第125話 瓶詰め食品
前回のあらすじ
王都に着いたシェリーとノーマの二人は、マイエット子爵やドズーター神父から瓶詰め食品の販売に協力してくれる約束を取り付ける事に成功する。
一方、その頃ウォーカー男爵領では……
「そこの竈、火が弱いから強くしてくれ」
「はい」
俺の指示を受けて工員の女性が竈に薪を入れる。
パチパチと薪は燃え、火が勢いを増す。
「良い感じだ。これくらいの火力を維持してくれ」
「はい」
火が弱いと豆のスープは美味しく出来上がらないのだ。
これで大丈夫だ。
鍋を持ってくればいつでも煮込める状態だ。
「ここは頼んだぞ」
そう言うと俺は次の場所へ向かう。
そこにもたくさんの竈が並んでいる。
さっきの場所と違うのは、どの竈にも豆のスープが入った鍋が置かれていて、工員の女性達が大きなしゃもじでかき混ぜている点だ。
「やあ、オリーヴ義姉さん。調子はどうだい」
俺はスープの味見をしているオリーヴ義姉さんに声を掛ける。
「大丈夫よ。美味しく出来上がっているわ。リック君も味見してみる」
「いや。いいよ」
オリーヴ義姉さんが美味しいと言っているのなら大丈夫だ。信じよう。
当初は俺も味見をしていたが、一から百まで全て俺が判断していたら体が持たない。
少しずつ周りの人達に仕事を任せて行かなくてはいけない。
「味が大丈夫なら、ここの作業は瓶詰め班に移してくれ。次のスープを頼む」
「分かったわ」
オリーヴ義姉さんは笑顔で返事すると、工員達に指示を出す。
竈から鍋が降ろされ、ガラス瓶が運ばれてくる。
慣れて来たな。
一緒に鍋を運ぶオリーヴ義姉を見ながら俺は思う。
だが、これは男爵夫人がするような仕事ではない。
任せられる人がいないのだ。
ポール兄さんがやらかした失態が原因でウォーカー男爵領は優秀な使用人達が次々と辞めた。
ウォーカー男爵家は人材不足なのだ。
嫌な顔ひとつせず、自ら進んで仕事に取り組むオリーヴ義姉さんには頭が下がる。
「リックさ~ん」
元貴族令嬢ディアナが大きなバスケットを抱えてやって来る。
「頼まれた包丁、全て研ぎ終わったよ」
作業台に置かれたバスケットの中には多数の包丁が入っている。
包丁研ぎだけではない。空いた時間を見つけては、鍋の修理も手掛けてくれる。
鍛冶師顔負けである。
以前屋敷の窓を修理してくれた事があったが、基本的に彼女は工作作業をする事が好きらしい。
「ありがとう」
俺はディアナにお礼を言う。
「どういたしまして」
笑顔で返すディアナ。
濃紺色のつなぎを着ていて、綺麗な金色の髪は邪魔にならないようにバンダナで巻かれている。
貴族の令嬢だった頃の面影はほとんど無い。
しかし、それはディアナの新たなる魅力を存分に表現している。
彼女は生き生きとして、とても美しく、とても輝いている。
「リック様!」
今度はエセルがやって来る。
息を切らしている。全力で走ったらしい。
「そんなに急いでどうしたんだ?」
エセルは息を整える間も惜しいかのように口を開く。
「シェリーさんから手紙です」
!!
その言葉に俺は勿論、周囲も反応する。
瓶詰め食品の宣伝と販売状況を確認する為にシェリーとノーマは王都へ行って貰っている。
時期的に考えると、豆のスープの瓶詰め食品が販売された後に出された手紙だ。
王都での反響が報告されている可能性が高い。
俺は封を開ける。
気が付くと皆、固唾を飲んで見守っている。
まるで合否通知を見ようとする受験生の気分だ。
緊張する。
なになに………………
……ふむふむ…………
…………ふむふむ……
………………なるほど
「販売された瓶詰め食品は大好評だそうだ」
俺の言葉に歓声があがる。
手紙によると、豆のスープの瓶詰めは飛ぶように売れているそうだ。
シェリーの考察によると『蓋を開けるだけで食べられる手軽さが王都の人達に受けたかな』とされている。
瓶詰めは現在品薄状態になっていて、ターミガン商会は近々追加注文するつもりらしい。
「リック様、良かったですね」
「そうだな」
全然売れないのではないか。そんな不安を抱いていたのだが杞憂であった。
「流石はリック様です」
尊敬の眼差しで俺を見るエセル。
「違うぞ」
俺は左右に軽く首を振る。
確かにアイデアを出したのは俺だ。
しかし、俺一人では瓶詰め食品を売り出す事は出来なかった。
瓶詰め食品を作りに携わった工員の女性達。初めての作業に戸惑い、怪我をしながらも頑張って作ってくれた。
ウォーカー男爵領から遠く離れた王都まで運んでくれた御者の人達。悪路の中、ガラス瓶という割れ物を無事に運んでくれた。俺が想像していたよりも多くの瓶詰め食品が壊れる事なく王都へ着いた。
販売を受け持ったターミガン商会。
協力してくれたマイエット子爵やドズーター神父。そして協力を取り付ける為に各所を奔走したシェリーとノーマ。
多くの人達が力を貸してくれたからこそ、今回の販売は上手くいった。
「皆のおかげだ。ありがとう」
俺はこの場にいる皆に向かい頭を下げて感謝する。
パチパチパチパチパチ
誰かが拍手をする。
それは次々と広がっていき、俺は拍手の大歓声に包まれる。
この事業はまだ始まったばかりだ。
これから先、取り組むべき課題は多くある。
だが、今は無事に始まった事への喜びと感謝を皆で分かち合って良いだろう。
ウォーカー男爵家の再興を賭けた瓶詰め食品の事業は、好調な滑り出しとなったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




