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第117話 目指すもの

前回のあらすじ

 ウォーカー男爵領の税収を増やす為、新しい事業を始めたいリック。

 知り合いの商人アーノルドに大金貨500枚(5億円相当)の借金を申し入れるが、難色を示される。

 


「大金貨500枚は多過ぎると言いたいのか」

 俺の言葉にアーノルドは「そうでございます」と頷く。

「ウォーカー男爵領産のジャムが美味しいですが、大金貨500枚も投資する程の需要は見込めないと思います」

 よく調べているな。

 アーノルドの言葉を聞いて俺は思った。

 それだけジャムに注目しているのだろう。

 実は、計画書を作る際、シェリーからも同じことを言われた。

 大銅貨は日本円に換算すると1枚当たり約1000円。ジャム1個で4000円の収入だ。

 ただ、4000円がそのまま手元には残らない。その中から材料費や燃料費や人件費といった費用を支払う必要が有るからだ。

 仮にジャム1個当たりの利益率を5%にすると、4000円×5%=200円、ジャム1個売れば200円が手元に残る事になる。

 単純に計算しても5億円の借金を返す為には最低でも250万個のジャムを生産して売る必要がある。いや、利子が有るからもっと売らないといけないか。

 ちなみにロイレア王国最大の都市である王都セラントでさえ、近郊の衛星都市を合わせても人口は50万人程度である。

 21世紀の日本であれば松山市並みの人口だ。

 愛媛県の県庁所在地であり且つ四国最大の都市でもある松山市なので、決して規模は小さくないが、大国の王都としては人が少ない感じがする。

 だが、地球の場合は20世紀に人口が爆発的に増加したから100万人規模の都市があちらこちらに有る訳で、中世ヨーロッパに近い文明レベルのこの世界では大都市であっても人口は多くない。

 ちなみに16世紀中頃、フランスの首都パリは人口が20万人である。50万人の都市は世界トップクラスの規模なのだ。

 つまり250万個のジャムを売るという事は、王都にいる全ての住民が5回買わないと成り立たない数だ。

 普通に考えれば現実的ではない数字である。

「アーノルドの懸念は分かっている」

 もちろん俺も馬鹿ではない。ジャムだけで5億円を回収するつもりは毛頭ない。

「この計画の軸はジャムの製造に見えるが違うんだ。ここを見てくれ」

 俺は冊子を(めく)り、アーノルドに見せる。

 ジャム作りには続きがある。この続きの部分はさすがのアーノルドも想定していないだろう。

 そして、これが俺の切り札でもある。

「この計画の軸は瓶詰めなんだ」

「瓶詰め?」

 アーノルドは疑問の顔を見せる。

「保存食と言えば、干物や燻製や塩漬け酢漬けだ。これらは美味しいが、味が濃かったり固かったりするだろう」

「そうでございますね」

 アーノルドは頷く。

「ところが瓶詰めは違う。肉や魚や野菜を水煮するだけで長期保存する事が出来る。スープやシチューだって保存が可能だ」

「本当でございますか」

 疑い気味のアーノルド。

 実物を見ていないからな。

 ただ、気が付いていないだけで実物に関わった事があるのだがな。 

「本当だ。ジャムが良い例だ。ウォーカー男爵領産のジャムは砂糖を使用していない。砂糖が入っていないジャムはすぐに駄目になる。王都へ持って行く間に(かび)が生えてしまう」

「言われてみればそうでございますね。そうであれば凄い話になります」

 これまでと雰囲気が変わる。

 関心を持ったようだぞ。

「瓶詰めが広まれば、保存食が大きく変わる。戦場での兵士の食事や旅人の食事も変わる。いや、保存食だけではない。スープやシチューが蓋を開けて直ぐに食べられるのだから日常の食卓が変わる。これは食生活の革命なんだ!」

「革命…でございますか」

「そうだ。そして、この瓶詰め製法はウォーカー男爵家しか持っていない技術だ。これを一気に流通させて王国、いや世界中の食生活に浸透させれば莫大な富を得る事が出来る!」

 アーノルドは目を見開いている。

 俺のプレゼンテーションの出来は上々のようだ。

「さすがはリック様。このお話、とても魅力的でございます。しかしながら大金貨500枚は大金でございます。ターミガン商会で吟味(ぎんみ)する時間を頂戴したいのでございますが」

「構わないぞ。だが、この話は他所(よそ)でも食いつくだろう。なるべく早く結論を出してくれ」

「かしこまりました」

 そうは言ってみたが、実際はアーノルド以外に話を持ち掛けられる相手なんていない。

 ハッタリである。

 それ程度はかましても構わないだろう。



(あるじ)さん、ターミガン商会との交渉は上手くいったようだね」

「リック様のお話を聞いて、エセルは感動しました」

「エセルは大袈裟(おおげさ)だな」

 アーノルドとの交渉を終え、俺は執務室でシェリーとエセルと歓談していた。

 緊張していたようで、手は汗でびっしょりとしていたし、口の中はカラカラに乾いていた。

 ああ、水が美味い。

「良い知らせが来て欲しいね」

「そうだな」

 アーノルドは10日間の時間が欲しいと頼んできた。

 俺が想像したよりも短い期間である。

 それだけ瓶詰めに魅力を感じたのだろう。

 商売にスピードは重要だ。

 もちろん俺はこの申し出を了承した。

 今頃、アーノルドは計画書を読みながら試算でもしているのだろうか。

「これもシェリーが色々と協力してくれたおかげだ。ありがとう」

「どういたしまして。うちの力がお役に立てて良かったよ」

 表計算ソフトも電卓も無いこの世界。シェリーにはたくさんの計算をして貰った。

 彼女の計算能力が無ければ、アーノルドを唸らせる計画書は出来なかっただろう。

 数字は言葉よりも説得力があるのだ。

「一仕事は終えたが、次の交渉がきっと山場になる。大変だけど、あと少しの間、力を貸してくれ」

「もちろんだよ。ただ、上手く行った時はお礼に美味しい物を御馳走して欲しいかな」

「分かった。約束する」

「やったぁ」

 シェリーは笑顔で喜ぶ。

 俺も何だか嬉しい気持ちになる。


 こうして俺とシェリーは次の交渉へ向けて準備を進めたのであった。


読んで頂いてありがとうございます。

2021年の投稿は本日で最後です。

一年間、お付き合い頂きありがとうございました。


次回の投稿は2022年1月5日水曜日を予定していますが、一日か二日遅れるかもしれません。

来年も頑張りますので、よろしくお願いします。


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