番外編37 シェリーの夢 ~夫人~
前回のあらすじ
シェリーは夢でこれまでの人生を回想する。
ヒューズ枢機卿の部下になった彼女。
周りからは栄転のように扱われるが、与えられた仕事はなりふり構わない寄付金集めだった。
思い描く聖職者像との乖離に葛藤するシェリー。
夢はまだ続く。
ある日の事、うちシェリーはヒューズ枢機卿に呼ばれる。
多額の寄付金を集めるうちは、ヒューズ枢機卿の部下の中でも、それなりに高い地位に就いていた。
周りからは羨望の眼差しで見られていたけれど、うちは憂鬱な気持ちだった。
出世すればするほど、ヒューズ枢機卿と会う回数が増えるからだ。
あぁ~嫌かな。
ヒューズ枢機卿と会っても楽しい事は一切ない。
きっと新たな任務とか言って、面倒な仕事をさせるつもりだろう。
嫌々ながらもヒューズ枢機卿の元へ向かう。
「新たな任務だ」
うちの予想通りだね。
「何なりとご用命ください」
跪きながら心にも無い事を言う。
最近は表情を隠す事も声の感情を消す事も得意になっていた。
並大抵の事では驚かない。
「えっ!?」
それでも、ヒューズ枢機卿から言い渡された任務には衝撃を受けた。
無理だよ。
「不服か」
ギロリと睨まれる。
「滅相もございません」
何とか動揺を抑えて返答する。
「では、速やかに実行しなさい」
こうして、ヒューズ枢機卿との面会は終わる。
相変わらず強引だ。
うちは心の中でベーッと舌を出す。
「シェリーさん」
そんな時、背後から声を掛けられたから、うちは驚く。
心臓が飛び出そうな程かな。
「リリアン様」
炎のように真っ赤な髪が印象的な女性。
ヒューズ枢機卿夫人が立っている。
「ごめんなさい。厳しい仕事をお願いしてしまって」
リリアン様がペコペコと頭を下げる。
「あ、頭を上げてください」
そんなに謝られると却って申し訳ない気持ちになる。
髪の色から一見すると気が強そうな人に見えるけれど、とても腰が低い方なんだよね。
「私が主人を止められれば良いのだけど………」
それは無理かな。
うちは思う。
ヒューズ枢機卿の部下になってから、それなりの時間が経過して分かった事がある。
彼は好々爺のような外見とは掛け離れた厄介な性格をしている。
自分の思い通りにならないと気が済まない。
力づくでも思い通りさせる。
そして欲深い。
まるで我が儘な子供かな。
だから、どんなに嫌な任務でもうちは拒否する事は出来ない。
いや、拒否どころか、意見や提案すらも駄目かな。
少しでも反論の素振り見せようものなら惨い目に遭わされる事は確実だ。
「はい。分かりました」
その一言だけを言える者が、ヒューズ枢機卿が求める理想の部下なのだ。
それはリリアン様にも当て嵌まる。
形の上ではヒューズ枢機卿とリリアン様は夫婦だけれど、実態は違う。
主人と奴隷。
ある時、うちは偶然見てしまったけれど、リリアン様の腕にいくつもの痣があった。
腕に限らず彼女の体の至る所に痣があるらしい。
ヒューズ枢機卿に殴られたり蹴られたりして出来た痣だ。
リリアン様は何も悪い事をしていない。
けれど、ヒューズ枢機卿は機嫌が悪いとすぐに暴力を振るうそうだ。
無茶苦茶だ。
何故、そんな人が聖職者になれたのかな?
何故、心優しいリリアン様が酷い目に遭うのかな?
何故、神様はそんな酷い仕打ちをするのかな?
………そうか、神様は存在しないんだね。
だから、こんな不条理が罷り通るんだね。
そう思うと、不思議とうちの気持ちは軽くなっていく。
「何かあったら遠慮なく言ってね。協力するから」
それでもリリアン様は努めて明るく振る舞っている。
良い人だね。
「ありがとうございます」
うちは素直に感謝する。
「それでは、お言葉に甘えてお願いしても良いですか」
「勿論」
快諾してくれるリリアン様。
告げられた時は無理だと思った任務だけれど、策が無い訳ではない。
失敗する危険も高いから、少しでもリスクを下げる為にも力を貸して貰おう。
けれど、この任務、成功したらヒューズ枢機卿が得するんだよね。
それが面白くない。
やる気も萎える。
ただ……
失敗したら、うち以上にリリアン様が辛い目に遭うのかな。
成功したらヒューズ枢機卿の機嫌が良くなって、リリアン様が辛い目に遭わないのかな。
それなら頑張ってみても良いかな。
リリアン様を守る為。
うちはそれをこの任務へのやる気の糧にした。
読んで頂いてありがとうございます。
更新が遅くなりましてすみません。
次回は予定通り7月13日水曜日に更新できると思います。
ところで、
今日の午前中に安倍晋三元首相が奈良市内で銃撃されたニュースを聞いて驚きました。
回復される事を心よりお祈り申し上げます。
新型コロナウイルスの流行、ロシアのウクライナ侵攻、物価の値上がり、異常気象
最近の世の中の空気は、先が見えないほど黒くて暗いように感じます。
人類が間違った方向へ進まない事を願っています。
どうか、未来が明るい世界でありますように。
次回もよろしくお願いします。




