第132話 ノーマは見た!
前回のあらすじ
ノーマと合流したリックとオリーヴ。
三人は力を合わせてシェリーを連れて帰ろうと誓った。
※番外編33並びに第132話のタイトルを変更しました。
「早速だがノーマ、詳しい説明を頼む」
「分かったわ」
ノーマがこれまで起きた事を教えてくれる。
シェリーが行方不明になるまでの経緯は概ねアーノルドの説明通りだが、新しい情報もあった。
「あの日、あの男と話をした後からシェリーさんはおかしくなったのよ」
シェリーが行方不明になった元凶はその男だと言わんばかりにノーマは憤慨する。
「ヒューズ枢機卿一行と思われる謎の一行の一人なのか」
ノーマは「そうよ」と返答する。
シェリーやノーマが同行するアーノルド一行と謎の一行が出会ったのは街道上、4本の道が交わる交差点。
お互い異なる方向からやって来て、挨拶がてら世間話をした後、それぞれ異なる方向へ進んだそうだ。
滅多にない遭遇率である。
アーノルドが謎の一行の代表者らしき壮年の男性と世間話をしている最中、シェリーは一行の他の男と会話をしていたそうだ。
ただ、皆とは離れた場所で会話をしていたので、二人がどのような話をしたのかは分からない。
「その男はどんな人物だ?」
「若い男よ。そうね、シェリーさんと同じくらいの年頃かしら。帽子を被っていたわ」
そう言うとノーマは声のトーンを落とし、意味深な口調になる。
「あたし見たのよ」
日本の2時間サスペンスドラマに出てきそうな台詞である。
手を口元に当てて話す仕草は、まるで刑事に情報を提供する話好きな仲居さんである。
「その男はシェリーさんと会話した後、馬車の中に入ったの。その時、幕の隙間から見えたのよ」
「何をだ?」
勿体ぶらせるノーマ。
「髪よ。その男は焦げ茶色の髪をしていたけど、一房だけ赤色の髪をしていたの」
一房だけ……メッシュを入れているのだろうか。
この世界にも髪用の染料は存在する。
21世紀の地球では、化合物を使った合成染料が安価で出回っているのに対し、この世界では動物や植物から抽出された天然色素の高価な染料しかない。
その為、髪を染めているのはごく一部の上級貴族や金持ちだけで、メッシュを入れている人は見た事も聞いた事もない。
21世紀の地球であれば見慣れたメッシュであるが、この世界では奇抜にしか見えないだろう。
「もしかして、その男がヒューズ枢機卿か」
「違うと思うわ」
俺の予想をオリーヴ義姉さんが否定する。
「ヒューズ枢機卿は若くないわ。お年を召された男性よ」
それもそうか。
次期教皇最有力候補と呼ばれる程の実力者だ。
相応の経験と実績を持っているのだろうし、そうなる為には相応の年数が必要になる。
「ところでノーマ、謎の一行と会話をしたのはアーノルドとシェリー以外にいたのか?」
「いいえ、二人だけよ」
「では、高齢の男性を見た人はいたのか?」
「いなかったわよ」
「おかしくないか」
相手が名乗っていないのに、アーノルド達は何故、謎の一行がヒューズ枢機卿一行だと思ったのか。
アーノルドが会話したのは壮年の男性。
シェリーが会話したのは少年と呼ばれる年代の男性。
ヒューズ枢機卿と一致する年代の男性は姿すら見せていない。
疑問を口にするとノーマは「それは」と教えてくれる。
「謎の一行と別れた後、ヒューズ枢機卿の紋章が刻印されたメダルを拾ったの。それで謎の一行の正体はヒューズ枢機卿ではないのかいう話になったのよ」
「それ、貴重品じゃないか!」
俺とオリーヴ義姉さんは驚く。
落としましたでは済まされない代物だ。
紋章が刻印されたメダルは言うなれば身分証。水戸黄門の印籠に近い存在である。
理屈の上ではメダルを偽造して勝手に名を騙る事も可能だが、バレてしまえば極刑に処せられるので、そんな真似をする人はいない。
「そうよ。拾った時は皆驚いたわね。けど、気が付いた時には、謎の一行は遠くへ行ってしまった後だったの。だから、アーノルドさんが一時的に預かって、後日総教会へ届ける事になったのよ」
「アーノルドが持っているのか」
そんな事、一言も話していなかったぞ。
「リック君、とても取り乱していたもの」
オリーヴ義姉さんが俺の疑問に答えてくれる。
「俺に話す暇が無かったという事か?」
「そう思うわ」
「………」
反論できない。
あの時の俺は正常でなかったのは事実である。
本題に戻ろう。
ノーマの話を聞いて俺はある仮説を思い付く。
「ノーマ、メダルを拾った人は誰だか覚えているか」
「ええ」
ノーマは頷く。
「シェリーさんよ……あっ!」
ノーマも気が付いたようだ。
「俺の勝手な推測だが、シェリーはメダルを拾っていない。受け取ったんだ」
赤メッシュの男から渡されたのだろう。
「どうしてシェリーさんはメダルをアーノルドさん達に見せたのかしら」
オリーヴ義姉さんが首を傾げる。
「これも勝手な推測だが、シェリーは俺達に行き先を伝えようとしたのではないかと思う」
何故シェリーが謎の一行の元へ向かったのか、それは本人に聞かないと分からない。
言える事は、探して欲しいのだろう。
そうでなければ、こんな回りくどいやり方なんかしない。
「それで、謎の一行は今何処にいるのか」
俺はノーマに尋ねる。
「近くよ。そこの林の先。ここからは見えないわ」
ノーマが指差す先を見るが、確かに木々が邪魔で見えない。
俺は耳を澄ませる。
『超人』の力が発動中なので、聴覚も鋭くなっているのだ。
人の声は聞こえる。
ただ、人の声の他に、馬の声や物音も聞こえて来るので、誰が何を話しているのか内容までは聞き取れない。
「鍵になる人物は一房だけ赤色の髪の男だな」
俺の言葉にオリーヴ義姉さんとノーマは頷く。
紋章が刻印されたメダルを渡せる人物だ。ヒューズ枢機卿に近い人物である事に間違いはない。
彼に接触するべきか、それとも避けるべきか、迷う所ではあるが……。
まあ、今は考えるよりも動いた方が良いだろう。
『超人』の力が発動中なのだ。
身体能力や五感が人間離れした力を発揮できる。
予告なしに突然発動が終わるのが難点だが、過去の経験から力の発動はまだ続く筈である。
仕える内にこの力を積極的に活用するべきだ。
「もう少し近付こう」
そうすれば謎の一行の会話も聞こえる。
情報が欲しいのだ。
「ノーマ、誘導を頼めるか」
俺の問い掛けにノーマは一瞬躊躇う。
相手に近付くという事は、その分だけ相手に発見される危険がある。
今いる場所が、ノーマにとって尾行が可能なギリギリの場所である事は想像に難くない。
尾行の技術はノーマが抜きん出る。彼女が無理だと判断したなら別の方法を考えるしかない。
しかし、ノーマは真剣な顔つきで俺に言う。
「やるわ」
「ありがとう」
その一言に感動した俺は、思わずノーマの頭を優しく撫でる。
彼女はボディタッチが好きらしい。口元が緩み嬉しそうにしている。
その姿を見た俺は、何故か前世日本人の頃に飼っていた柴犬のモカを思い出したのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
次回の更新は水曜日より遅くなるかもしれません。
これからもよろしくお願いします。




