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第14話 結婚式

「いかなる時も変わる事なく愛する事を誓いますか」 


 神父がこれから夫婦になろうとする男女に誓いを問う。

 地球も異世界も結婚式というのは似るらしい。

 きれいだなぁ。

 マイエット子爵令嬢であったオリーヴ。

 磨けば磨くほど美しくなるダイヤの原石、俺の見立ては間違っていなかった。

 ヘアセットされた黒髪は光沢(こうたく)を帯び、彼女の美貌(びぼう)際立(きわだ)たせている。

 彼女の為に仕立てられた純白のウェディングドレスはボディラインをありのままに描き、均整の取れた体型を強調している。

 今日の彼女は神々(こうごう)しいまでに美しい。

 そして俺は新婦の向かいでタキシードを着ている新郎に目をやる。

 俺の兄であり、ウォーカー男爵家次期当主候補ポール。

 出会った女性達の目をハートにさせてしまう程の美貌を持つ貴公子。

 美男美女のお似合いの夫婦。

 参列している人々は、二人を見てそう思っているだろう。

 俺だってこの二人はお似合いだと思うし、これから幸せな家庭を築いていけると思っている。


 思ってはいる。


 正直、俺は自分自身の気持ちに驚いている。

 オリーヴ義姉さんは美人だし、いつも笑顔で優しくて、だけど芯が強くて、とても素敵な女性だ。

 好意を持っていないと言えば嘘になる。

 だが、それはファンがアイドルへ向ける好意と似た感情だと思っていた。

 確かに好きなアイドルが他の男と結婚したらショックは受ける。しかし、なんだかんだ言って結局はその結婚を祝福するのだと思う。ファンだから。

 ところが、今の俺の心の奥底には形容し難いドロドロした何かが湧いてくる。

 想像以上に、いや、無理やり自分を誤魔化(ごまか)していたのかもしれない。俺はオリーヴ義姉さんの事が好きだったようだ。

 ああ、好きな女性が他の男と結婚する姿を見るのはこんなに辛いのか。

 俺は指輪交換(ゆびわこうかん)をする二人を見ながら、結婚式が早く終わる事を心の中で祈るのだった。


 (おごそ)かな結婚式の後は披露宴(ひろうえん)だ。

 高齢の公爵が声を震わせながら悠久(ゆうきゅう)の時を感じさせるほど長々と祝辞(しゅくじ)を述べ、即身仏(そくしんぶつ)かと見紛(みまご)うほどの侯爵が手を震わせながら乾杯(かんぱい)をする。

 乾杯が終わると同時に給仕達が、テーブルへ次々と料理を運ぶ。



 ~冷たい前菜(ぜんさい)

  豚肉とアスパラガスのテリーヌ


 ~温かい前菜(ぜんさい)

  (かも)(ねぎ)のシチュー


 ~スープ~  

  コンソメスープ


 ~魚料理~

  (ます)のムニエル (きのこ)ソース


 ~肉料理~

  鹿(しか)肉のステーキ 赤ワインソース


 ~サラダ~

  高原野菜と(きのこ)のサラダ 

 

 ~パン~

  焼きたてバゲットと新鮮なバター


 ~デザート~

  無花果(いちじく)のコンポートと桃のパイ



 ウォーカー男爵家のお抱えシェフが連日徹夜で入念(にゅうねん)に仕込みをしていた。文字通り心血(しんけつ)(そそ)いで作った料理の品々だ。どれも美味(おい)しい。

 俺のお(すす)めは、コンソメスープだ。

 牛のすね肉を長い時間掛けてじっくり煮込み、丹念(たんねん)にアクを取り(のぞ)き、()んだ琥珀色(こはくいろ)に仕上がっている。

 見た目はシンプルだが、凝縮(ぎょうしゅく)された牛肉の旨味(うまみ)が口いっぱいに広がる美味しさだ。

 ただ、残念な事に、今日の俺はお客を迎えるホスト側の人間。料理を食べる時間などはない。

 父さんと手分けして、披露宴に呼ばれたお客様への挨拶に回る。

 しかし、人数が多すぎて名前と顔が一致しない。

 次は誰だ。目の前には、(さげす)んだ目で俺を見ている貴族がいる。

 これは別に珍しい事ではない。貴族の間では、俺の家は成金貴族として嫌われているからだ。

 歳は30くらいだろうか。貴族にしては珍しく筋肉隆々の男だ。武門系の貴族か。

「ジントニーの領主ギルバード伯爵です」

(かたわ)らに付いているエセルが俺にだけ聞こえる声で(ささや)いてくれる。

「これは、ギルバード伯爵、遠路ジントニーよりお越し頂きまして、ありがとうございます。ピーターの二男リックと申します。どうぞ、お時間が許す限り、お(くつろ)ぎ下さい」

