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第15話 メイドのエセル

 正真(しょうしん)正銘(しょうめい)、披露宴は終了した。

 招待客達は三々五々(さんさんごご)と会場を出ていく。

 ほぼ全員が、今夜はウォーカー男爵家が用意した宿泊施設に泊まるが、時間も遅く、酒や御馳走(ごちそう)をお腹いっぱいに収めているので、二次会などの(しつら)えはない。

 大きな事件でもない限り、俺の役目はこれで終わりとなる。

 ポール兄さんとオリーヴ義姉さんは退室し、ピーター父さんは「ひっひっひっ、ありがとうな」と下品な笑い声をあげながら家臣や使用人達の元へ回って(ねぎら)っている。マメな人だな。

 だが、父さんから声を掛けられて彼らも嬉しそうな顔をしている。俺も将来責任ある立場になったら見習おう。

「疲れた」

 俺は屋敷の自室に戻り、ベッドに全身を投げ出す。

 ああ気持ち良い。フカフカ最高!今夜はこのまま眠りの世界へと旅立ちそうだ。

 意識が薄くなる。

「リック様、お疲れ様でした」

 そんな俺の意識を戻したのはエセルだった。

 部屋に入って来た彼女は飲み物を持っている。

「ありがとう」

 体を起こし、ベッドの端に座った俺は、飲み物を受け取り口へ運ぶ。

「ぶっ、これワインじゃないか」

「今日くらい良いのではないですか」

 俺はワインをエセルへ返す。飲まないと言う意思表示だ。エセルは「固いですね」と少し呆れ気味だ。

「子供は酒を飲んじゃ駄目なんだ。身体の成長に悪い影響が出る。記憶力の低下、勃起不全(ぼっきふぜん)生理不順(せいりふじゅん)になる危険があるんだ」

 俺は未成年の飲酒の危険性を力説する。

「生理不順は困りますね。それでは別の飲み物をお持ちします」

 納得したエセルは、一旦退室して、別の飲み物を持ってくる。

 リンゴのジュースだ。甘くてすっきりとした味わいだ。ごくごく飲める。

「それにしてもリック様は物知りですね。エセルが知らない事をたくさん知っています」

「いや、エセルも凄いと思うぞ。よくあれだけの招待客の名前と顔を暗記できたな」

 俺が挨拶している最中、エセルはメモを一切(いっさい)見ずに招待客の名前と顔と略歴(りゃくれき)一致(いっち)させていた。

 おかげで俺は相手に失礼なく挨拶できた。あの場にエセルがいなかったら()んでいた。

「お客様を覚えるのはメイドの仕事の一つです」

 誇ろうとせず、さも当たり前の事をやりましたという態度のエセル。彼女は優秀なメイドだと実感する。

「ところでリック様」

「どうした」

「どうやってリック様は、あの日、オリーヴ様と一緒に遭難されたのですか」

 ゴホッゴホッ

 むせた。

「大丈夫ですか」

 エセルが背中をさすってくれる。

「馬が暴れ出した時、咄嗟(とっさ)に馬車に飛び乗ったんだ」

「馬車が暴走した後、用を足しに行かれませんでしたか」

 そうだ。あの時、超人の力を発動する為に物陰に隠れようとした所をエセルに見つかったんだ。

「シャベルはとても役に立ったありがとう」

 俺は可能な限り最高の笑顔をつくる。きっと怖い顔になっているのだろうけど。

「微妙に話をずらさないでください」

 困ったな。これは俺が超人の力を説明するべきなのだろうか。上手い誤魔化し方が思い浮かばない。

 何かトラブルでも発生して、この場を有耶無耶(うやむや)にしてくれないだろうか。

「リック様」

 エセルが顔を近づける。

 俺とエセルの顔は至近距離、吐息が届きそうだ。

 エセルって美人だよな。俺はドキドキする。

「あの場にいた者達は口には出していませんが、疑問(ぎもん)に思っています」

 そうだよな。何も言われなかったから放っていたが、普通は変だと思うよな。

「この先、何かされるのでしたら、エセルに相談してください。上手く隠します」

 エセルは物凄く真面目な顔をしている。真剣な眼差しが目に見えぬ威圧(いあつ)を放っている。

「分かった」

 そうとしか答えられない。

「約束できますか」

 駄目押しと来たか。

 今の俺には「はい」か「YES(イエス)」しか選択肢がない。

「約束する」

「良かったです」

 エセルからあの威圧感は消える。

 しかし、表情は真面目なままだし顔も俺に近づけたままだ。

 様子が変だな。 

「二つの問題の内、一つは解決しました。あと一つです」

 あと一つの問題?

 なんだろう。思い当たる節は無いのだが。

「リック様、エセルと楽しいことをやりましょうか」

「はっ!?」 

 俺は間抜けな声をあげる。楽しい事ってなんだ?

 ゴルフか?チェスか?

