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第114話 リックのため息

今回より新展開となります。


【これまでのあらすじ】

 父ポールが亡くなりウォーカー男爵家当主を継いだ兄ポール。

 ポールは襲爵の儀式を受ける為に王都へ向かったが、そこで人気の俳優キイザーに唆されて王になろうと目論むが、リックの活躍によりそれは潰えた。

 しかし、騒動を起こした罪で、ポールは自領で一年間の謹慎、ウォーカー男爵家は王都の屋敷の没収、そして多額の罰金を科せられた。

「はぁ~」

 俺はため息をつく。

 ため息をつくと幸せが逃げるなんて言われているが、どうしても出てしまう。

 それだけ俺は憂鬱(ゆううつ)だった。

「入るぞ」

 俺はノックもせず扉を開け、部屋に入る。

 ボサボサの髪、伸ばし放題の無精(ぶしょう)(ひげ)、やつれた顔をした俺の兄ポールが床に座り込んでいる。

 王都で御婦人方を(とりこ)にした貴公子の面影は無い。

「やぁ」

 彼は虚ろな目をしながら俺に挨拶する。

「『やぁ』じゃないだろう!また飲んでいたのか!」

 俺は床に転がる酒瓶を見て声を荒げる。

「やることが無くて(ひま)なんだ」

 そう言って酒瓶を口に付けて中身を流し込むポール。

 中身は水……なんて事はない。

 人目を盗んで彼は屋敷の酒蔵からくすねているのだ。

 室内には酒の臭いが充満している。

「何が暇だ!謹慎中なんだぞ!!ふざけんな!!!」

 俺は怒鳴る。

 何ヶ月も前、王都から護送されて憔悴(しょうすい)しきったポールの姿を見た時、少しは同情したが、そんな気持ちはとうの昔に吹き飛んでいる。

 あれから酒浸(さけびた)りの生活が続いているのだ。

「当主に向かって何て口の()き方だ!」

 ポールは立ち上がり怒鳴り返してくる。

「何が当主だ!誰のせいでこんなに苦労していると思っているんだ!」

「なんだと!!」

 激昂(げきこう)したポールは俺に殴りかかる。

 しかし、足取りも覚束(おぼつか)無い酔っ払いのパンチ。

 俺は難なく避ける。

 一方、拳を当てる先を失ったポールは体勢を崩し、そのまま転んでしまう。

「ちくしょう!」

 床を叩いて悔しがるポール。

 何が「ちくしょう」だ。

 俺の方が叫びたい。

「もう少しで謹慎が明けるんだ。それまでにしっかりしてくれよ」

 これ以上、言い争う事に虚しさを感じた俺は、それだけ言うと、部屋を出た。



 ポールが王都で例の事件を起こしてから、あと1ヶ月程で1年が経過しようしている。  

 ロイレア王国から課せられた莫大な罰金を支払い、これまで金貨で満ちていたウォーカー男爵家の金庫は空になってしまった。

 そして、重要な資金源であった穀物や嗜好品の売買も王都の別邸が閉鎖されてしまった事で出来なくなってしまった。

 ウォーカー男爵家の財政は危機に陥った。

 このままでは破産してしまう。

 それを避ける為、財政を見直した。

 経費削減だ。

 まず、風呂の使用を止めた。

 毎日膨大なお湯を沸かすので、多大な燃料と手間が掛かっていたからだ。

 体は洗面器に入れたお湯で体を拭く。

 物足りなく感じてしまうが仕方がない。そもそもこの世界では標準的な清拭(せいしき)だ。

 オリーヴ義姉さんやディアナら貴族出身者もウォーカー男爵家に来る前はこれで済ませている。

 今までが贅沢過ぎたのだ。

 続いて、食材の使用を制限した。

 ウォーカー男爵家の料理人は美味しい食事を提供する為なら金に糸目を付けない。

 馬を走らせても何週間もかかる海から魚を仕入れたり遠い南国からマンゴーやライチ等の果物を仕入れたりしていた。

 食材は地産地消。

 食卓から華やかさは消えたが、元々果物や茸や水が美味しい土地だ。十分に美味しい料理を食べられた。

 他にも夜間の明かりの使用量を減らす、まだ使える物を捨てない等々、贅沢や無駄の削減を行った。

 それは大きな金額の支出削減につながった。

 しかし、目標とする額には足りない。

 俺は奥の手を使う事にした。

 それは人件費の削減。

 つまり、使用人を辞めさせて人数を減らす事だ。

 日本ではリストラなんて呼ばれていた。

 出来ることならやりたくない。嫌な仕事だ。

 とても憂鬱(ゆううつ)ではあったが、俺の想像とは違い、簡単に終わった。

 彼らは俺が声を掛けるよりも先に退職を申し出て来たからだ。

 ウォーカー男爵領の外の出身者で優秀なので、行き先があるらしい。

 金の切れ目が縁の切れ目というところか。

 おかげで人件費の削減も図れたが、必要以上に人が辞めてしまった。

 その為、今度は屋敷の管理に手が届かなくなり、汚れや痛みが目立つようになってしまった。

 本当はこの屋敷も手放したい。

 現状では過剰な広さになってしまったからだ。

 しかし、豪邸ではあるものの僻地(へきち)であるが故、買い手がつかない。

 手放しても廃墟になるだけだ。

 どうする事も出来ず、俺達は住み続けていた。


「ここもか」

 ポールの謹慎部屋を出て廊下を歩いていた俺は、ひびが入った窓ガラスを見つける。

 辛うじて窓の役目を保っているが、遅かれ早かれ割れるであろう。

「マーカスに頼んで木窓を作ってもらうか」

 ガラスは高価なのだ。

 交換するにしても金が掛かる。

「以前ならこんな事無かったのに………」

 転生する時に神様から貰った『大金持ちの貴族の生まれ』の力は失われたらしい。

 

 俺はまたため息をついたのであった。


読んで頂いてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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