番外編41 シェリーと少年
前回のあらすじ
王都からウォーカー男爵領へ戻る途中、突如行方不明になったシェリーは、ヒューズ枢機卿一行の元にいた。
彼女は馬車の中で眠り、これまでの出来事を夢で見ていた
そして、目が覚め起きた頃、馬車の中に、焦げ茶色の髪の中で一房だけ赤い色の髪を持つ少年が入って来た。
「申し訳ございません」
うちシェリーは一房だけ赤い色の髪の少年に向かって跪く。
「ふんっ」
少年は鼻を鳴らす。
「愚か者と一緒にいて、愚かさが伝染ったようだな」
「主さんはそんな……」
ギロッ!
少年に睨まれ、うちは黙る。
蛇に睨まれた蛙の気分だ。
「顔も緩んでいる。以前のように引き締まった顔になれ」
「かしこまりました。ヒューズ枢機卿」
そう、この少年はうちが以前仕えていたヒューズ枢機卿だ。
ただ、ウォーカー男爵領へ行く前の枢機卿は高齢の男性だった。
何年も会ってはいなかったけれど、常識の範疇を超えた変貌だ。
うちも会った時は枢機卿本人とは信じられなかった。
ただ、教会の高位の聖職者は、本人の身分を証明する証拠をいくつか持っている。
紋章が刻まれたメダルもその中の一つだけれど、他に聖刻と呼ばれるものがある。
刺青と同じで、身体のある部分に自身の紋章を刻む。
技術的に聖刻の偽造は難しく、メダルよりも身分証明としての信頼度は高い。
高位の聖職者は世の中への影響力が強いので、他人のなりすましを防ぐ為に、聖刻を刻む事を義務付けられている。
ちなみにうちは、聖職者としては下級なので、まだ聖刻を刻んでいない。
そして、この少年は枢機卿と同じ聖刻を持っていた。
老人と少年の違いはあっても、聖刻が同じ以上、この少年が枢機卿と同一人物であると認めなければならない。
「我の元に戻ってこい」
街道ですれ違った時、枢機卿からそう言われ、うちはアーノルドさんの商隊を抜け出して、枢機卿一行に合流した。
ヒューズ枢機卿の命令は『絶対服従』と体の芯まで染み込まされたうちは抗う事が出来なかった。
「10数える間に支度を済ませて出て来るのだ」
枢機卿は一方的に告げると馬車から出て行こうとする。
「あの、枢機卿」
うちは勇気を振り絞って呼び止める。
「なんだ」
睨まれたけれど、何とか耐える。
この機を逃せば永久に聞けないと思われる質問をする為だ。
「リリアン様はお元気でしょうか」
真っ赤な髪が印象的なヒューズ枢機卿の奥様。
ケチで冷酷な枢機卿とは違い、優しい心の持ち主。
今回みたいに王都から離れる時は必ず枢機卿と一緒に行動していた彼女の姿が全く見えない事が気になっていた。
たまたま王都で留守番しているだけかもしれない。
けれど、嫌な予感がする。
「リリアンには我の為に全てを捧げてもらった」
「え?」
枢機卿が何を言っているのか、うちは理解できなかった。
「しかったなかったのだ。若き肉体に戻る為には相応の代償が必要になる。リリアンは喜んで応じてくれた」
いつもより多弁になる枢機卿。
人は後ろめたい事をすると普段よりも多く喋ろうとする。
それは、自分が悪い事をしていると認めたくないから。
言い訳をたくさん述べる事で、自分は正しい事をしていると自己暗示をかけて、自分を守ろうとする。
こういう人達をうちは多く見てきたし、枢機卿も同じことをしている。
いったい、枢機卿は何をしたのかな。
そこで、うちは以前読んだ小説のとんでもないシーンを思い出す。
「まさか、リリアン様を生贄に………」
「口を慎め!」
一喝する枢機卿。
否定はしないんだね。
どうやら、うちのとんでもない想像は当たりらしい。
その小説には、悪魔の王が天使の姫を生贄にして儀式を行い、強大な力を得るというシーンがあった。
よく見れば、一房の赤い髪は、リリアン様の髪によく似ている。
こんなの、うちは空想の話だけだと思っていたけれど、現実でも可能らしい。
そうだとすれば、リリアン様はもう生きていないのかな。
「あの老いた体では教皇になれても3年も持たない。しかし、この若き肉体であれば違う。我は長きに渡り教会の頂点に君臨し続けるのだ」
そう言うと「ははは」と高笑いする枢機卿。
狂っている。
「そうだ、シェリーよ、我の妻となれ」
「えっ!?」
うちは自分の耳を疑う。
何を言っているのかな、この人。
戸惑ううちの肩を枢機卿は強く掴む。
「痛い」
しかし、枢機卿はうちの呻き声を気にする様子はない。
「お前は美しくて賢い。この醜い火傷跡も直ぐに治してやろう。リリアンの代わりに我に尽くすのだ」
そう言うと枢機卿は顔を近づける。
「いやっ」
うちは枢機卿を突き飛ばす。
「ほう。我に逆らうつもりか。誰が主人なのかしっかり教え込む必要がありそうだな」
ヒューズ枢機卿が見せた笑みは、うちが今まで見た中で一番残虐であった。
「助けて!主さん!」
うちは叫ぶ。
考えるよりも先、本能のように発した言葉だった。
ドオオオオオン!
突如鳴り響く轟音。
馬車の屋根には空が見える程の穴が空き、うちと枢機卿の間に何かが落ちて来る。
その何かは人だった。
うちより一つ年上の少年。
背は低くて盗賊のような悪人顔。
けれど、うちが世界で一番頼りにしている素敵な人。
そう。うちが主さんと呼ぶリック・ウォーカーが、目の前に降り立ったのだ。
「シェリー、無事か?」
「うん。大丈夫だよ」
主さんが来てくれて嬉しい。
うちは笑顔で返事をした。
読んで頂いてありがとうございます。
長らく続いた番外編ですが、次回より本編に戻ります。
次回もよろしくお願いします。




