第120話 蕎麦が食べたい ~承~
「ああ!何ということだ!!」
俺は絶叫する。
蕎麦打ちに欠かせない蕎麦粉が無いのだ。
やる前に気付けよ!
そんな天の声が聞こえてきそうだ。
蕎麦粉を作るには、ソバという植物の実が必要だ。
ソバは気候が涼しくて水はけの良いに生息している。
ウォーカー男爵領は似たような気候の土地だ。
探せば有るはずだ。
とはいえ、俺は詳しくは知らない。
植物に詳し人に聞いてみるか。
「ソバですか?」
「白くて小さな花をたくさん咲かせているんだ」
庭の手入れをしているマーカスに聞いてみる。
長年領内で暮らしている彼なら見た事が有るかもしれないと思ったからだ。
「それなら山にたくさん生えていますぞ」
思いの外、簡単だった。
「そうか!ありがとう」
さっそく山へ採りに行こう。
そう思い立つ俺に、マーカスが待ったを掛ける。
「もう実の時期は終わってますぞ」
なんということだ
ガックリする俺。
次の収穫期まで待つしかないのか。
「ソバの実なら持っているわ。この前、薬の材料用に採って来たの」
たまたま近くを通りがかったノーマが言う。
そうだ。ノーマは薬に詳しかった。草冠に楽と書いて薬。薬と草は切っても切れない縁なのだ。
「ソバの実からどのような薬が作られるのですかな」
「冷え症に効く薬とかお通じが良くなる薬とかに使うわ」
ソバの実には、血行促進作用があるルチンが多く含まれているし食物繊維も豊富だ。
薬に適している植物である。
「ノーマ!ソバの実を譲ってもらえないか」
俺はノーマに詰め寄る。
「ご、ご主人様落ち着いて。譲るから」
凄い剣幕だったらしい。いつも冷静なノーマが戸惑っている。
「ありがとう!」
俺はノーマの手を握り感謝する。
「ご主人様、どうしたの?」
「余程ソバの実が欲しかったのでしょうな」
俺のあまりの喜びぶりにノーマとマーカスは呆れていた。
かくしてソバの実を手に入れた俺は蕎麦粉を作る。
俺は調理場に置かれている石臼を使って粉を挽く。
石臼を使った粉挽きは古臭いイメージがあるが、21世紀の日本でも使われている。
その理由はこれ。
俺は挽きたての蕎麦粉の匂いを嗅ぐ。
ああ!なんて素晴らしい香りだ。
そう石臼で挽いた蕎麦粉は香りが良い。
蕎麦粉は熱に弱い。
機械で挽くとどうしても熱が出てしまい香りが飛んでしまうが、時間を掛けて挽く石臼は機械ほど熱が出ないので、香りが飛ばないのだ。
こうして蕎麦粉も用意できたので、いよいよ蕎麦打ちだ。
蕎麦には様々な種類がある。
蕎麦粉100%使用の十割蕎麦もあるが、難易度は高い。
蕎麦打ち素人の俺には蕎麦粉につなぎを入れて打った方が無難だろう。
つなぎとは麺を切れにくくしたり、麺のコシを良くしたりする為の材料だ。
大豆をつなぎにした青森の津軽蕎麦。
布海苔をつなぎにした新潟のへぎ蕎麦。
卵をつなぎにした富山の利賀蕎麦。
日本には様々なつなぎを使った蕎麦が各地に存在しているが、一般的なのは小麦粉をつなぎにする二八蕎麦ではないだろうか。
文字通り、蕎麦粉8、小麦粉2の比率で配合した蕎麦だ。
日本の東京の前身である江戸の町では、至る所に二八蕎麦の屋台が立ち、庶民から広く親しまれたという。
ちなみに江戸の二八蕎麦は一杯16文と料金が決まっていた。
1文は約20円程度の価値であったらしいので、
16×20=320
つまり約320円で食べられたそうだ。
この16文という料金、諸説あるが2×8=16が有力である。
さて、本題の蕎麦打ちに入るとしよう。
ボウルの中で水を加えながら混ぜて塊にしてから、こねていく。
こねこね こねこね
こね終えたら麺棒を使い薄く広く延ばす。
生地を回転させながら延ばしていくと綺麗な円の形になる。
初めてだと歪な形になってしまうが……。
「ふぅ。何とか延びた」
俺は水を飲んで一息つくと、延ばし終えたたら生地を畳んでいく
四角の形に畳んだら、それを包丁で端から切っていく。
う~ん、太さがバラバラだ。
均等に切るのは難しい。
それでも切り終えれば、生麵の出来上がりである。
「この麵を茹でれば完成だ!」
お湯が沸騰している鍋を目の前に俺は興奮する。
およそ16年振りの蕎麦との再会。
早く食べたい!
しかし、そんな俺に残酷な現実が突き付けられる。
鍋に入れようと麺を手で持った途端、ボロボロと崩れてしまい、切れ端のような物ばかりになってしまったのだ。
こね方が甘かったのだろうか。
これでは麺をすする事が出来ない。
失敗である。
「……そんな……頑張ったのに………」
世は無常なり。
呆然と立ち尽くす俺。
耳にはグツグツと沸くお湯の音だけが聞こえたのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
新型コロナウイルスがまた流行りだしましたね。
一刻も早い終息を願うばかりです。
次回は17日(月)又は18日(火)に更新する予定でいます。
次回もよろしくお願いします。




