番外編1 ピーターの休日 前編
ふぁぁぁぁよく寝た。
窓には陽光が差し込んでいる。
たくさん眠っちまったな。
最近、忙しかったもんな。
若い頃はちょっと寝れば疲れが取れたもんだが。
まあ仕方ないか、息子は結婚する歳になったんだからな。歳を取るのも当たり前か。
おいらの名はピーター・ウォーカー。
見た目は悪いがこれでも一応貴族をやっている。
「ご主人様、おはようございます」
部屋に老齢の執事が入ってくる。
おいらが産まれた頃から面倒を見てくれている爺さんだ。
見目麗しいメイドも良いが、気心知れている人の方が、朝は気持ちよく過ごせる。
「本日は如何されますか」
今日は予定を全く入れていない。休日だ。
最近は、長男ポールの結婚式で忙しかったから、たまには休んでも良いだろう。
「朝風呂でも楽しむか」
「畏まりました。それでは準備致します」
執事はお辞儀をして部屋を出る。
このところ、風呂にゆっくり浸かる時間も無かったもんな。
今日は体を休めるとしよう。
風呂が沸くまで時間が掛かる。
再び横になり、二度寝を楽しむとしよう。
「ひっひっひ、いい湯だった」
風呂はやっぱり気持ち良い。
体中から嫌な物が全て洗い出された気分だ。
「お待たせいたしました」
風呂上り、食堂に行くと胸が大きいメイドがジョッキを持ってくる。
中には黄金色の液体が並々と注がれている。
ビールだ。
王都の貴族連中はワインを好むが、おいらはこのビールが大好物なんだ。
グビッ
グビッ
グビッ
プハー
この喉越しがたまらない。
つまみのソーセージとの相性も抜群だ。
朝寝、朝風呂、朝酒、至福の時間を満喫する。
「さて、次はどうするか」
ジョッキを空にしたおいらは、食堂を出る。
本でも読むか。それとも誰かとチェスでもやるか。
ん?
廊下の先に見慣れた女性がいる。
「ようっ、オリーヴ」
この前、長男ポールと結婚した嫁さんだ。
「お義父様、おはようございます」
オリーヴは挨拶するとお辞儀をする。我が家のメイド達よりも動きが綺麗だ。
由緒正しい法衣貴族の令嬢というのは伊達ではない。
「ひっひっひ……」
いけない。また出してしまった、この笑い声。息子達や側近達からも品が悪いと言われているんだが、どうしても出てしまう。仕方がない、癖だからな。
「ポールとリックは見なかったか」
「お二人とも用事があるので出掛けられましたわ」
そうか、家にいないのか。
おっ!ひらめいた。
「ひっひっひ、オリーヴ。これから、一緒に領内を視察しないか」
よく考えてみると、おいらはオリーヴと挨拶程度しかコミュニケーションを取っていない。
一度、じっくりと話をして、どんな人間か把握しておいた方が良いだろう。
誘われたオリーヴは、すぐに笑顔で「はい、喜んでお供させて頂きます」と答えた。
「町へ行ってくれ」
馬車に乗ったおいらは御者に指示をする。
領内最大にして唯一の町だ。
太陽は高く昇っていて、もうすぐ昼の鐘がなるような時間だ。
日暮れまでに帰って来るにはちょうど良い場所だろう。
屋敷から眺めると町は近くにあるが、馬車で行くと時間は掛かる。
所々に池や沼があって道が曲がりくねっているからだ。
さて、何を話そうか。
揺れる馬車の中でおいらは考える。
思い付きでオリーヴを誘ったが、どんな会話をすれば良いものか。
15歳なんて、おいらの半分にも満たない年齢だ。
このぐらいの齢の女の子が何を好むのか、おじさんには皆目見当もつかない。
かと言って、このまま沈黙のまま町へ行くのも気まずい。
「今日は天気が良いですね」
オリーヴの方から話しかけてくれた。
「ひっひっひ。そうだな。今が一番過ごしやすい時期だ」
ここの気候は過酷だが、今の季節だけは快適だ。
「だがな、ここの冬はとても厳しい。オリーヴは寒いのは平気か」
雪はそんなに降らないが、とにかく冷たい。
うっかり鉄のパイプなんかを握ったら手が張り付いて離れない。それくらい、ここは寒い。
「はい。大丈夫です」
オリーヴは自信満々に答える。
ここの冬の厳しさをまだ分かっていないか。
「子供の頃、お母様と雪山へよく登りましたから」
「そう言や、オリーヴの母親はラス男爵家の生まれだったな」
「はい」
ラス男爵家は王国北部に領地を持つ貴族だ。
最近でこそ平和になったが、ラス男爵家領は他国と隣り合っていて、昔から戦が絶えない。
その為、ラス男爵家は男女問わず武芸の鍛錬に励むという。
また、また敵に攻められた時に備え、雪山で行軍や野営等の厳しい訓練を行うと聞いている。
たぶん、オリーヴが言っている雪山へ登るとは、それらを指しているのだろう。
「ひっひっひ。だから、あんな重たい鎧を四六時中着ていられたんだな」
おいらはオリーヴを王都からここまで連れて来た時の事を思い出す。
馬車に乗っているだけとはいえ、あんな重たい鎧をずっと着続けられた人間だから、どんな豪傑なのかと思ったら、オリーヴの母親カミラ夫人は華奢な体をしていた。
あれには驚かされた。
「その節は申し訳ございませんでした」
オリーヴが謝る。
「ひっひっひ。気にするな」
もう終わった話だ。それにマイエット子爵から直接謝罪を受けている。
結婚式を終えた後の事だ。
オリーヴの父マイエット子爵は、おいらの所へやって来るなり、頭を下げた。
「騙してしまい申し訳ない」
法衣貴族ってのは、プライドの塊でおいらみたいな格下の貴族には絶対に頭を下げない存在だと思っていた。
他の法衣貴族はおいらのイメージ通りなのかもしれないが、少なくてもマイエット子爵は違う。
おいらの中でマイエット子爵が好きになった瞬間だった。
今回の結婚は、お互いの利害関係だけの代物だと最初は思っていた。
だが、マイエット子爵家とウォーカー男爵家はこれから仲良く付き合っていける。
おいらは確信している。
「ひっひっひ。オリーヴ、何か困ったことがあれば遠慮なく俺に相談しろよ」
「ありがとうございます」
オリーヴは礼を述べるが、言う相手はおいらじゃなくて、マイエット子爵の方が相応しいかもな。
子爵はおいらに謝罪した時、頭を下げたまま、こう言った。
「オリーヴを頼む」
大丈夫だ、マイエット子爵。あんたの頼み通り、おいらはオリーヴを見守ってやるよ。
柄にもなく、おいらは心の中で誓いを立てた。