「ふんっ。何もない田舎だが、ゆっくりとさせて貰うぞ」

 そう言って貴族の男はワインを飲む。

 何もない田舎かもしれないが、そのワイン一本で大金貨1枚分の価値があるんだぞ。

 内心そう思いながらも仰々しく一礼する。

 こんな感じの繰り返しだ。

 さあ、次の招待客への挨拶だ。独創的な(ひげ)が特徴的な男性だが、誰だったかな。

 エセルの囁きを待つが、彼女とは違う女性の声が聞こえる。

「ああ!やっと見つけたよ。男爵の二男坊」

 それは俺の事だよな。声の方を向く。

 !!

 そこにはレスラーがいた。

 丸太よりも太い手足、そして真冬の北アルプスの積雪の如く分厚い化粧のおばさんだ。

 おばさんの脇には見覚えがある男性がいる。でっぷりお腹に五重(ごじゅう)(あご)、そうメタボマン伯爵だ。

 おばさんは俺の顔を見るとニーッと得物を見つけた猛獣の如き笑みを浮かべ、突進する。

 ()られる

 そう思った俺だが、予想に反して、おばさんは手前で急停止し、俺の頭をゴシゴシと撫で始める。

 ???

 俺の髪がボサボサになるが、今の俺には何も言えない。

 このレスラー風のおばさんが友好的なのは分かったが。

「二男坊のおかげで、我が家の主人は命拾いした。妻として礼を言うよ。ありがとう」

 ああ、盗賊に襲われた時の話だな。どうやら、このレスラー風のおばさんは、メタボマン伯爵の奥さんらしい。

 メタボマン伯爵や七三分け男を助けるつもりは全然なかったが、オリーヴ義姉さんと俺が盗賊を退治したので、結果として俺達が奴を助けた事になっているらしい。

「ほらっ、あんたも突っ立てないで礼を言いな!!」

 奥さんに促されてメタボマン伯爵も渋々と礼を言う。

 その様子を見たおばさんが「心が籠ってない!」とメタボマン伯爵の背中を力いっぱい手で叩く。

 まるで大太鼓(おおだいこ)を叩いたかのような音が辺りに響く。

 メタボマン伯爵は、涙目になりながら深々と頭を下げる。

 ちょっとかわいそうだ。

「メタボマン伯爵家は借りをつくらない主義なんだ。いつか必ず返すからね。覚えてるんだよ」

 それだけ言うと、おばさんはメタボマン伯爵の腕を掴んで去って行った。

 言っている事は悪役っぽいが、俺にとって何か良い事をして貰えると期待して間違いないよな。

 色んな意味で衝撃的な人だな。今日挨拶した招待客の名前と顔は明日になれば忘れると思うが、彼女だけは一生忘れる事がなさそうだ。

「今のご婦人は、メタボマン伯爵の正室マーガレット様です」

 一瞬の沈黙の後、エセルが教えてくれた。



 俺が招待客への挨拶を終えたのは披露宴が終わる直前だった。

 披露宴の最後に、今日の主役であるポール兄さんが出席者へ御礼の挨拶をする。

 よくまあ、あんなに長い台詞(セリフ)を原稿見ないでスラスラ(しゃべ)れるものだ。感服する。

 これを(もっ)て結婚披露宴は終了。

 俺はそう思っていたが、予想外の展開となる。

 おもむろに神父がポール兄さんとオリーヴ義姉さんの前に移動したかと思うと、何やら(しゃべ)り始める。

 皆の前で祝福して貰ったとか、力を合わせて頑張れとか、聖職者として説経(せっきょう)をしているようだ。

 周りの人も驚いていない様子だから、どうやらこの国での披露宴では当たり前の光景らしい。

 説経は長くはなかったが、最後に告げた神父の言葉は俺の心に鋭利な刃として突き刺さる。

「それではポールとオリーヴ。誓いのキスを」

 そう言えば、結婚式の時は無かった。

 くそっ。披露宴の最後にキスなんて不意打ちもいい所だ。

 ポール兄さんとオリーヴ義姉さんがお互い見つめ合っている。

 周りは酔いも手伝って盛り上がっている。

 ポール兄さんとオリーヴ義姉さんは顔を近づける。



 

 やめろ!!!




 理性を総動員して叫ぶ衝動を抑える。

 ほっ。良かった。

 声には出なかったようだ。

 皆、俺を気にする事無く、二人に注目している。

 俺は目を閉じる。だから誓いのキスは見えなかった。

 それが俺に出来たささやかな抵抗(ていこう)であった。


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