「リバーシをやるか。面白いぞ」

 転生物のラノベではよく登場する二人用ボードゲームで、盤面に異なる色の石を交互に打ち相手の石を挟むと自分の色の石に変わって、最終的に同じ色の石が多い方が勝ちというゲームだ。シンプルなルールながら奥が深い。

 前世では20世紀初頭に英国(イギリス)で発祥されたと言われる。ちなみにリバーシとルールが似ているが、盤面を8×8マス、石の色を白と黒に定めたゲームはオセロといい、20世紀中頃に日本の茨城県水戸市(いばらきけんみとし)で登場しているが、この世界ではいずれのゲームも登場していない。

 エセルは頭が良いし、きっと楽しい勝負になるはずだ。

「『りばあし』が何か分かりませんが、リック様が考えられている楽しい事とは違います」

 やはりそうか。()えて誤魔化(ごまか)そうとしたのだが。そうなると考えられる楽しい事は……。

「そうです。男と女の楽しい事です」

 エセルが俺の両肩に手をのせる。

 軽くのせただけだから押し倒される事は無いが、俺が自主的に後ろに倒れたら桃色な光景になるな。

「とりあえず手を俺の肩から離してくれないか」

「嫌です」

 エセルは顔をより近づける。

 お互いの唇の距離が豆一粒分しか空いてない。

「このままだと俺の理性が崩壊するぞ」

「だから楽しい事をしようと言っているではないですか」

 彼女の栗色(くりいろ)(かみ)がフワッと俺の(ほほ)()れる。

 くすぐったいが心地(ここち)()感触(かんしょく)

 エセルは美人だから、楽しい事をしてみたい気持ちはあるが、あまりにも唐突(とうとつ)過ぎる。

「今頃、ポール様とオリーヴ様はお世継(よつ)ぎをつくられています」

 直球な発言だな、エセル。

「だからどうした」

「そのぅ、なんと申しますか。リック様は、オリーヴ様がポール様と結婚される事に、特別な気持ちを持たれていませんか」

 エセルの瞳が潤んでいる。これがとても色っぽい。

「どうしてそう思うんだ」

 動揺(どうよう)(おさ)え、俺は虚勢(きょせい)を張る。

「エセルは、リック様を補佐するメイドです。最近のリック様を見ていればそれくらい分かります」

 俺は黙ってエセルの言葉を聞き続ける。

「リック様の暗いお気持ちを少しでも明るくする為には、エセルは」

 そこでエセルの言葉は詰まる。これ以上言わせるなという意思表示もあるかもしれない。

 要は失恋した鬱憤(うっぷん)晴らしに他の相手(エセル)と楽しい事しましょうと言いたいんだな。

 俺としては上手に隠していたつもりであったが、彼女の言う通り、オリーヴ義姉さんがポール兄さんと結婚した事に、内心は結構落ち込んでいるのだ。

 楽しい事をして俺を元気づけようと、エセルなりに考えたのだろう。優しいな。

「断る」

 だが、俺はエセルの手を払いのける。

「エセルが嫌いですか」

 彼女の目から(なみだ)(あふ)れ出す。   

 エセルの泣き顔を見るのはこれで二回目だが、前回以上に俺の心が痛む。

「それは違う」

 俺は立ち上がり、エセルの手を握りしめる。

 小さな手はカサカサしている。そうだろう。掃除や洗濯等、メイドは水仕事が多い。だけど、それは彼女が頑張っている証拠(しょうこ)でもある。そして、誰の為に頑張っているのかも。

 エセルは手を握られたまま、黙って俺を見つめている。

「俺はエセルを大切な人だと思っている」

 年端(としは)もいかない同い年の少女に俺はいつも支えられている。

 俺にとって欠かせない存在。

「だからこそ、俺の憂さ晴らしで、勢いだけで、大切な人の大事な初めてを奪いたくない」

 俺の発言も直球過ぎただろうか。

「それは以前リック様が(おっしゃ)られていた、過程が重要だからですか」 

「その通りだな。世の中勢いも大事だが、それだけでやって良い事と悪い事がある」 

 大切な人だからこそ、その思い出も素敵な形になってもらいたい。

 今の俺では自己満足でしか終えられない。エセルも満足してもらえる為には、俺の気持ちを整理する時間が必要だ。

「堅いですね」

 エセルが呟く声が聞こえる。

 目にはまだ涙が残っていたが、口元には笑みが浮かんでいる。

「もっと(やわ)らかくなっても良いと思います。だけど、エセルを大事に思っている気持ちは分かりました」

 

 !?


 俺の(ほほ)(やわ)らかい感触が伝わる。

 エセルがキスをしたのだ。

 彼女は、はにかんで頬を赤らめる。

「エセルはリック様の事をお慕い申しております」

 そう言うとエセルは一礼をして退室する。


 エセルの(くちびる)(あたた)かくて(やわ)らかい。


 今の俺は、顔が赤くなっているんだろうな。

 しばらくの間、俺は余韻(よいん)(ひた)るのであった。


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