枢機卿が手を伸ばす。

 シェリーは俺の手を振り払おうとするが、すぐに止める。

 そして、さっきよりも強く俺の手を握る。

「何をしている!早く来い!」

 これは恫喝(どうかつ)だ。声を荒げる枢機卿を見て、俺はそう感じる。

 シェリーの手はブルブルと震えているが、手を離そうとしない。

 精一杯の意思表示なのだろう。

 ならば、その気持ちに応えないといけない。

「残念だが、シェリーはあんたの所へ行くつもりはない」

「何を馬鹿な事を言っている。シェリーは我の手下だ。関係の無いお前が口出しする筋合いはない」

 唾を飛ばしながら(まく)し立てる枢機卿。

 聞く耳持たずだ。

 う~ん。

 どうしようか迷っていたが、あれをするしかなさそうだ。

「シェリー。俺と一緒に行くか、ヒューズ枢機卿と一緒に行くか、選んでくれ」

「えっ!?」

 驚くシェリー。

「今すぐ………決めるのかな」

 俺は頷く。

 シェリーは青ざめた表情をしている。

 つらい事を求めているのは承知の上だが、他に方法がない。

「俺を信じてくれ。何が有っても守る」

 シェリーはジッと俺の目を見つめる。

 瞳に不安の色は強く残っている。

 俺は努めて優しい表情をする。

 しばらくの間、俺とシェリーは見つめ合う。

「何している!」

 ヒューズ枢機卿の威圧するような声。

 それは発車ベルの合図になった。

 次に進むべきレールをシェリーは告げる。

「うちは(あるじ)さんと一緒に行きます。ヒューズ枢機卿とはここでお別れします。今までありがとうございました」

 震えたながらもハッキリとした声。

 シェリーは枢機卿に向けて一礼する。

「頑張ったな」

 俺はシェリーの頭を撫でる。

「ありがとう」

 ぎこちないものの笑顔を見せるシェリー。

 シェリーはヒューズ枢機卿と決別しなくてはいけない。

 これまでの二人のやり取りを見て俺はそう感じた。

 枢機卿からこっそり逃げるという選択肢もあるが、そうすると枢機卿はシェリーは戻る意思があると勘違いして未来永劫(みらいえいごう)追いかける危険が高いし、シェリー自身も枢機卿の影に怯えながら暮らさなくてはいけない。

 だから、シェリーの口から相手にハッキリと決別の意思を告げるべきと考え、彼女にどちらを選ぶか即答を求めた。

 また、言葉にした分、シェリー自身の気持ちの整理もつく。

 こういう時は曖昧な態度が一番危険なのだ。

 シェリーが上手く言えなかった場合は俺がサポートするつもりだったが、彼女は賢く芯が強い。

 俺の意図を理解し、恐怖で震えながらも必要な事を全て言った。

「そういう訳だ。ヒューズ枢機卿、俺はシェリーを連れて帰る」

 俺はワナワナと震える枢機卿に告げる。

「認めないぞ!!」

 ヒューズ枢機卿は大声で怒鳴る。

 まったく、往生際が悪いな。

 予想はしていたが、簡単には終わらせてくれない。

「我に逆らう事は一切認めない!今すぐこっちに来い!」

 俺はシェリーを庇うように背中に隠すと、枢機卿の目を見る。

 今度は睨まない。代わりに哀れみ目を向ける。

「ヒューズ枢機卿。手下は何でも自分の言いなりになる道具だと思うなよ。自らの意思を持つ一人の人間なんだ」

 睨まれた時よりも怯む枢機卿。

 前世日本人だった頃、俺はある知り合いがいた。

 その知り合いは、地元では名の通った老舗(しにせ)の会社の社長をしていた。

 一流と呼ばれる大学を卒業し、仕事はそれなりに出来る人であったが、何が有っても自分が正しいと思い、人の言う事は一切聞かない。思い通りにならないと怒鳴り散らす。

 典型的なワンマン社長だった。

 会社は当然の如くブラック企業で社員の目は死んでいた。

 そして、その会社は次第に業績を落としていき、ある日倒産した。 

 その社長とヒューズ枢機卿はよく似ている。

 さしずめ、ヒューズ枢機卿は異世界版ワンマン社長、シェリーは異世界版の社畜といった感じだろうか。

 ただ、全てを諦めている社員と違いシェリーは恐怖に襲われながらも社畜から抜け出そうと藻掻(もが)いていた。

 だから俺は手を差し伸べて何が何でも助け出したかったのだ。

「さあ帰ろう」

「うん」

「分かったわ」

 俺はシェリーを抱きかかる。

 オリーヴ義姉さんは先ほどと同様コアラのポーズでしがみ付く。

 後は『超人』の力で跳躍して離脱するのみ……


 ……だったのだが。

「まさかな」

 俺は冷や汗をかく。

 体全体を襲う脱力感。

 まさかのまさか『超人』の力の発動が終了したのだ。

 タイミングが絶妙過ぎるだろ。

 相変わらず肝心なところで使えない能力だ。

「ヒューズ枢機卿!如何(いかが)されましたか?」

 運が悪い事に、騒ぎを聞きつけて枢機卿の部下たちが馬車に駆け付けて来てしまった。

 これは困った。

 俺達は一転、ピンチに陥ってしまったのであった。


読んで頂いてありがとうございます。

久しぶりの本編再開となりました。 

リックの人生も大きく動き出す事になりそうです。


また、大谷翔平選手、104年ぶりMLB2桁勝利&2桁本塁打達成おめでとうございます!

最近暗い話題で気が滅入っていたので、勇気づけられました。

さらなるご活躍を祈念申し上げます。


次回もよろしくお願いします。

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