第116話 求めるもの
前回のあらすじ
ウォーカー男爵領を発展させる為のお金が無いウォーカー男爵家。
そこでリックは知り合いの商人アーノルドからお金を借りようと考えた。
「リック様。お久しぶりでございます」
童顔の商人アーノルドが会釈する。
「こちらこそ。わざわざ屋敷まで来てもらい、すまない」
「いえいえ。リック様とお会い出来るなら、地の果てでもお伺いしますよ」
俺はアーノルドと握手を交わすと席を勧める。
「失礼致します」
エセルが紅茶を用意してくれる。
俺とアーノルドはティーカップに口をつける。
「美味しい紅茶ですね」
笑顔のアーノルド。
「メイドの御方が紅茶を入れるのが上手であるのは存じておりましたが、茶葉も素晴らしい。これは最高級のセタナですね」
北海道の町みたいな名前だが、セタナはこの世界では有名な紅茶のブランドである。地球におけるダージリンのようなものだ。
ご満悦の様子なアーノルド。
ふっふっふ。美味しい紅茶で相手の機嫌を取る作戦は成功のようだ。
「これだけ素晴らしい紅茶を御馳走して頂けるという事は、それに相応しいお話があるという事ですね」
笑顔のまま、さらりと言うアーノルド。
作戦は見透かされていた。
さすがは海千山千の商人である。
下手な小細工はするだけ無駄のようだ。
「その通りだ。実はお金を貸して欲しい」
前世でも借金をした事は無かったんだけどな。
神様から特別な力を授かった転生先でこんな事になろうとは。
恥ずかしさと期待が入り混じった複雑な心境である。
「あの時、提案を承諾して頂ければ、こんな事にはならなかったのですけどね」
フフッと軽く笑うアーノルド。
「それは言わないでくれ」
ピーター父さんが病に倒れた時、ポールの代わりに俺が当主に就いたらどうかと彼から勧められた事があった。
あの時は、道理に反すると考え断った。だが、今の金欠を経験すると、無理やりでも当主になれば良かったのではないか。最近はそのように後悔するようになっていた。
「今さら言っても仕方がない事でございますからね。いくらご用意致しましょうか?」
俺は指を五本全て立てる。
「大金貨5枚でございますか」
「違う。500枚だ」
大金貨は1枚100万円に相当する。
100万円×500枚。つまり日本円にして5億円相当の借金を申し込んだのである。
ピーター父さんが生きていた頃なら、その程度の額は屋敷の金庫に有ったけどな。
「これはこれは。大金でございますね」
言葉ほど驚いた様子はなく、落ち着いている様子のアーノルド。
「ウォーカー男爵領の運営は赤字出ておらず、問題がないように見受けますが、何故このような大金を所望されるのですか」
しっかり調べているな。
「アーノルドが言う通り、赤字は出ていない。しかし、お金も貯まらない。このままでは何も出来ない。壊れた水路を直す事も出来ない、作物を収穫して痩せた土地に手を加える事も出来ない。何もしないはジリ貧と同じ、指をくわえて衰退を眺めるのはごめんだ。そうならない為、お金を貯められるように、お金を使いたい」
俺の言葉にアーノルドは「なるほど」と頷く。
「立派なお考えでございます。それで、どのような考えをお持ちでございますか?開拓でもされるのですか」
俺は扉の近くで控えているエセルにアイコンタクトを送る。
「こちらをご覧ください」
エセルがアーノルドに冊子を渡す。
「大作でございますね」
感心した様子で、アーノルドは冊子をパラパラと捲る。
「ウォーカー男爵家の事業拡大計画書だ」
「詳しく書かれていますね」
シェリーに手伝ってもらい作成した力作だ。
具体的な事業内容、販売計画、収益の目論見等が書かれている。
「農地の拡大も書かれていますが、ジャムの製造に力を入れたいようですね」
さっと目を通しただけで概要を把握するアーノルド。
大したものだと感心するが、このような展開になると、予め想定していたのだろう。
ジャムはウォーカー男爵家にとって強力な手札だ。
俺の読み通りであるなら、この交渉は上手く進むかもしれない。
「確かにウォーカー男爵領産のジャムは美味しいですね」
「そうだろう。売れる自信はある」
俺の言葉を聞いたアーノルドは頷く。
「そうでございますね。以前、取扱させて頂いた時も好評で、あっという間に完売いたしました。王都で販売すれば人気商品になるはずです」
よし!
いいぞ!
好感触だ!
このまま行けそうだ。
「とても素晴らしい計画でございますね……ですが、この程度であれば、大金貨500枚も必要ないのではございませんか。残念ながらご希望の全てをお貸しする事は厳しいお話かと思います」
アーノルドは笑顔のままである。
しかし、その言葉は冗談ではない事、そして強い意思で発せられた事は伝わる。
一筋縄ではいかない。
俺は冷めた紅茶を一口飲む。
手札は残っている。
終わりではない。
交渉は続く。
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